映画「雪風」を鑑賞しました。
実在の駆逐艦・雪風の数奇な
運命を描く反戦ドラマ。
雪風は陽炎型と呼ばれる38隻中の8番艦です。
生まれは1938年、呉の海軍工廠で竣工しています。
⇒呉にある自衛隊の船、戦艦
前の夫の叔母夫婦が住んでいた呉市からも
戦争などと口にしたのですよ。
恐ろしいことです。
画像A
参考元
映画『雪風 YUKIKAZE』は、太平洋戦争中に実在した
駆逐艦「雪風」の史実を基にしたフィクションです。
日本海軍が建造・運用した甲型駆逐艦38隻のうち、
唯一太平洋戦争の終戦まで生き延びた不沈艦「雪風」を
題材とし、戦中から戦後、現代へとつながる激動の時代を
懸命に生き抜いた人々の姿とその運命を、壮大なスケールで
描きだします。
参考元 画像Aと同じ
参考元 画像Aと同じ
あらすじ
空を飛ぶ戦闘機、雲
1942年、6月、ミッドウェイ島沖、
爆弾にやられ、船の中で倒れる海兵隊員たち。
沈没しようとする巡洋艦「三隅」から、
多くの乗員が海に投げ出され、泳いで
助けを求めている状況。
ミッドウェイ海戦とは、日本海軍が完敗を喫した
太平洋戦争のターニングポイントとなった戦い。
「海から離れろ」
激しい戦闘を繰り広げていた一隻の駆逐艦が
救助に向かいます。
駆逐艦「雪風、これより乗員の救助に向かう」
先任伍長・早瀬幸平(玉木宏)
参考元 画像Aと同じ
「一人残らず引きあげろ!」という
掛け声のもの、縄ばしごが降ろされ、
海面から次々と乗員が助けられていきます。
参考元 画像Aと同じ
最後に救出されたのはまだ、
17才の二等水兵、井上壮太(奥平大兼)
参考元 画像Aと同じ
「寝たら、死ぬぞ、寝るな。
しっかりしろ」早瀬、頬をひっぱたきます。
先任伍長・早瀬は、雪風初戦から艦に乗り組んでおり、
部下や同僚から厚い信頼を受けています。
そんな雪風の姿を、これも大きな損傷を負った
巡洋艦「最上」の艦橋から、副長の寺澤一利
(竹野内豊)が見つめています。
参考元 画像Aと同じ
これ以降、戦局の主導権を米軍に奪われていく中、
「雪風」は、ガダルカナルを始めとするソロモン
海域における数々の過酷な戦場で、獅子奮迅の
活躍をします。
場面は変り、1970年、大阪万博で賑わう人々。
そして、どんな時も、戦いの後は、海に
投げ出された僚艦の乗員たちを救い続けたのです。
という説明。
再び画面は、変わり、
1943年、10月、雪風は、ラバウル港に停泊。
そこへ、水雷兵となった井上が配属され、
ミッドウェイで早瀬に救われた恩を
先任伍長早瀬に伝え、二人は、再会を
喜び合います。
参考元 画像Aと同じ
そして、艦橋には、着任したばかりの
新しい艦長・寺澤一利の姿が。
参考元 画像Aと同じ
あの「最上」副長、寺澤。
しかし、乗艦早々、米軍機との戦闘が始ります。
沈着冷静を絵に描いたような気質の寺澤艦長は、
初戦で見事な操艦をし、乗組員の信頼を得ます。
新艦長・寺澤の見事な操艦と、先任伍長・
早瀬の的確な準備で難を逃れた後、2人は
初めて顔を合せます。
「艦長挨拶」
「4年7ヶ月、良く知っている。」早瀬
寺澤は、早瀬の働きを認めながらも、
ミッドウェイを振り返り「ミッドウェイは
無理しすぎだ。もう少し、離れるべきだった。
仲間の救助は大事だが、判断を誤れば、艦を失う。」と
告げます。
「了解しました。」早瀬
早瀬の顔色が変り、艦橋に緊張が走ります。
艦長、皆に挨拶
「良くやってくれた。今まで通り、おのおのの
任務を果たせ。」寺澤
冷静沈着に状況を判断し、何よりも
作戦遂行を優先する寺澤。
一方、早瀬にとっては、乗員一人一人の命を守り
