耳コピノススメ | がらくた通り3丁目

がらくた通り3丁目

人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。


Gibson Lespaul Leo’s Vintage
シリアル#L1-0096(左)と
Gibson Lespaul Historic Collection 1959/2008年製
最近はレスポールといえば左のレオズばかり弾いてます。


先月は自分のための曲と
沖縄に引っ越してしまった友人のための
曲も作りたくなって
コラボ以外の曲に着手していた。

コラボ曲ではギターソロ弾かなくても
許されるのかもって甘えがあるが
自分の曲となると話は別だ。
ソロの引き出しも極端に少ない自分だ。
どうしようか?

そんな時ふと思った。
そういえばエレキのカバーって去年の6月に
ツェッペリンの「Black Dog」以来弾いてない。
この半年間はずっと曲ばかり書いていたんだな。
自分の曲2曲にコラボ曲3曲。
まあコラボ曲は未完成だがほぼ完成形に近いし
月1曲ペースで曲作っていたことになる。
「ツェッペリンごっこ」と銘打った
ツェッペリンのカバーも
第3回のこの曲で停滞したままだ。

そうだこの時期にこそカバーやってみよう。
ツェッペリンごっこの第4回目やってみよう。
曲目は決まっている。
半年前のこのシリーズの第3回で予告した
73年のライブ版の「No Quarter」

自分のカバー動画は
ほぼ昔コピーしたものの焼き直しだ。
曲作りばっかりやっているここ10年くらいは
コピーはほぼしてないから
そんな昔のこと思い出しながらやってる。

この曲も例にもれずのそんな一曲だ。
直近では3年前の夏に
Youtubeで公開させていただきましたが
さすがにほぼ忘れている。

と思いきや最初こそ手探りだが
何回かやってると
思いだしてくるから不思議なもんだ。
若いころやったコピーって
体が憶えているもんだな。

しかし思いだしてもそれでOKではない。
未熟な耳でコピーした代物だから
いいかげんな所が散見。
また新たにやるからには
ここらへん刷新しなければいけないし
やる意味もないってもんだ。

なぜやる意味がないかというと
耳コピしきれてない所こそ
今の自分の限界であり
これを飛び越えたところが新鮮な部分だからだ。
そしてここらへんが
ギタリストっていうか
ジミー・ペイジの手癖だったりするから
攻略したいところでもある。

ライブの場でのジミーって
場面場面での左指の
ポジショニング的なものはほぼ決めつつの
インプロビゼーションって感じも多いから
ここに手癖がたくさん出てくる余地がある。

今後の自分の曲のためのヒントだって
隠されているってもんだ。

しかし三次元コピー機的なものでもあれば
ギターコピーって容易なのかもしれない。
でもコピーってそういうことじゃないのだ。
そっくり弾くことが目的ではあっても
弾ければいいってもんじゃないのだ。

なぜならば
耳コピは現時点の自分の実力を推し量る
物差しだからだ。

だからYoutubeで他人がやった
目的の曲のコピーはほぼ見ない。
そこから拝借しても意味がないのだ。
どうしてもわからない所はたまに見たりするが
それもマレだしとことん自分の耳だけを頼りにしている。

回り道でいい。ゆっくりでいい。
自分の腕前とともにコピー精度をあげることが
自分の血肉になると思っている。
もちろんこれは個人的な考え方。

今回のコピーで
前回の問題点をいくつクリアできるのかな?
ギターコピーは人生そのものなのだ。