横須賀美術館「谷内六郎展 大人たち」Page2
⇒D会小川さんあるいは、前の夫の親友小川さん
ドライクリーニング⇒映画「エブリシング・エブリウェア・オール・
アット・ワンス」
一瞬にしてどこもかしこもカオス状態
つまり、訳のわからない混乱状態に。
クリーニング屋で働いているのは、私の姪
D会林あっこちゃんも働いていたことがあったようです。
私の話を聞かないからでしょ。
「お父さんのにおい」
幼児がお父さんの上着やシャツのにおいをかぎわけるのは、本能のようです。
乳からはなれた子供は、何か自分のたよるものをたえず口にします。
ミルクの瓶のせん、タオル、毛布、布のキレッパシ、それがないと
非常な不安感に落ちます。何か自分の分身をたえず身につけたり
味わっていないと保身出来ない様子。
5歳くらいからは、人形とかミニカーとか特定のものに転向して
いきます。愛着の心が入り込んでしまっているので、そのものを
捨てたりするとヒステリー状態になりますから、気を付けなければ
なりません。
⇒ミルの苦 映画「ミセス・ダウト」ペッパーをかけてアレルギー反応を
起こさせ男性を排除しようとした。
ヌートバーさんのペッパーミルはこの意味です。
この映画も無関係ですよ!!!
私は、ヒステリーを起こしません。
「真実一郎君」という4こま漫画
⇒そうです。私がここでお話しているのは、真実ですよ。
入院日記もね。
「太鼓の音」
晴れた新年の空にトントン軽い太鼓の音がひびきます。みかんの
実る、海辺の町。
外房や伊豆に行くとまだまだこんなのどかな風景があるので
安心します。
竹久夢二さんの絵の中にある澄明な感傷は、遠い岬に続く道の果てにある
一つの離別感というか次元の違う世界にひきこむようなかなり孤独で
非常なものをもっているようです。
だいたい普遍性というかいつまでも人の心にうったえる絵というものは、
そんな世界まで入り込んでいるようです。私には、それをどう言ったら
いいか表現出来ないのですが。
宗教でいう祈りの頂点ににたものかなどと考えたりしました。
そういうものは、何をモチーフにしても出るわけで女の子を
モチーフにしても茶碗をモチーフにしても同じことで機械を
描いても仏像を描いても何んにも心のないものもたまにはあると
思います。ところで、私の絵は、今勉強中ですから、
お許しのほどを。
みかん⇒パリ日本人学校の卒業式
画家を祖父と父にもつ佐藤敏知ではありませんよ!!
竹久夢二さんではありませんよ!!!
「枯葉は旅の芝居のチラシ」
東都でおなじみ石川一座当地久々の来演、遠い日そんなチラシを
見た記憶があります。ムラサキ印刷のインキがすぐに水に流れて
しまうようなチラシでしたが、奥多摩の山あいで、見たトントンと
太鼓を打ってくるのぼり旗の旅の一座の宣伝は、リヤカーを引いて
枯葉の野を行き、何かチラシは、枯葉だったような記憶になっています。
そういえば、村でチラシ見た二枚目の役者さんはオシロイをべったりぬって
目だけが赤かったので、あれは狐だったのだろうかなどと、幼い日の
感覚というものは色々にイメージが重なって残るものです。
今でも地方の場末で見るポスターは、やはりそんなチラシの伝統の
流れをもっていて、「艶歌の女王、久々の」という具合で、旅の
芸のもつ味わいは変わりなく流離の感傷をかすかに思わせるものです。
⇒村が先だった。映画「ヴィレッジ」無関係ですよ!!!
あるいは、映画「福田村事件」なぜに、韓国人??
それでみんなだんまりを貫いたという残酷な東逗子の人達。
私は、養子などもらいません。
クリスとの子供がほしいです。
閉経するまで飼い殺し。卵子凍結もなし。
人権の侵害であり、人間の尊厳をも軽んじた行為
罰せられます。
「炭やさん」
暮のことを師走というのは坊さんも忙しく走るからだそうです。
坊さんがころもをヒタヒタなびかせてヒューッっと走って行くのですね。
師走という感じは長屋の角のところを熊さんがハッピ姿で
サッとまがる感じです。サッとまがる時にパッと手ばなをかんで行くのです。
今はジングルベルの歌やクリスマスケーキ風に少女雑誌の十大付録もついて
師走師走した風紀もうすくなっってきたようです。それでクリスマスカードと
年賀状と二つ出すわけです。絵でも日本画と洋画と二つあるわけで、
生活は洋風日本風となかなか割切れません。まざっています。
一刀斎先生パーティーに現るの図、どっちかいうと映画なんかでも
日本風の方が固い感じです。新撰組の隊員が京の町を歩いているのでも
全員下剤をのんだようなコワバッタ顔です。
⇒D会故筒井夕起子さんの甥の斎弁護士
海宝院の和尚 姉の同級生
⇒SEIKOの元同期の鷲見ちゃん
ハッピ⇒SEIKOのVIPツアーの送迎(お開き)のパーティ
ホテルニューオータニ
「田んぼもカスリを着てる」
田植の頃、山かげになっている暗い水面に緑のするどい苗が並ぶと
丁度紺の中の白のカスリ模様に見えて、カスリとは田から生まれた
模様か?などと思ってしまいます。着物というのは、たいてい四季の
自然風物模様で、日本ほど四季の自然をうまく生活の中にとり入れた
美をもつ国はないと思っています。だいたい絵でも四季を取り入れれば
無難ですが、それでは発展がないというので色々な場や空間を絵にした
訳です。色々と多様に分化して行く絵ですが、やはり「時代と人の心」
それぞれのリアリティの追究というわけでしょうか。
田植歌などは、郷愁的に入って行けるが、どうも戦前までの農家は
すごい重労働で、そのことが気になるし、因習みたいのも気になります。
しかし、一面のどかな生活の面もあって、いつの時代にも苦と楽が
つきまとう訳です。焼野の戦後の東京にもぽっかりとしたのどかわは
ありました。
⇒農家ではありませんよ!!!