全員で戦場から生きて帰ることこそが
戦う目的だったのです。
その後も、二人は度々衝突することに。
艦長室で「武士道」の本を出す寺澤
その頃、早瀬の故郷・信州では
女性達がお芋を作っています。
参考元 画像Aと同じ
その中の一人、早瀬幸平の妹、
サチ(當真あみ)も畑で
お芋を植えながら、「お兄ちゃんは、
駆逐艦に乗ている。」と周囲に
話しています。
呉の雪風、妹サチは、母、体調良くない。と
兄宛の手紙を送ります。
しかし、太平洋戦域でハルゼー提督率いる米艦隊は、
破竹の勢いで日本軍を押し戻し、
1942年ガダルカナル島の玉砕をきっかけに、マリアナ沖海戦、
ソロモン沖海戦、フィリピン沖海戦と日本海軍は次々に艦を失い、
壊滅寸前となります。
雪風はそんな激戦をくぐり抜け、沈まずに生き抜いて
「幸運艦」「不沈艦」と呼ばれていたのです。
参考元 画像Aと同じ
1944年に入り、草鹿龍之介、
米軍は、フィリピンとマリアナ諸島の
二方向に進撃、6月、大和、武蔵、敵艦隊
日本軍の拠点は、次々と失われていきます。
「40機 偵察計画、スクリュー気づかれた雪風」
待ち伏せされ、魚雷に攻撃される雪風
「我、敵船を追う」寺澤
参考元 画像Aと同じ
「取り舵一杯」で魚雷を交わします。
空母沈没
「海軍の何でも屋か、雪風」
早瀬「生きて必ず帰らなければ
田舎には、かわいい妹が。」
「俺たちががんばる。」乗員たち
「マッカーサーの上陸避けたい。」
呉に戻ってきた雪風
「たいした船です。」
グアム、テアニン
7月には、日本の絶対国防圏とされるサイパン島が
陥落。
日本本土はB29の空襲圏内となり日本各地の町は
焦土と化していったのです。
呉港に停泊する「雪風」では、乗員たちに届いた
手紙が次々に渡されていきます。
早瀬は、信州で母と共に暮らす年の離れた妹、
サチからの便りを一心に読み続けます。
「お兄ちゃん、元気にしていますか?
隣の次郞が出征し、犬のハチをあずかる。
ハチの顔、お兄ちゃんに似ている。
母、少し、元気。
軍需工場で働く。秋、リンゴ、
呉に会いにいきます。それまで
お体大切に。」
一方、妻の志津(田中麗奈)のもとへと
戻った寺澤は、もうすぐ誕生日を迎える
三才の娘に、小さな髪留めを彼女が寝ている
枕元に置いていきます。
参考元 画像Aと同じ
「たかこにですか?」志津
「かんざし」
「船に帰る」寺澤
「トラック島司令部にいた江田島の兵学校の
皆、先にいってしまう。」寺澤
そこへ、志津の父がやってきます。
「魚を持ってきた。瀬戸内の魚が一番」
造船所で図面を引く父
「船、足りんじゃろう。ご苦労おかけします。」
お刺身
「米ないが」
「どいつもこいつも撤退。」
「武士道は、死ぬことと、いつ死んでも後悔ないよう
しっかり生きるということ。この国、日本焼け野原に」
水兵達
「丹下左膳、愛染桂みたい」
「駅馬車、好き」
「インディアンと戦う、騎兵隊助けにくる。
あげなすごい映画を作っている国と
戦争してるんだよな。」
「飲むか、ビール」
「国中、焼け野原になるまで、おわらないかも
しれないな。」
早瀬「寝る前に館内、一回りしてくる。」と
落ち着かない様子。
艦長室 「ご苦労」艦長
兵学校で4人で撮影した写真を見ながら
訓練を思い出す早瀬。
「一人になった。」としみじみ言う早瀬
10月、アメリカは、日本にとっての
南方の最重要拠点であるフィリピンへと
迫っていたのです。
日本海軍は、米軍の上陸を阻止すべく
ついにレイテ湾へと向かいます。
日米が雌雄を決するそのレイテ沖海戦に
もちろん「雪風」の姿も。
