
お世話になった方々様
ありがとうございました。
こんな結びで締めくくられたブログ。
昨日二件もありました。
いずれのお方も僕が尊敬する
ギタリストさんでありミュージシャン。
タイプは違えど技術はもちろん
とてつもない表現力も兼ね備わった方々。
自分ギター弾いてますなんて
恥ずかしくて言えなくなるくらいに凄い。
端的に言えば超一流。
そんな方たちのブログお休みになったり
困惑していらっしゃる。
もう昨日は大ショックでした!
ご自身の中のケジメってあるでしょうが
一刻も早い復帰を願っております。
そんなことがあったからか
またこんなこと考えてしまった。
ブログやっていながらこんなこと言うのもなんだが
僕は言葉に対する不信感を根強く持っている。
そもそも人間は相手に感情を伝えるため
口や目や表情そして手振り身振り
その他のいろんなものを駆使する。
そもそもがそんなもんだ。
言葉はそんなたくさんある伝達手段のほんの一部。
言葉の前にあるのは感情だ。
感情っていろんなものが混ざり合っている。
そんないろんなものをできるだけ
削って削って削り落として
スリム化したものが言葉なんだと思う。
美味しいものをいただく。
美味しいだけじゃどんな風に美味しいのかわからないが
そこにあるいろんな感じたことを省略しての
美味しかった♪という言葉なのである。
大切なのは言葉じゃない感情だ。
ブルース・リーも言ってた。
考えるな感じろって。
人間って言葉で表現できるほど単純じゃない。
言葉は便利だけれどもそれ程度のもんだ。
大切なのは言葉の前にある感情だと思う。
愛しているって言葉自体に重みなどない。
電話や手紙という文明の発達で
離れた相手に
言いたいことを伝えることが容易になった。
それが今やメールやLINEだ。
どんどん便利になる。
便利とはいろんなことの省略だ。
人間の能力って
この発達についていけているんだろうか?
ここでいう能力って機械を操作する能力じゃない。
自分のために有効に活用できているかってことだ。
世の中の発明品って本当頭が悪い。
人間の能力にあわせた発明品であれば大歓迎だが
そんなもの皆無といっていいだろう。
人間よりも経済優先だ。
企業と開発者は競いあう。
使う人間のことなんておいてけぼりだ。
パソコンのOSやスマホのアップデートのたびに
不具合が生じてそれに神経をすり減らす現代人。
列車にのればみんな面白いくらいに同じ格好で
面白いくらいに同じに下を向いてスマホに夢中だ。
人間は間違いなく機械に使われている。
人間がロボットに使われる日も
そう遠くないのかと思うとゾッとする。
そんなこと思いながら今日も僕は
列車の中面白いくらいにみんなに紛れて
スマホでブログをチェックする。