「伊豆の赤ちゃん」
伊豆でこんなしょいこの薪の上に赤ちゃんを見たのは、とても寒い冬でした。
赤ちゃんがものすごく高い火の見の上で真っ赤な顔をしてフクレているようでした。
伊豆では、こんなにして赤ちゃんをオンブする時もあるのだなと感心した
ようなわけです。
瀬戸内海や四国地方も伊豆とそっくりの景色だそうですね。ただ海に島が
多いという風景だけ違うという感じらしいです。
だいたい日本の風土というのはどこに行っても感じは、皆同じようで、
おみやげやさんのタオルや風呂敷が東京の横山町の問屋からみんな
出ている時もあるようです。よくまちがえないで北海道の温泉と
九州の温泉を区別して。などというとシカられてしまいます。
駄菓子通の人が東北ですごい素朴な駄菓子をみつけてさすが東北と
感激していたら、東京の問屋から来ていると言われてがっかりした
そうです。
⇒映画「銭天堂」コワイですよ。
やはり、悪意のある人々の攻撃。
何も悪いことしていない私とクリスなのに。
駄菓子やをやっていたという元D会会員の根岸さんの
おばあさん
私に子供はいませんよ!!!
これで信仰しているとはとても言えません。
「町に行く 行商のみやげ」
もう遠い日のことです。海辺の療養所を抜け出して、とりとめのない海岸線の
汽車に乗り、桃の咲きそろう、モワーとする甘い感覚の村に降りたことが
あります。
魚貝やひもの類を行商に行くお母さんの荷に、町へのみやげらしい桃の
枝がそえてあるのを見ました。遠い日のことで霧をまさぐる想い出で
ボンヤリと記憶の底にある景色なのです。どこの駅であったか、
その駅の名も忘れてしまっています。で、この絵では「いそうみ」と
仮につけておきました。
今でも魚貝やひもの類の行商は昔からの方法で行われています。東京にも
古い顔なじみの家々をたずねて、「今日はウニの上等なのがある」などと
荷を開けています。行商は、漁村のお母さんたちの重要な仕事のようです。
太平洋側でも日本海側でも朝市とか魚行商は遠い昔から今日まで根気よく
続いている仕事です。
⇒韓国映画「高速道路家族」娘の名前ウ二
ホームレスで、サービスエリアで野宿、窃盗三昧
韓国無関係ですよ!!!
⇒映画「私は貝になりたい」
「ぼくのバケツ」
海は乳色にドロリン、ドロリン、潮騒のひびきをたてておりました。
まだ、磯の蟹や貝もねむたい頃、東の岬がオレンジに開けてくる頃、
漁船が出て行き、夜釣りの漁船がもどって来るのが朝の陽に黄金色に
光る海に、黒いシルエットになって見えました。
そんな夜明けのまだ星のある内から出て行った地曳網を引きあげる
人々は、浜で、網引ロクロの棒に大切名バケツをかけたまま遊び
ほおけて家に帰ってしまい、朝思い出していそいで取りに行くと、
もう大人の人達はけんめいに網引をしています。「ぼくのバケツだ」
そんな坊やの声など大人の耳に入りません。いそがしい力仕事の
最中です。
やがて、海は乳色から黄金の朝陽が消えて、紺青の海に白い波が
鮮やかにたつのです。
一日の海がそうであるように、乳色の春から紺青の夏の活気が
もうすぐそこにきていますね。
⇒映画「ゴースト」無関係ですよ!!!