戦闘が激しさを増す中、乗員たちの心が
一つになり、死線を潜り抜けてゆく
「雪風」。
絶対絶命の危機に陥るが、早瀬の機転に
より何とか生き延びます。
ここで、寺澤と早瀬は互いの想いを
ようやく理解し、二人の心は、繋がる
ことになるのです。
シンガポール南、
「マッカーサー5日頃、レイテ島へくる。」
大和の出番
敵1000機
「日本の生命線、断たれるフィリピン。」
「ハルゼイ強い」
小沢治三郎戻る。ハルゼイの偵察機
「頼んだぞ、栗田。」
「レイテ湾 後2時間」
ゼロ戦
「久保木、敵空母」
「上陸護衛、第7艦隊」
「全艦敵、撃滅せよ。との指示」
「筑波、沈没」
「よしの、すずや、方向不能」
「全艦、反転せよ」
「雪風 反転しません。」
「雪風、もどれ。周囲に味方は
いません。無線、繋がらない。」
寺澤「進路このまま、敵陣を突破する。
魚雷用意。上からくるぞ。」
参考元 画像Aと同じ
集中砲火を受け、「浸水しています。」
「艦長、スコールです。」
「スコールに突っ込む」寺澤
井上「水入ってきます。」
「ロケット弾をはずさないと」
ようやく、はずします。
「ミッドウェイで助けたかいがあった」と
いう早瀬
排水作業をする乗員たち。
その頃、妹のサチ「ハチ、似ているわ。」
「敵が来た!」乗員
ゴムボートに乗っている米兵たち
「攻撃をやめろ、相手は丸腰だ。
恥ずかしい真似はするな。」寺澤
「なんで撃たない。」
「武士道だ。」寺澤
4人で写った写真を見ながら
「こいつらに笑われる。」寺澤
レイテで、ゼロ戦跳んできた。
「あれは、特攻隊だ。命と引き換えに
敵艦隊に突っ込む。」寺澤
「人間性に反する」早瀬
「戦、そのものが人間性に反している。」
「ならば、生きて、生き残る。守らなければ
ならないもののため。生きなければならない。」
大きな三角定規をつかう寺澤
「妹がかわいくて」早瀬
「娘4つ」という寺澤
「10年後、20年後、日本はどんな国に
なっているのでしょうね。」
「普通がいいな。家族が当たり前に夕食を
囲んで、子供達もいつか家族を持ち、
生まれた孫の顔、拝んで皆で喜ぶ
そんな普通の国になってほしいものだ。」
開戦して4年。
「無線機 1時間で復旧 大和へ。
洋艦、至急」
リンゴを持つ妹のサチ
「そろそろ来るな。」早瀬
空から砲撃され、先任伍長の早瀬は、敵機の
機銃掃射を受けた井上を助け、命を落とします。
早瀬の遺体を水葬し、涙する井上。
命の恩人は井上のために死んだのです。
軍令部作戦課長 古庄俊之(石丸幹二)
「武蔵、山城、ふそう、あたご、6隻
のしろ、あぶくま、千代田、沈んだ。」
「雪風戻ってきました。」
「アメリカと戦って負けていない。」
フィリピン撤退。
呉海軍
寺澤は、早瀬の妹サチに手紙を
書きます。
「お兄さんをこのような形で帰すこと
申し訳ありません。お兄さんは
サチさんを見守っている。
サチさんの元気な姿を見せて」
「お兄ちゃん、ほめてくださったよ。
良かったね。」と法事で言うサチ
1945年3月 東京、空襲
4月、日本、第二艦隊司令長官、伊藤整一
(中井貴一)へ下された、連合艦隊
最後の作戦によって、「雪風」は
戦艦「大和」らと共に沖縄へ向かいます。
1945年沖縄に米軍が上陸
護衛艦もなく、死を前提としたいわゆる
海上特攻。
4月8日、「敵総攻撃 燃料は片道分とする。
帝国艦隊本領発揮」 「自殺作戦」
「死を恐れるもの、一人としていない。」
「我々が捨て石となったら、国は誰が
護るのか、国民は、誰が護るのか
目的失った死を受け入れることは
到底できない。」小野寺
「なぜ、陣頭指揮をとらない?
