ロックが嫌いだった。
フォークにはまってた時は
そんなんじゃなかったけど
フォークがニューミュージックに変貌を遂げた
1977年ころロックが嫌いになった。
フォークのニューミュージック化は
ロックのせいだ。
勝手にそう思い込んでいた。
自分の中ではフォークはフォーク
ロックはロックって
音楽性がきっちりわかれてた方が好きだったし
それは今もあまり変わらない。
チャーさんや世良公則さんの台頭で
時代はフォークからロックへ。
フォークのミュージシャンが
ロックに色目使い始めたように感じた。
友人たちもみんなロックに酔いしれてる。
流行り物は嫌いだ。
だからロックが嫌いだった。
この頃からだった。
みんなが飛びつくものに
距離を置きたがるようになったのは。
いやちょっと違うな。
流行が嫌いなわけではないのだ
自分自身が納得して
飛びつくのであればいいのだが
今これが最先端だとか
そんな押し売りされてるような感覚で
飛びつくのがイヤだったのだ。
ようは自分の歩幅こそが大切だった。
当時デビューしたばかりの
松山千春さんや長渕剛さんは
拓郎さんやこうせつさんといった
先輩方を横目に
それでも頑なにフォークというジャンルに
拘ってたと思う。
松山さんや長渕さん
僕的には精神的には好感持ってはいたものの
僕が好きだったフォークとは
なんだかちょっと違っていた。
お二人の音楽スタイルは
まさにフォークだったのにどこか違う。
今思えばなんてことはない
フォークは音楽ジャンルっていうより
文化だったのだと思う。
1977年という時代において
フォークという文化が
存在しえてなかったのだと思う。
だからいくら音楽スタイルを踏襲したところで
僕にとっては
千春さんも長渕さんも
フォークとは違って聴こえていたのだと思う。
1977年ころ音楽がつまらなくなった。
みんなのうた「へんな家」
またはhttps://youtu.be/2bxZLYSmsJw
ロックとフォークの狭間で
こんなのも聴くようになり音楽趣味が多岐にわたり
混沌としてきた。