幽霊である訳ないでしょう。
元スマップの「世界にひとつだけの花」
「魚とり」
青空に魚とりのアミがパッとひろがる瞬間です。アユかハヤを
とっているのでしょう。子供達は、「チェッ、みんなとっちゃう」という
気持ちです。
なんでも、パッとひろがる瞬間というものは、心がハッとします。
夜空の花火も、それからカメラマンがパッとやるフラッシュですね。
僕などたまにカメラのフラッシュをあびると一瞬心がすくみます。
早口のアナウンサーが「今暁羽田に着いたロンドンエキサスサペンス
ホルダーのオダガーイ二ソンシナーイ氏は、記者団に次のように
語りました。未来は地球上に開けた」するとカメラのフラッシュが
ものすごいです。パッ、パッ、パッ、岸さんも随分フラッシュなれして
います。車から降りて議事堂の階段を上がるまでフラッシュをあび
つづけても笑ったまんまです。水底からずーっと水面に上がって
くる細型の魚スタイルです。
⇒浜崎あゆみさんのような若い人ではありませんよ!!!
同級生です。
⇒映画「フラッシュ」過去に息子が戻っても
救えなかった。
「海坊主」
人をのみこんでしまいそうに暗い夜の海、吠えるような朝鳴りの音、
崖の岩はだに真っ黒な海坊主がいた。
子供はその大きかった海坊主の話を仲間や家人に伝える、それが焚き火の中の
人の影であっても子供はそれを海坊主を見たと思い記憶に残すようです。
存在を越えたところにある現実感、それはきりもなく人間が求める
「文化」というものへの要求とか追究の心にも発展する要素のようです。
希望や夢にはいつも恐怖がかさなり合ってあるようです。人は人工衛星を
作り原爆を作り出してもまだ果てしない夢を追い続けます。
「何千万の餓死、何万億の原潜」人類の文化とは何だろう。
人工衛星⇒作っていたのは、葉山小学校、パリ日本人学校の
同級生で、私の住む住宅地に実家のある稲森一郎
原爆⇒映画「オッペンハイマー」
「海ほおずきの記憶」
ぼく個人で色々な女の人(三十代)にアンケートをとってみると、
あんがいみんな思い出の深いのが、「海のほおずき屋」でした。
今は海ほおずきも近海では、とれなくなったようで
公害のせいかと思います。そんなわけで海ほおずき屋は、まったく
姿を消して行きました。でも、海辺の名所などに行くと
海ほおずきをうっているみやげ店もあります。びっくりするほど
値が高くなっているのは、海ほおずきがとれないからでしょう。
遠い南海からとって来るという話もききました。
ぼくらが子供の頃に夜店に行くと、きまって海ほおずき屋の
色とりどり豊かにほおずきを並べておりました。
海ほおずき屋の前に行くとツーンと磯のにおいがするので
急に夏に行った磯を思い出して、ほおずき屋のまわりだけ
海がさわいでいる幻想にとらわれたことを思い出します。
あのなつかしい海ほおずき屋さんを何か又今の子供にも
味わわせたいものです。
⇒見たことないですね。
海ほおずきとは、なぎなた貝、にし貝を干したものだという。
「トウフやは一番星ももって来た」
二十年ほど前くらいには、てんびんをかついだトウフや
さんがよく来ました。夕方のトウフやのラッパと一番星が
ピタッとくっついてはなれないのは、一番星が輝く頃に
きっとトウフやさんが、町のあっちこっちにやって来たからで、
それは夏にはよけい冷ヤッコが売れるので沢山きました。
夏の感覚です。トウフやさんは桶の中に泳ぐトウフを
上手に手ですくってヤッコに切ります。水の中で切るのです。
感覚的な味わいも一つの商いの方法であったのでしょう。
日本にはそういうただ物を売るだけでない気分も詩人的な
伝統があるようです。
ヤッコというのは、武家のヤッコさんの着る四角の
紋様マークだということです。
京都のトウフで、京都の水でなければというのでわざわざ
貨車にてんびんをかついだトウフ屋さんをのせて、運ばせた
食通の人が昭和初期にいたようですが、
インスタント風のビニール袋入りのトウフ時代の現代では、
気の遠くなるような話です。
田原俊彦さんの出演していたドラマ「さよなら三角
また来て四角」
参考元
D会、酒井の長女須賀直子(なおちゃん)
佐野さんが良くお豆腐送ってきました。
子供が忘れていった紙風船は、海辺の町を旅し、
漁師小屋、釣宿の軒、造船所、おうちの縁台…
水産加工工場のえらそうな煙突より高く飛んでみたり
お地蔵さまの昔話を聞きに行ったり。
最後に勇ましく出港する漁船のように海洋や天体を
目指し旅します。
紙風船は、作家の心そのもの。
紙風船に込められた夢
紙風船は小さいけれど、それは、大きな夢です。
⇒漁師ではありませんよ!!!