日吉の防空壕から出てこないのか?」
「海に投げ出される。もどってこれないと?
燃料は、通常通り、必要」寺澤
「古庄さんお願いします。」寺澤
「伊藤整一の命令か?沖縄
護衛なし…」
「無謀」
「大和には、海上特攻の先駆けとなって
いただきたい。」
「死んでくれと言うのだな。」伊藤
参考元 画像Aと同じ
「そうか、それなら、分かった、了解した。
ただ、判断は任せてくれ。」伊藤
場面が変ります。
お辞儀する男性 草鹿龍之介
「頭あげろ」
「江田島が懐かしいな。」
「はい。お世話になりました。」寺澤
大和、有賀艦長
かや、まき 豊後水道 4年で呉に返す。
「この国、未来、若い力が必要になる。」伊藤
「定刻、沖縄、総攻撃
第二艦隊司令隊 陸上戦 上陸 敵陣に
切り込む。」伊藤
伊藤と握手をする寺澤
「お供します。」
「よろしく頼む。」
参考元 画像Aと同じ
おにぎりをつくって、神棚に供え
拝むサチ
「最後の郵便、何もない。手紙
戻ってからゆっくり書きます。」
「まだ、お前たちのところへ行けないな。」と
写真を見る寺澤
雪風艦長の寺澤は、「駆逐艦は沈んだ艦の乗組員を救出する役目も
本分の一つゆえ、救助した乗組員を本土まで無事送り届けるのが
任務だ」と軍部を説得。
帰投分の燃料の約束を取りつけます。
朝霜、磯風
「燃料、追加となった。思う存分
戦えます。」
朝霜、修理 鹿児島へ
「連合艦隊最後の戦い。力を尽くして
戦え、いつも通り早瀬が見ているぞ。」寺澤
「空から攻撃、大和を守る。
敵機引きあげる。」
残存艦わずかとなった連合艦隊は、大和を中心に円陣を組み
出撃。
坊ノ岬沖に達した時、アメリカ軍航空部隊の猛襲が始まり
雪風は寺澤の巧みな操船で爆撃をかわします。
「第二波がくる。」
敵機のメインターゲットは大和だ。片側に魚雷を集中的に
受けた大和は、巨大な火柱をあげて沈没。
大和から投げ出された乗組員を必死に救助する雪風乗組員たち。
中には以前雪風に助けられた水兵井上壮太の姿も。
「本戦、中止、直ちに帰しょうせよ。」
伊藤
「もう、充分だろう。退官用意」
「世話になった。」伊藤
「長官とご一緒出来て、光栄でした。」
「伊藤より、作戦中止、全艦帰投すべし」
「海に投げ出された乗員を助ける雪風」
「一人でも多く、命を」
「作戦中止、ただちに帰投せよ」
「今、我々の役目は、一人でも
多くの命を救うことです。
雪風は、ずっとそうしてきました。」寺澤
「一人残らず引きあげるぞ」寺澤
終戦日、玉音放送
それから数ヶ月後、日本はポツダム宣言を受け入れ、
無条件降伏をします。
賠償艦として引き渡された雪風の仕事は、それでも終わらず、
大陸からの引揚者を乗せた雪風の艦橋には病を押して
任務に就く寺澤の姿が。
赤ん坊の鳴き声
1946年12月 復員船 雪風で
生まれた赤ちゃん
「男の子です。」寺澤
「戦争に負けても、新しい命生まれるのは
嬉しい。もうすぐ、最後の航海 終わりです。」
寺澤
雪風は、賠償として、佐世保に着きます。
雪風を引き渡します。
「お休みになってください。じゃ あとは
任せるか。」寺澤
早瀬の写真に食事を備えます。
「もうすぐ、日本です。」武士道の本も出し
