
今朝もバラの世話で一日がはじまる。
アブラムシを見つけたら
殺虫剤を吹きかけないと
全部食べられてしまう。
せっかくのつぼみなのにひとつやられたから
少し神経質にもなっている。
それにしても
自分ってこんなに花が好きだったかな?
忘れもしない小学校1年の時だった。
学校の教材で
あさがおの種と植木鉢が配られた。
これを育てて
観察日記をつけろということだ。
しかし僕のあさがおが芽を出すことはなかった。
あさがおグッズをもらった日
僕はこれが楽しみで
帰ってきたら一目散公園に出掛けた。
植木鉢に土を入れるため。
しかし何を思ったのか
植木鉢に入れ帰ったのは砂。
それに種を植えて毎日水やりをしてたが
一向に芽を出す気配がない。
これじゃ育つわけがない。
すっかり劣等感を植え付けられた。
自分には植物は育てられない。
それが今も忘れられない記憶として
残りつつも
今やバラの世話をしてその生育を喜んでいる。
バラはいい。
手をかけたら手をかけた分だけ
きれいに咲いて応えてくれる。
ん?
これって見返りを求めてるのかな?
情けは人の為ならず
自分のためと思ってる。
見返りなんてあるわけがないのに
それを期待して思い通りの結果が得られず
裏切られたなんて勝手に思い込む。
そんなバカな妄想に振り回されたくない。
しかし期待はしてないんだけど
心のどこかの気づかないほどの大きさで
見返りを期待してたりもするのかもしれない。
そういえば自分の子供に対してでさえ
見返り求めることはある。
大学までやって
これだけ教育にお金かけたんだからって
その将来を勝手に楽しんでる。
見返りは人間である以上
どこかに持ってはいるもんなのかな?
鉢に水をあげながらふと顔を上げると
マイスタージンガーが黙って
僕を見おろしていた。