映画「ジェラシックワールド新たなる支配者」
SAGAという蟹工船出てきますけど、これは、
皮肉。
「待とうよ」
ポタン、ポタン、冷たいしずくの落ちるトンネル、夕方、鈴の音が
トンネルのひこらの中にひびく巡礼の人だ、白い着物、だまって
ただ鈴をふっている。比較的にゆっくり歩いて来る、お使いの
帰りの子はまずいところで巡礼の人に逢ってしまった。
トンネルを出るまで待とうよひそひそと相談しているところです。
諸国には、それぞれの宗派の巡礼のお寺があるようで地方に
行くとよく色々な姿の巡礼の人を見かけます。
鈴をふる巡礼もあれば、いさましい太鼓を打つ巡礼もいます。
鈴の音は内面に引き込まれる音です。太鼓の音は外向きの
音です。月の高い寒夜にはぼくは山道で太鼓の巡礼の一団に
逢いましたが、なかなか気分の良い感じになったことが
あります。
⇒映画「砂の器」
あるいは、四国のお遍路さんとか。
四国⇒パリ日本人学校、パリインターナショナルスクール
高校同級生 ウラ(森澤)の母方の実家
パリにいた時、同じアパートに住んでいた川原さん
「犬さらいが来た」
市役所か区役所から来る野犬狩の人は幼い頃は何かおそろしい人のように
思えるものです。この頃は、とくに野犬も少なくなったせいかあんまり
みかけません。でも場所によってはかなり野犬の多い地帯もあることを
テレビなどで見かけます。おそらく今の子供もそんな野犬狩の人がコワイに
違いありません。それは大切な飼い犬の子犬がさらわれるという不安と
本能的な犬や動物への愛情がまるで自分がきらわれる気分となるものの
ようです。昔の野犬狩の人は狂犬発生と同時にいっせいにやってきます。
地下足袋、登山帽の下のスルドイ眼つき、陽やけした手に針金の輪を
あやつって恐怖で身動きできなくなった犬をあっさりひっくくります。
それは夕映えの赤茶色の風景に私は結びつく思い出の一つです。
⇒可愛そうな野犬
⇒映画「ねこのガーフィールド」
悪い猫の仕業
「雨宿りの人」
夕立で薄暗くなっているところにイナズマの光が様々の影をつくります。
こんな時はただでさえコワイのに軒下に雨やどりしている知らないよその人が
ジーッと動かないのは益々コワイ感じをつのらせるものです。
もしかすると人さらいかな?とかアルメリアという遠い国の人で
悪い人かな?とか雨がやんでもここから出て行かないかもしれない?
とか、きりもなく不安の連想が子供心を空想にかりたてます。イナズマの
光が青白く、コワイ効果を最高に盛り上げています。
こうした体験はだれにでも幼い日にはもっているようです。
宮沢賢治の「風の又三郎」は転校してきた新入生にもつ共感の
不安とか神秘感から構成された有名な作品です。幼児や子供だけが
もつとてつもない一つの空想力です。
⇒青いイナズマ
⇒尼やと鳥が言った。信じられませんよ。
私は、尼ではありませんよ!!!
私もクリスも良い人です。
「ひそひそ話し」
夜更けの都会の町角、ゆらめくローソクの灯のところ易者さんが
手相を見て、ヒソヒソ話しをしています。いったいどんな運命を
教えているのだろう。
ヒソヒソ話しは、深い波紋のように夜更けのしじまの中に
重く広がってくるようで、子供たちは易者の灯のもとを不思議に
感ずるものです。
この頃は易も電化されて、町のあちこちに電話ボックスの
ようなものができていて、二十円いれると、荘厳な神楽曲がひびいて来て、
ミコのような声の女の人が運勢を語りかけてきます。オートメーション
易断です。
たしかに未来のものがある程度わかるということは有り得るようです。
しかし易など具体的に言葉で云われると、云われた人は言葉の方向に
無意識に動く暗示にかかりやすい本能があるものです。
そんなわけで易者は人を救う希望の方向を語る場合は正しいし、
存在価値が大だと思うのです。
⇒ろう人形館のマダムタッソーですよね!!!
クリスは実在しています。人形であるわけないでしょう。
映画「スマホをおとしただけなのに ファイナルハッキング
ゲーム」
ゲームではないのですよ!!!
「電車もライター」
お父さんがたばこ屋から出てライターで火とつけると、ガードの上の
電車もライターのように火花を出して行った星の夜です。
ゆっくりたばこをふかすお父さんの指にはかたいペンだこが出来ています。
著述業の人らしいです。世の中がまた変なことになって言論の自由が
なくなっては困ると考えておられるようです。
私は今この文で著述業という文字を書いたら、何んだか急に昔のことを
想い出しました。何々業という業という言葉が不思議な古いような感じなのです
何々家という家というのも同じです。「金満家金野成吉の長男を下さい」という
家族合わせというカルタあそびを想い出してしまいました。
しかし古いも、新しいもないかも知れません。「ジンジロゲ、チョイラジイヤ」
という歌は明治か大正の歌ですね。
⇒行ではありませんよ!!!窃盗です。
パワハラです。スパルタです。虐待です。
何も悪いことしてないのですよ。私とクリスは。
「おっと失礼」
ぼくの幼少時代は今のように各家庭に電話はありません。商店には
みんな電話があったようですが、でも、ほんとに小さな店にはなかったし、
公衆電話も今のように沢山あるわけでないので、何となく子供は電話など
さわるものではないと思っていました。
それが今ではもう小学校1年になれば公衆電話を使って家のお母さんと
お話し出来ます。留守番の四歳位の子なら家の電話をちゃんと受けることが
出来るようになっているので、進歩したものだと思います。
ぼくの幼少時代はあのオッパイのようなベルが前に二つ並んでいる
柱がけ式の電話です。ハンドルをチリチリまわして局を呼び出す
「モス、モス」声も、のんびりしていた遠い日の武蔵野の電話。
⇒今も、公衆電話は必要ですよね。
武蔵野⇒宮本武蔵⇒旧宮家ではないのです。
薩摩藩の島津家は、旧華族。
なので、私が日本にすまなければ
ならない法的根拠は、何もないです。
解りましたか?
