エアロとチープ・トリック 前編 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

あんなこといいな♪
できたらいいな♪

ドラえもんから何を連想されるだろう。
竹コプター?どこでもドア?
自分が連想するのは
こんな夢に溢れた
素晴らしいアイテムじゃない。
ジミー・ペイジだ。
80年代のジミー・ペイジは
夢は夢でも悪夢だった。

レッド・ツェッペリン以降の彼の評価ったら
それは酷いものだった
ポール・ロジャースと組んだ「ファーム」は
ジミーのリハビリ・バンドと揶揄された。

もっともリズム感のないギタリスト。
もっとも過大評価されているギタリスト。
評論家は切り捨てた。

85年と88年のツェッペリン再結成は散々だったし
ジミーは太ってしまって昔の姿は見る影もなく
ドラえもんというアダ名までついてしまった。
ファンはかなり辛い思いをしていたのだ。

88年の再結成にはある布石があった。
ジミーとボーカリストのロバートが
お互いのソロアルバムでゲストで参加。

これをきっかけに少しづつではあるが
ツェッペリン再評価の機運が高まった。

その後90年に初のベスト盤をリリース。
93年のデビッド・カバーデイルとのユニットで
一気にジミーの評価が高まった。
長らく封印していたツェッペリン流を
これでやってのけたのだそうだ。
「そうだ」って言葉を選んだのは
評論家の意見だからだ。
個人的にはそんな風には捉えてない。

そして突如リリースされた
97年のBBCライブは海賊盤で慣れ親しんだ耳には
目新しいものではないにせよ
新たなファンを獲得するためには十分だったし
僕自身いろんな意味で驚いた。

ジミーとロバートによるユニット
ペイジ・プラント継続中だったし
まさかのオフィシャルとしてのライブを
新作としてリリースするなんて
思いも寄らなかったからだ。
案の定ペジプラは自然消滅。

そして2003年の2枚組DVDのリリースで
一般的にも認知されだして
2007年の一夜限りの再結成では
わずか2万枚のチケットが抽選によるもの。
2000万円近い価格で
オークションで落札されたというニュースも
飛び込んできたし
沢尻エリカがライブ観戦なんてのもあった。

超モンスターバンドとなってしまったのだ。

僕は多少シラけてしまった。
昔はツェッペリン好きを公言するだけで
ロック好きなんだなって思われたし
大衆化したバンドなんてロックじゃない
ロックはその真逆なもんだ。
勝手にそう解釈していた。

それに自分だけのものって思っていた
ツェッペリンが大衆化したのだ。
自分が応援する必要もない。
これってほとんど嫉妬に近いものかも。

実はこれに似た気持ちに陥ったことって
今までに何度かある。

〈つづく〉

1985年のLive Aidのレッド・ツェッペリンです。



またはhttps://youtu.be/Ppxkcb9r52g

当時これを見たくて
前日の夜9時からビデオ待機しながら
構えていたのだが
つい寝落ちてしまって
明け方4時くらいだったかな
ハッと気がついたらクイーンが
「レディオ・ガガ」演奏してた。

そして眠たくてボ〜〜ッとしたたら
今度はポール・マッカートニーが
「レット・イット・ビー」演奏してた。

なんたる不覚!
それからまたテレビとにらめっこしてたのだが
もうひとつのお目当てクラプトンが出て
ビデオにも収録して少し安心したのか
気が緩んでたらツェッペリンのステージはじまってた。
朝の9時過ぎくらいだったかな?

この曲の終わりと
「天国への階段」しか録画できなかったが
ずっと僕の宝物だった。
僕はベータ派だったので
ずっときれいな映像で楽しんでたし
これをマスターにしてDVDにも落とし込んだから
今日ご紹介させていただいた動画よりも
もっとキレイな画質で今も楽しんでます♪