
▲1965年製(左)と1968年製
ロックの転換期。
1969年はそう定義されているようだ。
69をロックと語呂合わせで読ませているからか?
ドラック・カルチャー世代の
若者文化の集大成となる
ウッドストックなる
大規模な野外コンサートがこの年開かれたようだし
そしてなによりも
1969年の
ブライアン・ジョーンズの死からはじまり
1970年にはいり
ジミ・ヘンドリックス
ジャニス・ジョプリン
1971年にはジム・モリソン
せきをきるようにドラッグ文化の象徴でもあった
ロックスターたちの死。
これがロックの転換期としての
定義づけの決定打となったなんだろう。
フラワームーブメントは終焉を迎えた。
こんなこともあったそうな
人気実力ともトップが定位置だったビートルズ
彼らの最後のスタジオ作アビーロードを
レッド・ツェッペリンの二作目「Ⅱ」
キング・クリムゾンの
「クリムゾン・キングの宮殿」
この二枚どちらもビートルズを
トップの座から引きずり落としたらしい。
でも一体どっち?
人気投票とかビルボードとかで
区別されてたみたいだけど
どっちでもいいか〜。
時代が動いたのには変わりないのだから。
前置きが長くなってしまったが
自分の1969年ってどうだっただろか?
昭和の思い出の中で真っ先に思い出す
確かに転換期と思わせる事件があった。
カラー・テレビだ。
白黒テレビが主流だった時代
近所で一番に購入。
テレビ様様
連日のように友達が拝みに来ていた。
ありがたくない客もいた。
野球中継を見るために
学校の先生が4人ほど集団で
しょっちゅう訪れたのだ。
その中のひとりが
当時の僕の担任でもあり
もうひとりは母親の恩師だったようだ。
この人達遠慮というものがない。
酒も飲むもんだから
母親が一生懸命料理作ったり
接待で忙しそうだった。
当時は商売していたから
母親は日中はお店の手伝い
夜はこんなだから
息つくほどがない忙しさだ。
そんな姿を少し離れたところで見ながら
スイカをかじっていたら
ただの酔っ払いにしか見えない先生から
子供は早く寝ろって怒られた。
やれやれ
他人の家に来てなんだろうこの人達
いい気なもんだ。
子供心にそう思った。
おおらかといえばおおらかな時代。
最近はテレビ様もパソコンやスマホに
その座を奪われた。
そして一家に一台からひとり一台の時代。
思えば平成を迎えて30年近くも経つのか〜
先生様もカラー・テレビ様も
なんだかすっかり影が薄くなったな〜。
迷惑な先生達だったけど賑やかだったな
家族みんなで同じ番組を
自慢のカラー・テレビで見てたな〜
そんな昔の喧騒を思い出しながら
パソコンの電源を入れる。
今日も静かな夜がやってくる。