「流れる景色」
「紙芝居」
⇒違います。東逗子
「霧のミルクも来てた」「リボンについてく蝶」
蝶々夫人でももちろん、ありませんよ!!!
ノルウェーのグループ・アーハの「テイクオンミー」も
無関係ですよ!!!
「黒い服」
黒い服の修道院の人が通る、珍しい姿に幼い子は、一瞬ドキリとして
かくれた方が無難のような気がしたらしい、気をつけろと友達に
ささやいて身をひそめております。黒い服と頭巾というものは昔から
影の部分、明暗だと暗の部に入るのが常です。
私は、晴れ上がったまぶしいような五月晴れの幼い日に静かな
洋風の葬列を見たことがあります。それはあたりの明るさに
何とも調和のとれない違和感をかもし出していて今でも心の底に
焼きついている風景です。
時々、私の家のそばをミッションスクールの女の先生が通る黒い
服装を見て小さな子は、垣根ごしにちょっと固くなって姿が
見えなくなるまでジッと見送っている。何となく神秘的な
不思議な気分になる様子です。
⇒シスターなのは、パリのジャン・ブシャラ家の姉妹
ご近所の滝野さんの姉妹
映画「サウンド・オブ・ミュージック」のような
子供のいる人ではありませんし、亡命もしません。
「お婆さんの空想 子供の空想」
涼しい風が来ると黒い雲が西の空に現れ、ドロドロの雷の音をともなって
います。イナズマが雲と雲の間にライトのように光ります。お婆さんは
鬼が太鼓を打って来るのを空想します。子供の頭の中では鬼もイメージが
変わってビートルズ風の鬼がドラマーになってやってくると空想。
大昔の人は雷を本当に鬼と信じていたもののようです。最近の子供は
電気の発生の原理を説明。化せんでできたシャツの間にパチパチと光る
電気を豆つぶの雷なんだなどと言います。先日デパートで金属の食器に
さわったらビリビリと。足の下を見ると化せんでできたじゅうたんが
敷き詰めてありました。何がドロボーよけかと思ってしまいましたが
原理はそんなところにあったのかと思い驚きました。
化せんの男性用カツラで本当のカミナリ親父ができるとよい…。
⇒小野洋子さん
皆、なぜそこまで怒るのでしょう?
よほど、皆さん不幸なのですね。
私が幸せになったら、いけませんか?
「リモコン」
リモコン操作でロボットを歩かせ、人をおどろかしている坊やの、ちょっぴり
した誇りとスリル。
近頃は色々とメカニックなオモチャが出来て驚くばかり。ラジコンカーや
汽車は大人でもびっくりするものばかり。
子供用オモチャも木製や紙製、次に大正期からブリキ、セルロイド、現在は
プラスチック製が圧倒的に多い。木製のものは時代のへだたりが遠くなりすぎて
今ではかえってそれがモダンな神泉さ、ブリキ製やセルロイド製がアセチレンガスの
明りの夜店や縁日につながる郷愁となり、それらのかすかな名残りを感じさせるものが
趣味の店などに並んでいます。実は僕もブリキのおもちゃ派で大正、
昭和のはじめの輸出用のブリキ玩具に強い郷愁をもちます。スベスベの
プラスチックはピンとこなくなってしまったのも蛍光灯の青より裸電球の
オレンジを懐かしむ年代、本当はもっと古風なのだけど。
⇒ブリキのおもちゃ博物館 北原さん
私の母の妹の北原家、ご近所の北原家他
クリスは、初婚です。子供もいません。
普通の男性です。
「寒い日 早く焼けないかなア」
寒い風がのれんを吹き飛ばす、枯葉が飛ぶ、ほっぺたも手も寒い、
お母さんがマーケットの帰りに今川焼を買って来なさいと言ったので、
買いに寄ったけど、なかなか焼けない、おばあちゃんがわざと
ゆっくり焼いているような気になる、イライラしてくる。
ぼくは絵でタイ焼きとか、ビー玉とか、金魚屋とか、万華鏡とか、
水中花とか、夜店で売っているものをずっとモチーフに描き
続けてきました。
最近は、タイ焼クンのうた、しばらくして水中花という大小説。
ごく最近は若い女の子が万華鏡といううたをうたっている。
よく見るとあのうたをうたっている子は小さい時に僕の家に
遊びに来た子、何しろ塀を乗り越えて入ってくる元気な坊や
みたいな子だったが。
ともかく、夜店風の題のものはあたるよ。「海ほおずき」
とか「べっこう飴」とか「ハッカパイプ」などまだまだ
小説や歌の題はあります。
⇒そうですよ、今ですよ!!!
