7.21母の朝食 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

最近帽子が気になる。
暑いせいもあるんだけど
髪も年々薄くなってきたから。

子供の時は
帽子が好きか嫌いかはわからないまま
外出の時は常に被ってた。
それこそ毎日のようにとっかえひっかえ。
別にオシャレでそうしてたわけではない。
親に被させられていた。
ベレー帽頻度が高かったが
僕はそれが大嫌いだった。

親がオシャレ好きなのかと聞かれれば
母親は今でもオシャレ好きだ。
ヒマさえあれば僕の部屋の扉の右隣にある
大きな鏡の前で洋服をあてては
ポーズを取ってるし
僕がギター弾いていようが忙しかろうが
まったくおかまいなしに
いきなり部屋に乱入してきて
この服とこの服どっちがいい?
と聞いてくる。

父はもう随分前に亡くなってしまったが
父はオシャレには無頓着だったから
僕は父譲りなのかもしれない。

じゃなぜこんなにも帽子を持っていたのか?
実はウチは帽子屋さんだったからだ。

売り物の帽子を手当たり次第被させられていた。

でも高校生くらいになったら帽子は被らなくなった。

そして僕がロックを聴き始めて間もなくだったある日
父が懐かしそうに僕に語り出した。

ビートルズの来日って凄かったんだぞ
側にいた母も
あれは凄い出来事だったと相づちうってる。
あの時ほど帽子売れたことなかったな〜。
どんな帽子?って聴くと
ジョン・ノレンがよく被ってたやつだ。
父はジョン・レノンを
いつもジョン・ノレンと呼んでいた。
帽子の形はこれらしい。

もう生産が追いつかないくらいだったんだぞ。
飛ぶように売れるとはこのことだな!
ビートルズ人気みたいな現象は
後にも先にももうないかもな〜〜。
遠い目でそう語っていた。

そんな話を聞いた数年後
父は店をたたんでサラリーマンになった。

僕は最後にひとつだけ帽子をもらった。
女性物のキャスケット
父にも母にも笑われたけどこれが気に入った。

背中まで伸ばした長い髪
ベルボトムの継ぎはぎのジーンズ
女性物のキャスケット
これが僕のトレードマークになった。
pecobro20歳の時だった。

そんなこと思い出してたら
また母親が突然部屋に乱入してきた。
この服とこの服どっちがいい?
やれやれ!面倒くさそうにしてたら
もう父さんいないからあんたにしか聞けないの!
淋しそうにそう言われた。

昨日の母の朝食です。



◎春菊のゴマ和えとタラコと漬物
 ※手前のはダイコンのワイン漬けだそうです




◎もずくと山芋のおろし




◎あさりの酒蒸し




◎いわしの開きのムニエル
 ※いわしの二枚おろしに片栗粉まぶして焼いたものに
 だいこんとしょうがのおろしをたっぷりかけて
 ポン酢を少したらしていただきました。





◎かぼちゃの味噌汁




ごちそうさまでした♪