出会い | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

J-45-1

昨日は弾き語り動画ご覧下さり
ありがとうございました!

本当はMartinが欲しかった。本当は!
でもなぜかMartin所有しておりません。

1981年に
このGibsonJ-45購入してから数ヵ月後
ある日小樽の友人にMartinD-28を
弾かせてもらったことがあった
1979年製。
まず驚いたのがネックと指板。
ピタッと手の平に収まるあの感覚。
一気にとりこになった。

もういても立ってもいられなくて
今はとんかつ屋さんになってしまった
地下街ポールタウンにあった楽器屋さん
玉光堂でJ-45を委託販売してもらうことにした。
この店で中古のMartinD-28と
D-35をみつけたからだ。

一週間経っても売れないJ-45
そんなある日
違う友人に勿体ないことするなって言われた。
それもそうだな。
また手元に戻ってきた。

その後この楽器屋さんから
MartinD-35の中古入荷の知らせを受けるも
なんだかタイミングも悪く購入もできず
現在に至る。

1982年には中島公園にあったYAMAHAで
J-45のオールドをウィンドーで見つけた。
もちろんMartinの
ドレッド・ノート・タイプじゃないその形状は
独特な憧れのラウンド・ショルダー。
弾かせてもらったがぜんぜん鳴らなくて
ガッカリしたもんだ。
そういえば
このYAMAHAも昨年姿を消しました。

その後僕はこのJ-45あまり弾かなくなって
メンテもしてなかったもんだからボロボロ。
まさに崩壊寸前でした。

ブログを始めた2年前
ヒロさんという
名古屋在住のブロ友さんに出会い
アコギでもなんでも修理してくれるという
申し入れを受けた。

修理完了までに1年かかったが
購入時からあったバックのヒビ割れも跡形無く
新品のようになって戻ってきた。

クリスマスにはベースをプレゼントされたり。
ヒロさんには感謝してもしきれない。

世の中は善意で溢れている。

これを知ったのが
ブログやってみての最大の収穫でした。

派手なレスポールに囲まれて
ひっそり佇んでいる僕のJ-45。
いろんなところを回って
最後はやっぱり戻ってきて
35年も僕のそばにいてくれる。
なんだか不思議といえば不思議。

ギターも人も同じ。
出会いってあるんだな〜〜。

ヒロさんのブログの更新が止まって
一年以上が過ぎてしまった。
こんなご好意を受けたっていうことを
僕は生涯忘れません。
ヒロさんありがとうございます。