過去の話でもなければ、歴史の話でもないのです。
江戸が勝つことありませんよ!!!
タイが嫉妬した。
葉山小・中学生同級生関栄恵、
パリ日本人学校、パリインターナショナルスクール高校同級生
上野巌近
中央大学同級生所沢光他
迷惑です。
「かけて」
クリーニング屋さんの軒下でお人形あそびする子、そこが陽だまりになって
いて交通もはげしくなく、いつものあそび場のよう。人形の眼に
「アイロンかけて」とクリーニング屋さんに言っている子です。
クリーニング屋さんからは、モクモクと湯気が出ています。たそがれた
空間の中に湯気のめだつ季節。風にクルクルまわり、ミノ虫はすっかり
冬の仕度をすませて、北風が来ても平気のようです。
自然とはとてもゲンカクな約束をまもるものだと思います。
ミノ虫が家を作ったり、枯葉が風に吹き飛ばされたり、
それは、待ったなしのおきてです。時は一分でもゆうずうをきかし
待ってくれることはありません。秋が深まると、こんな哲学的な
考え?になります。
⇒姪が、クリスが来ると言った。いいえ、来ません!!!
「らせん階段」
皮を切り落とさないで、「切らないで」と子供は良くいいます。つながって
切れてくるらせん状の皮のおもしろさからそう言うのです。
坊やは夏に登った燈台の階段を思い出したのか。テレビに出てくる怪人と
らせん階段を連想したようです。切り落とされたら坊やは怪人に
つかまってしまいます。怪人は、「お前の一番大切なミニカーをよこせ」と
言うに違いありません。
逃げるまでらせん階段を登らなければ助かりません。怪人の足音が
だんだん高くひびき近づいてきます。
と、そんな空想をしている坊やとリンゴの皮の関係。
大人には、きっぱり気がつかない空想や大切なものはどんな小さなつまらない
と考えるようなところにも沢山子供にはあるものです。まったく気の付かない
変なものが子供にとって重大だったりするので、不思議です。心配しなくても
子供はどんなものからでも夢や空想を楽しむ天才なのです。
⇒映画「傷物語 こよみヴァンプ」吸血鬼ではありません。
ただ、不幸を分散するということです。
あの、私とクリスは、考えられない程、不幸ですよ。
連絡も出来ず、会うこともできず。
閉経するまで飼い殺し。卵子凍結もなし。
人としての生活を妨げるとはどういうことですか?
お金も盗み放題。
2007年からずっと、なので、もう、私とクリスに不幸を
分散しないで下さい!!!
何の罪もない私とクリスなのですから。
「ミシンの音」
ミシンを踏む音が汽車の音のリズムになって響き、緑の布地は広い畑となり、
汽車は行けども行けども畑の平野を走ります。お姉さんのミシンを踏むそばで
坊やはそんな空想をしています。
高いところや飛行機から下を見ると、夏の青い畑は絹の布地で緑の
チェック模様。
冬の田などは布地が多少荒い麻の茶色系のチェック模様で渋手の
マフラー地にしたらいいと都会辺、やがて飛行機はぐっと高度に
雲の上に出てしまうと下はモクモクの綿ばかり。
いつかテレビで縫物工場の女の選手がハチマキ姿でミシンの
競争をしているのを見ました。ものすごい早さで服を縫い上げる
様子は機械よりすごい感じでした。早さを誇るのは、立派ですが、
それにあたいする労働時間の短い豊かな待遇の面をテレビで見せて
いただければ素晴らしいのですけれど残念でした。
⇒昔のミシンですね。
競争はしていません!!!
「古い羽根 新しい羽根」
古い羽根が天井のハリの上にホコリをかむってずっと前からのっています。
けれど家の人は誰も知らない、時たまそこを通るネズミだけが知っている
ようです。又今年も羽根やタコを買う暮がきました。おもちを
切る音がバスンというやわらかなひびきで明日の正月を夢見る子の
子守歌のようです。この頃の子は、ボクたちの小さい時ほどお正月という
ものや暮の楽しさを感じるかしら?と思うのです。子供になってみないと
その心は解りませんけれど、まあお年玉をもらう方とあげる方の立場で
は感じ方も違うこととはたしかです。この頃はテレビだのオモチャだの
の素晴らしい発達のため、はなやかなものにめぐまれすぎて正月というものが
薄れた感じもないではないよう。凍てつく暮の夜道を町の玩具ふうにカルタや
コマやタコを買いに行った夜、家々では正月の支度をする音がおそくまで
ひびく暮が想い出されます。
⇒歯ね。私は整形していませんよ。
「町の灯」
釜のススがチチチチチと燃えるのは、いつか行ったおじさんの家から
見た町の灯に似ています。
おじさんは、たばこの吸い殻でももったいないから捨ててはいけないと
おばさんにおこっていた、おばさんは、たばこの吸い殻なんか汚いと
言っていた。だんだん声高にケンカみたいに言い合うので、ボクは悲しくなって
窓から外を見た、町の灯がチカチカと悲しそうに見えた。だいたいボクが
遊びに来て泊まっていえるのも邪魔なのかもしれないと思った。
今夜にでも帰ろうと思ったけど電車賃ももっていない、ボクは
歩いてでも帰ろうと決心した。でもそんな心配はその翌日には
すっかりなくなった。おじさんがボクにグローブを買ってくれたからだ、
あの日の町の灯は今ではなつかしいものとなった。
⇒ですから、クリスは、おかまではありませんよ!!!
