ん?動く?なんだ〜なにか変?
昨日の朝
漆器の器を洗っている時の妙な感触。
よく見ると
一直線に亀裂が入っているではないか!
もう25年ほど使い続けているもんな〜。
形あるものはいつか無くなる。
何も器に限ったことじゃない。
自分も歳を重ね劣化してきたし
いつかは無くなる。
自然の厳しい掟だ。
わかってはいるのだけれど
やはり25年も連れ添うと
器だろうが人間だろうが
側にいて当たり前だし空気と同じ。
普段の生活の中では
特別気に留めたりもしない
消えて始めてそのありがたみがわかる。
人間って勝手だ。
しかし考えてみたら側にいて当たり前のものって
自分の体の一部みたいなもの
それが無くなるとどうなるか?
当然不自由になるし
今までみたいな生活はおくれない。
決まりきったことだ。
僕はほとんど旅はしないのですが
去年3月に京都に行ってきました。
飛行機が離陸してまもなくして思ったのが
地面に足がくっついているって
なんて安心できることなんだろうってこと。
地面から離れてみてはじめて
地面のありがたみがわかった。
きっと水中に潜れば
空気のありがたみもわかるのだろう。
普段と違う場所に身を置いてみる。
そうすることによって
自分の現状も客観視できるし
周囲に対する感謝の気持ちも
沸いてくるのかな〜?
出会いと別れ
変わらないものなんてない
自分はバカだから自覚がたりないな〜。
気づいた時にはいつも消えて無くなっている。
そんなこと思いながらお空を見上げた。
な〜〜んだ
変わらないものあるじゃないか!
世の中やれ改革だ〜〜勇気を持って
変化に望めだのなんだの
口先ばかりのうるさいやつらが言っているが
そんな人間の言葉がとてもちっぽけで
どうでもいいことなんだと
お空は無言でどっしりと佇んで教えてくれる。
例えふるさとを離れていたって
例え時代が変わっても
お空はいつでもどこでも
僕が生まれた時から同じ姿のまま
あの時のまんまの姿で
毎日僕に会いにきてくれる。
街並みが影絵になる頃
ふと自分の足元から伸びる長い影に目をやる。
電信柱も三角屋根も真っ黒。
そこから覗くオレンジ色の空。
どこまでも広い空き地。
半ソデ半ズボンの小学生だった頃の僕が
虫取り網を両手に握りしめ
虫かごを斜めがけしてお空を見上げてる。
カラスはカァカァ
もうごはんの時間だ
早く帰らないと母さんに怒られる。
砂利道に伸びる僕の影は
昼間とはうってかわって巨大に伸びる。
ワ〜〜イこんなに大人になった〜。
お空はあの時と現在を結ぶ
唯一のアイテムなのだ。
僕は今日もお空を見上げる。