写真を見る寺澤
「これで戦は、終わりだ。」倒れる寺澤
寺澤は最後まで人を助ける任務を全うし、艦長室で命を終え
たのです。
寺澤が戦後の未来に託したのは、「人々が家族と共に普通に
暮らせる世の中になってほしい」ということだったのです。
1970年、大阪万博
あれから、25年、艦長報告にきた
「雪風沈みました。台風に海に消えました。
雪風を知る人はいないでしょう。」
万博 若者たち
「そんな時代もあった。大丈夫です。
忘れなければ。」
10年後、台風17号、海上自衛隊のゴムボート
屋根の上に子猫を抱いた男の子の姿が。
たかのいちろう、猫のミーちゃん
それを助けたのは、海上自衛官
寺澤多賀子(有村架純)
寺澤一利と志津の娘だったのです。
江田島の海上自衛隊 海には、戦艦。
「おい、日本 元気か 頼んだぞ
ずっと見ているぞ。」
雪風の船員たち。
甲板でお相撲、団扇
お兄ちゃんに手紙書くサチ
りんごを食べるサチ
神社に行き、お参りをする志津
駆逐艦雪風のモニュメント
錨、波の音
参考元
参考元
参考元
https://www.movie-diaries.com/yukikaze-6051
監督 - 山田敏久
脚本 - 長谷川康夫
音楽 - 岩代太郎
主題歌 - Uru「手紙」(ソニー・ミュージック
アソシエイテッドレコーズ)
製作代表 - 河野聡、門屋大輔
製作 - 藤本俊介、米田岳、白神文樹、前田衛、
小林栄太朗、坂本篤、中野伸二、多木良國
企画 - 小滝祥平、髙橋紀成
スーパーバイザー - 福井晴敏
撮影監督 - 柴主高秀
照明 - 長田達也
録音 - 尾崎聡
美術 - 金田克美、新田隆之
装飾 - 前屋敷恵介
編集 - 清野英樹
VFX監督 - オダイッセイ
協力 - 防衛省、海上自衛隊
撮影協力 - 平塚市、茅ヶ崎市
撮影所 - 角川大映スタジオ、リマーテスタジオ
DI - 東映ラボ・テック、東映デジタルセンター
配給 - ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、
バンダイナムコフィルムワークス
製作プロダクション - デスティニー
寺澤一利
演 - 竹野内豊(青年期:長谷川幹)
早瀬幸平
演 - 玉木宏
井上壮太
演 - 奥平大兼
早瀬サチ
演 - 當真あみ
寺澤志津
演 - 田中麗奈
「雪風」乗組員
有馬岩男
演 - 藤本隆宏
砲術長。
中川義人
演 - 三浦誠己
航海長。
佐々木伊織
演 - 山内圭哉
水雷長。
藤井道郎
演 - 川口貴弘
機関長。
佐藤捨造
演 - 中林大樹
主計長。
池内晋作
演 - 片岡久道
航海士兼通信士。
酒井三郎
演 - 川島潤哉
水雷員。
加藤良吉
演 - 加賀成一
水雷員。
竹岡明
演 - 三宅亮輔
水雷員。
尾崎由松
演 - 山脇辰哉
水雷員。
中西平作
演 - 渡邊りょう
水雷員。
南 都志夫
演 - 渋谷朋
水雷員。
山倉貫太郎
演 - 鹿野宗健
機銃員。
久保木誠
演 - 小林虎之介
見張員。
磯野正則
演 - 國島直希
機関員。
海軍
伊藤整一
演 - 中井貴一
第二艦隊司令長官。
有賀幸作