いい加減にしてくださいよ!!!
バカの一つ覚え
「お正月の服」
私の小さい時、母は獣医学校の寄宿舎をやっていたので、一年中忙しく、
暮のお正月まぎわになると、カツカツとひびくおろしたての下駄を
はいて暮の町に買い物に出掛けるのです。「お前こっちは高いでのう
こっちの安いのにしておきなさいえ」たいてい安い方の服を買うことに
決まっていました。洋品店にも月賦のデパートにもそうした母子連れが
沢山見られますア。そうして相変わらずお正月の服も買えない子もいるという、
いわばマンネリズムの世の中がずーっと続いているわけで、義損金鍋という
古めかしい物がささいなお金を集めているのです。もっと大はばに豊になる日は
いつのことかと思っています。私も政治家になりたい位で、ひげをはやして
怒鳴る練習をしています。
⇒私は、政治家には興味ないです。
良くそんな嘘をつけるものです。
私は、おかまを好きになったりしませんよ!!!
失礼!!!
「似合う」
ジングルベルの歌が吹き抜ける風に乗って行く暮、今の子、僕は
クリスマスプレゼントの方が印象が強いようです。私達の子供の頃は、
正月を迎える暮の焚き火やもちつきの印象が霜で白い田園の夕もやの中に
あるのです。その田園の小高い丘に西洋館があって、何となくクリスマス
という気分が流れていたようで、垣根越しに見るとロウソクの光や來客が
古い西洋の絵を見るようなシルエットになってセビリア色の光の中に
ほんのり思い出すクリスマスという記憶。
いつかこの家でケーキというものをもらった、それは五歳くらいの記憶
なのではっきりしません。たしか可愛らしい天使人形のデコレーションが
ついていて、それが今でも私のまぼろしの天使というものになっています。
これはロシアケーキという母がいったのを思い出します。
⇒後妻になんてなりませんよ。
クリスは、初婚です。
D会金子一族が勝手に妄想したのですよ。
不倫もしませんよ!!!妙子さんと一緒に
しないで下さい!!!
それで、罰を与え続けたのです。
「迷い子の風船」
風船は、子供の心、迷い子になってデパートの人ごみの中を心配と不安で
あっちに行ったりこっちに行ったり、風船は、子供の心、泣けばしぼんで
行くばかり。
大人にとっては商談のはげしい裏話もきこえてくるデパートも、たまに
来る子供にとっては驚きの場所です。クリスマスだけ来る子も
いるわけだから子供にははかりしれない感動もある、とくに幼時は
その記憶が後まで残る、あの洪水のようなオモチャの山、アルバイトの若い
サンタクロースもなんとなく本当に見えるのです。
暮の夕映えの中に危機感が走り、黒マントの飛び交うような赤々とした
夕映えではある近頃ですが、人々はかならずや灯を発見して夢を開くもの、
人々はかならずや灯を発見して夢を開くもの、それが歴史でした。
ぼくごときものも今回は考えぬきます。そんな暮である今年、
「下手な考え休むに似たり」というカルタがあったかな。
⇒サンタクロースのような年寄り無関係ですよ!!!
「ひなの表情で降りてくる」
エスカレーターに乗っている人はあんまり動かないし、表情も止まっています。
人形のようです。静止した表情、ちょうどおひな様のよう。
日本の人も外人のようにみんな近頃は表情豊かになり良く笑ったり
歌ったりします。テレビのマイクを向けても、はっきりと意見を言う若者、
はずかしがらずにどんどん自分を表現します。
かなりいい年配の方でもテレビで自由自在に歌ったりおどけたりする。
戦後の自由表現は定着して、一時代前の無表情主義でない日本で、あんまり
自分を出しすぎて少々たよりないとも思ったりしますが、ひな人形の
顔もずいぶん昔のものとは変わり自由な表現で、能面のような型も
もうなくなりました。
テレビがケンイでその前でぐにゃりとするとしらた?新しいケンリョク
だろうか?などと又軍隊風の古い考えのぼくが心配するほど、時代は
深刻でもないですね。
⇒男性ではないと言った。嘘ですよ。
人形でもありませんよ!!!
