6月8日まで国立西洋美術館「西洋絵画、どこから見るか?」Page2
ルネサンスから印象派まで
サンディエゴ VS 国立西洋美術館 Page2
19 フランクフルトの画家
Master of Frankfurt
アレクサンドリアの聖カタリナの神秘の結婚
Mystical Marriage of Saint Catherine of Alexandria
参考元
イーゼンブラントの聖母像
アドリアーン・イーゼンブラントは、
フランドルにおける絵画制作の中心地の
ひとつであったブリュージュで活躍した
画家。折衷的な様式による肖像画や
礼拝用のための小規模な祈念図像により、
人気を博しています。
ここでは、彼の真筆作と帰属作、
2点の聖母像を見てみましょう。
どちらにおいても、天の女王としての
聖母が幼児イエスを膝に載せ、王座に
座って表わされています。伏し目がちで
額の広い、面長の聖母の頭部は、両作品に
おいて極めてよく似通っています。
しかし、彼の典型的な聖母像といえるのは、
真筆とされるサンディエゴ美術館の
「聖母子と天使」。ゴシック様式とイタリアの
ルネサンス様式が混交した玉座、そして緩やかに
奥へと広がる風景は、彼の他の作品にも
共通する要素だからです。聖母子の周りに
いる3人の天使は、ヤン・ホッサールトの
聖母子像からそのまま取られており、
イーゼンブラントはその模写を制作。
国立西洋美術館の玉座の聖母子の聖母を見ると
左手を挙げた幼児イエスと、その右の足の裏を
聖母が抱くポーズは、この画家によるホッサールトの
聖母子像の模写において、敢えて原作から逸脱して
聖母に取らせたポーズと共通します。
しかし、豪華な古代風の装飾を施した巨大な
玉座は、この画家の典型的な建築モチーフの
レパートリーを大きく逸脱します。
描写の質は、大変高く、イーゼンブラントを
手本としながら、同時代のより新しい傾向も
取り入れた画家の関与が想定されます。
20 アドリアーン・イーゼンブラント
Adriaen Isenbrandt
聖母子と天使
Madonna and Child with Angels
テンペラ、油彩/板
参考元
⇒私に子供はいません。
21 アドリアーン・イーゼンブラント(に帰属)
Adriaen Isenbrandt (Attributed to)
玉座の聖母子
The Madonna and Child Enthroned
NMWA 寄贈作品 /
Anonymous gift
参考元
22 ヨース・ファン・クレーフェ
Joos van Cleve
三連祭壇画:キリスト磔刑
Triptych: The Crucifixion Flanked by the Kneeling
Donor and His Wife
参考元 20と同じ
⇒ようた歯科が巣、あるいは
大泉洋さんが巣
⇒私が、クリスにファンと言ったのは、
突然、手紙を書いて好きって言ったら
おかしいでしょ???
なので、やんわりとした表現でファンと
言っただけですよ!!!
でも、クリスには、私の気持ちが伝わって
いたのです。
それは、高校の頃からですけどね。
23 ヒエロニムス・ボス(の工房)
Hieronymus Bosch (Workshop of )
キリストの捕縛
The Arrest of Christ
油彩、テンペラ/板
参考元
⇒どうして、クリスを捕まえようとしたのでしょうか???
それにクリスは神父ではないです。
クリスチャンですけど。
何も悪いことしていませんよ!!!
元上司たち、あるいは父の会社の部下達他
参考元
第2章 バロック | Chapter 2 Baroque
i スペイン | i Spain
24 フアン・サンチェス・コターン
Juan Sánchez Cotán
マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物
Still Life with Quince, Cabbage, Melon, and Cucumber
参考元
そう思いこんで、私は、ずっとブロックされたまま。
強引に誰とも会うこともできなくされたのです。
そんなことして良い訳がないのです。
25 フアン・バン・デル・アメン
Juan van der Hamen
果物籠と猟鳥のある静物
Still Life with Basket of Fruit and Game Fowl