演 - 田中美央
「大和」艦長。
神宮司克己
演 - 綱島郷太郎
「磯風」艦長。
東吉三郎
演 - 西興一朗
「磯風」先任伍長。
小野寺久雄
演 - 工藤俊作
第21駆逐隊司令。
渡辺萬衛
演 - 松永大輔
「濵風」艦長。
杉浦興四郎
演 - 清田智彦
「朝霜」艦長。
栗田健男
演 - 藤田宗久
第一遊撃部隊司令長官。
白井義弘
演 - 平井真軌
第一遊撃部隊参謀。
菅野茂
演 - 釆澤靖起
第一遊撃部隊参謀。
風間健二郎
演 - 川郷司駿平
「大和」通信士
古庄俊之
演 - 石丸幹二
軍令部作戦課長。
西野章
演 - 朝井大智
軍令部作戦課員。
足立太郎
演 - 伊藤祐輝
軍令部作戦課員。
岡田健史
演 - 上谷圭吾
軍令部作戦課員。
その他
葛原芳雄
演 - 益岡徹
志津の父。
寺澤多賀子
演 - 有村架純(幼少期:原春奈)
海上自衛官。一利と志津の娘。
エンドロールには、
西田深史、甲田まさこ
私の話を真剣に取り合わず
弄(もてあそ)んだ人達の考え、想像が
この映画の内容です。
けれども、この猫は、D会落合家の猫では
ないのです。
親支部を何から何まで疑って
いったい何様なのですか???
D会で、それなりの地位があるだけでなく、
世間的にとっても地位があるのですよ。
とにかく、世間を知らなすぎるのです。
例えば、日産自動車のお店に勤めている人と、
あるいは、工場で働いている人と
本社のトップと言う位に違うのです。
そんなことさえ、気付きませんでしたか???
D会平井家の次男 故平井浩二君、
山口家の三男 故角田太
大和⇒D会大和に住んでいる
山口成太郞、信二君、
土開章雄君
名古屋の軍需工場で働いていた
D会故落合正子さん
日吉の防空壕
竹田実⇒武田信玄では
ありません。落合家の次女の夫
矢島実さん
松永⇒「こころと痛みクリニック」で
働いていた時に、コンピューターを
担当していた松永さん(不動産やに
転職)
自衛隊⇒東京大学法学部、
慶應義塾大学法学部教授
第10代防衛大学校長
久保文明先生
久保先生のゼミだった
パリ日本人学校同級生
坪田耕二君
この久保先生と
霊友会の久保角太郎は
まったく無関係です。
中林⇒パリ日本人学校同級生
中林裕晴
松崎⇒中央大学同級生 松崎秀治
父親旧東京銀行
石丸⇒SEIKO元先輩
石丸哲司さん
ソニー⇒パリ日本人学校、
パリインターナショナル2年からの
同級生ウラの夫 森澤健さん
目撃者です。
ソニー株式会社取締役、財団法人ソニー
教育振興財団専務理事、島津久永さん
昭和天皇の第五皇女、島津貴子
(清宮貴子内親王)の夫
その通り、私の母方の祖父は、
薩摩藩の島津家(嶋津)で
間違いありませんよ!!!
島津、薩摩藩がそんなこと言う訳ないのですよ。
もちろん、天皇陛下の命令なんて
ないのですから。
話が変りますが、下記の画像は、間違っています。
私が、こころと痛みクリニックで働いていたのは、
2020年1月末から11月下旬までです。
パワハラで辞めたのです。
私が唯一無二であるのは、事実。
編集で、訂正できなくなっているのです。
誰がやったのですか???






















