ブート929 第4回/最終回 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

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BBC1
BBC2

◎最上段の写真は
ツェッペリン初のベスト盤でありリマスター盤でもある
1990年リリースのオフィシャル盤の発売告知のDMと
1980年代頭ころレコード屋さんでいただいた
ジミー・ペイジの生写真。
中下段の写真はBBC音源の4枚組みブートLPの表と裏ジャケ。
BBC音源は1997年にオフィシャルでリリースされたが
これでしか聴けない曲もある。
ロバートの雄叫びからはじまる
ハイテンションなコミュニケーション・ブレイクダウンがそれ。
なぜオフィシャルに収録されなかったんだろう?


伝説の1971年9月29日の
大阪フェステイバル・ホール。
通称929。

前日の夜ボーカルのロバート・プラントと
ドラムスのジョン・ボーナムが喧嘩をして
プラントは唇を切った状態での
ライブだったそうだが
ノリにのった演奏を聴くことができる。

それゆえ
4時間にも及ぶステージを繰り広げ
ライブ史上この日にしか
演奏されなかった曲も数曲あることでも
とてもレアなライブなのだ。

実はこのレコーディングと同時進行で
別の部屋では
別の日本のスタッフが
密かにレコーディングしていたそうだ。

なぜかというと
せっかく録音したものも
スタッフのリチャード・コールが
マルチテープを抱えて持って行ってしまうので
これじゃ日本に何も残らないってことで
9月29日分だけを
内緒でレコーディングしてたらしい。

正式のものは2インチ幅のテープだったが
内緒のこっちは1/4インチ幅のテープ。

内緒のそのテープは
アポロンの倉庫にしまってあったが
しばらくしたら
アコースティックセットの海賊版が出回って
その関係者は上司にかなり怒られたのだが
その方は身の潔白のため
上司と大喧嘩になったそうな。

後でわかったことだが
新宿の某レコード店が貸してくれと
頼みにきたことがあって
その時にそこの営業マンが
こっそり持ち出して海賊盤になったらしい。

この時の逸話として
大阪の初日の時ボンゾのドラムソロの最中に
ジミー・ペイジが録音部屋に上がってきて
EQをいじると
レコードとそっくりな
ドラムの音になったそうです。

これらの証言からだと
これまでブートとして出回ったものが
もしSoundboardだとしたら
元ソースはこのアポロンの倉庫にあったという
テープの可能性が高いのだろう。
そして昨日ご紹介させていただいた
レコードのコピー物がそれなのかもしれないが
果たしてどうなんだろう?

そしてこれまた
昨日ご紹介させていただいたブート
「芸者」のような
ソースの元ネタがレコードコピーじゃないものは
それとは違うAudience物なのか?

ずっと謎のままだった。

日本側がこっそり録ったテープと
日本側で録ってツェッペリンが回収したテープ

今回発掘された音源が
この2本のうちのどちらからの流出なのか?

おそらくツェッペリン側からだと
僕は思っている。

ツェッペリン側は
テープは消してしまったと言っているが
いつかのインタビューで
ジミー・ペイジはこのテープを
地下室に保管していることを匂わせていた。

ツェッペリンは昨年結成50周年だった。
ジミー・ペイジが
何らかの計画を企てていたのは明らかだったし
その作業中の関係者からの
流出なのではなかろうか?

1972年の西海岸の2日間のライブを編集し
2003年にオフィシャル・リリースされた
How The West Was Won

この作業中に流出したとされるのが
これまたとてつもない高音質ブート
1973年1月22日の
サウサンプトン大学でのライブだ。
2000年代半ばころ流通して
世間を驚かせたもんだ。

2014年に再発された
Led Zeppelin Ⅰのボーナス・ディスクの
1969年のライブもしかり。
リリースの数年前には流出してた。

1971年の大阪のライブ盤は
ツェッペリン結成50周年事業の
目玉だったのかもしれないし
その作業はまだ継続中の可能性が
まだ残ってるのだとしたら

来日するたびに西新宿に現れ
ブート漁りをする
コレクター心満点なジミー・ペイジは
僕らオタクの心強い大先輩でもあるわけだ。

もしかしたら
929の今回の高音質音源の流出は
僕らブートファンを決して安心させない
ツェッペリンを心底楽しむ大先輩からの
あえての予告なのかもしれない。

流出した音源は929の半分に満たない
今後が楽しみだ。