参考元
26 フランシスコ・デ・スルバラン
Francisco de Zurbarán
神の仔羊
Agnus Dei (‘Lamb of God’)
参考元 24と同じ
⇒私が、仔羊と言ったのは、
クリスが昔から、若々しかったこと
当時のイメージですよ。羊年なので。
何せ、会っていませんから。
私は、タレントのキリコさんのような
若い男性に手なんて出しませんよ!!!
El Greco and Beyond
16世紀後半から17世紀前半にかけて、トレドはイベリア半島に
おける重要な絵画の制作地のひとつでした。
ギリシャ生まれのエル・グレコは、イタリアで約10年
活躍した後、1576年頃にスペインに移住、この町に居を構え
ここで彼は、対抗宗教改革期に典型的に好まれた主題を
繰り返し描いて、下級聖職者や知識人、各地の小規模な
聖堂を相手に成功を収めます。
「悔悛する聖ペテロ」はと「十字架のキリスト」は、どちらも
そうした典型的な主題の2点で、多数のヴァージョンが残されて
います。彼の絵画は、引き伸ばされた人体、神秘的で劇的な光、
超自然的な色彩の表現など、極めて個性的な様式で描かれています。
特に最晩年に制作された「十字架のキリスト」には、荒々しい
筆致も相まって、そうした彼の絵画の特徴がより顕著に
表わされています。
エル・グレコが独自の制作を展開した同時期のトレド画壇では、
サンチェス・コターンやペドロ・デ・オレンテらによって、
より多彩な傾向の美術が展開されていたのです。
サンチェス・コターンは、静物画で革新を起こす傍ら
「聖セバスティアヌス」が示すように、マニエリスム的
伝統を汲む精緻な人物画を主に手がけています。
オレンテはイタリア経験のある画家で、新時代の
自然主義的美術傾向をスペインにもち帰ったのです。
1620~25年頃制作の「聖母被昇天」には、色彩や
構図の面で、エル・グレコの影響が色濃く残りますが、
その写実的な人物描写には、新しい時代の萌芽を見て
とることができます。
27 エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプロス)
El Greco (Domenikos Theotokopoulos)
悔悛する聖ペテロ
The Penitent Saint Peter
参考元
本作の主題は、キリストが捕らえられた時、ペテロが
その弟子であることを3度否定するも、のちにそれを悔いて涙を流した。
という逸話。16世紀後半の対抗宗教改革下に普及した図像です。
エル・グレコは同主題をスペインで描いた最初の画家と考えられ
ほぼ同一の構図が真筆作に限定しても6点が知られています。
これは、その中でも質の高いもので、おそらく2番目、1590年代
前半の制作と考えられています。画面左奥には、キリストの
磔刑から3日後、その墓を訪れたマグダラのマリアが天使から
キリストの復活を知らされる場面が描かれています。
⇒そうですよね。別人だと思い込んだ人達。
クリスを知っていながら
知らないと嘘をついた人達の後悔ほか。
28 エル・グレコ(ドメニコス・テオトコプロス)
El Greco (Domenikos Theotokopoulos)
十字架のキリスト
Christ on the Cross

参考元
⇒映画「マンマ・ミーヤ」無関係ですよ!!!
私たちの旅の間、何もありません!!!
29 フアン・サンチェス・コターン
Juan Sánchez Cotán
聖セバスティアヌス
Saint Sebastian
参考元
30 ペドロ・デ・オレンテ
Pedro de Orrente
聖母被昇天
The Assumption of the Virgin
参考元
31 フアン・デ・メサ
Juan de Mesa y Velasco
幼児キリストの勝利
Christ Child Triumphant
参考元
⇒私の目が芸能人に似ているからって
本当に迷惑ですよ。
その人達と同じ人生になる
訳ないでしょう!!!
そんな単純なら皆人生同じに
なるではありませんか?
32 ペドロ・デ・メナ
Pedro de Mena
アルカラの聖ディエゴ
Saint Diego of Alcalá

参考元
15世紀にカナリア諸島で宣教したディエゴは、スペイン国王
フェリペ2世らの請願により1588年に列聖されています。
以来、スペインで頻繁に造形化されるようになり、グラナダの
彫刻家の間では、聖人が起こした「花の奇跡」の場面が
主題として好まれたのです。ある時ディエゴは、貧者に
分け与える目的で、修道院からパンなどの食料を持ち
出します。しかし、それを咎められた際、彼が僧服の
下に隠していた食料がバラに変った、とするものです。
本彫刻もその場面を表わしたもので、かつては聖人が
両手で手繰り寄せた僧服の裾の上にバラが載せられ
ていたと考えられます。
⇒榊原雅彦ら。
33 フランシスコ・デ・スルバラン
Francisco de Zurbarán
聖ドミニクス
Saint Dominic
参考元
脇の犬は松明を咥えており、その端に火が灯っていることは、
聖人の背後に仄かに光が広がることから確認できます。
犬はしばしば聖ドミニクスの象徴として用いられ、
「信仰の火を灯す」ことを象徴しています。
つまり、彼の教えが信仰の広がりをもたらすことを
示唆しているのです。
⇒クリスの兄のアンソニーの長男
ドミニック、あるいは、
パリブシャラ家のスイスにいた
親戚のドミニック
ドミニックが巣。
参考元
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2025dokomiru_list.pdf




























