歌詞 第3回 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

吉田拓郎さんや泉谷しげるさんを
ジャンル分けするのであれば
昔は一般的にはフォークだった。
今だとどんなジャンルに俗するんだろう?

一般的な認識はともかく
自分の中ではフォークでありつつパンク。
ロックとはサウンドこそ違え
歌詞の内容そのものはパンクだからだ。

歯に衣着せぬ物言いの数々
自分にとっては日本版ジョン・ライドンだ。

1980年くらいだったかな〜
浜田省吾氏なんか
ある雑誌で拓郎は自分の言っていることを
正当化したいだけと切り捨てたことがあった。

僕は浜田氏が言ってることにも
妙に納得したものの
拓郎さんの歌詞だとか精神性に
共感していたのも事実。

本当はフォークとかロックとか
どうでもいいのかもしれない。
ジャンル分け自体愚かなことだ。

それでもなお
ジャンル分けするとなると
音楽の定義付けは
リスナーに委ねられるべきだろうし
正解なんてない。
自分にとっては70年代の
少なくともニューミュージックに
変貌する以前のフォークは
たとえ四畳半だろうがなんだろうが
ミュージシャンシップは
ロックもフォークも同じに思えた。

おそらく音だけしか聴かない人は
そこらへんの棲み分けが
明確なんだろうな〜。

音楽は音を聴くものであって
ミュージシャンの精神性なんて
どうでもいいことなのかもしれない。

精神性に共感できても
音が好みでなければ本末転倒である。

だけどミュージシャンの
精神性の重要性って自分の中では
果たしてどれくらいの大きさなんだろう?

〈つづく〉

今ではひとつの音符に
たくさんの日本語を乗せる歌詞は
当たり前になってますが
拓郎さん以前の日本語の曲には見られなかったこと
これは拓郎さんの功績のひとつです。

フォークミュージシャンはテレビに出ないもの
この価値観も拓郎さんが作り広まりました。
追従のミュージシャンも真似てました。
でも当の本人はテレビが嫌いだったわけじゃありません。
新人の頃布施明さん司会の歌番組に出演された時
曲の1番を歌い終わってから
もう一度サビにいくっていう打ち合わせだったのですが
新人であがっていたため曲の1番終わってから
2番を歌ってしまったそうな
その時布施明さんに「お前何やってんだ!」と
怒鳴られたのが原因で
テレビと布施明さんが嫌いになったそうです。

フォークの話はつま恋コンサートのこととか
書きたいことがありますが
今回の連載の趣旨から脱線しそうなので
ここまでとします。
連載まだ数回残ってます。
凄く個人的な話や思い入ればかりですが
お付き合いいただけたら幸いです♪

よしだたくろうで「ひらひら」です



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