馬鹿馬鹿しい。
「ママ早く行こう」
小さな子は、町に出ても人の足しか見ていない、低いところしか
見られない、せいぜいお母さんのスカートのスソ位が目の届くところです。
だから時々人混みでお母さんのスソをまちがえてしまいます。引っ張って
上を向くとまるで知らないよその人だったりすることがよくあります。この子は
マネキン人形とお母さんと間違えているところです。
大人になっても良く人を間違える時があります。「あの、ほれ、山公会におった
寒原さんじゃな、あんたは」相手の人は冷たい目でずーっと白眼になって
行きます。そういう場面は町で時々見かけます。会場をまちがえて
よその懇親会会場など入ると二十四の瞳の二十四白眼視に合ってしまいます。
⇒映画「マネキン」も無関係ですよ!!!
大迷惑!!!
「早くいこうよ」
プレゼントのオモチャを買ってもらったのはいいけれど、今度は
お父さんのクリスマスとばかり、先刻からもうかなり何本ものビールを
ゆっくりゆっくり飲んでいます。坊やもすっかり待ちくたびれてしまいました。
「早く行こうよ、行こうってば」お父さんの服を引っ張っても、お父さんは
ビールでほーっとごきげんなので、そんな声もあまり耳に入りません。
さて、クリスマスというとデパートやマーケットやオモチャ売り場しか想像
出来なくなってしまい、いったい何の日だっけか?子供に意味を言われて
気がつく位のものになってしまいました。
外国人がやっているクリスマスは本当のようです。何か実感がこもっていて
日本の人の正月のようで楽しそう。ロウソクをつけて
賛美歌を一つ唱ってはみるのですが、すぐに後に赤城の子守歌を唱って
しまい、気分がなかなかでません。ロウソクが教会風に見えたり、
座頭市がイアイヌキで切るロウソクに見えたりします。
⇒NYも無関係ですよ!!!
「町で逢ったサンタクロース」
幼い子はサンタクロースが本当にいるのだと思っています。夜中に
プレゼントをくれのだと信じきっています。絵本やカードで見るサンタクロースを
空想しているわけです。それで町でアルバイトで変装しているサンタクロースを
見ると本物だと思います。しかしどうも様子が身近の人間のようで無気味な
とまどいを感じるのです。非常に不思議なサクソウの心理状態?になって
しまうようです。
お面というのはそういうサクソウの心理を人間に与えて、しばし別次元に心を
さそうもののよう。ぼくが幼い頃にみた秋祭りの神楽のお面も強烈な印象と
なって記憶に残っております。空想や理想のものを現実にした瞬間、
何事でもそのような心になります。月着陸のアポロのTVも、さて、来年は
日本のどこからか石油でも出るかな。
⇒NY日本人学校の星出彰彦宇宙飛行士が同級生というのも事実。
だからといって、宇宙に行きたいというのは、考えて居ませんよ。
あの、Gに耐えられないです。
「暮」
商店街もにぎやかな歳末がきました。一年たつのは夢の内。あちこちの
商店街の町角に福引所が出来ます。ぼくはマッチしかあたったことはない
けど、大当たりの人が出るとチリンチリンと鈴をふります。
子供はしんけんにドキドキしながら福引きを引いています。
最近では毎日のようにテレビで福引みたいなクイズをやっているので、
そう珍しくもなくなりましたが、まだ人家もそんなにない頃の年末は、
やはり華やかな感じがしたものです。そのかわり大人は大変な師走です。
銭がばーっと出るので、「デッセンバー」と十二月は英語で言うのだと
教えられ、今でもおぼえている英語。マッチは、「スルトヒーデル」
すると火が出るというのだと変な大人に教えられ、今だスルトヒーデル
だなどと思っていました。とにかく1980年も終わります。
⇒マッチも無関係ですよ!!!
あるいは、マッチ売りの少女
「ツバメもモーニング」
お嫁さんがとつぐ日、ツバメもモーニングで参加、信濃路で見た風景。
ぼくはお嫁さんを見ると、大正、昭和初期の画家蕗谷虹児氏の歌
「花嫁人形」を思い出します。ちょっとセンチで甘く高踏派、抒情派にも
土着性の強い夢二もいて、モダンの入りまじったものもあるようです。
たしかに夢二は大正の大衆庶民を切りとって来たようで
大正の証言者です。その時代そのもの、時代に密着している人は
歴史にへばりついていて取り去ることは不可能、故人となられた
ばかりの古賀政男氏のメロディーも昭和の大半を証言する大衆庶民に
密着している時代そのもの、否定しようにも存在そのものが時代なので、
どうにもならないすごい人々だと思います。岩田専太郎氏もそういう時代の
証言者として残って行きます。
これらの人々には異常に強烈な大衆庶民の「吐息」がある、その吐息は
時の流れで色々に変化されて勝手に都合よく評家がうまいことを
かぶせて行くものです。とんだ文明論失礼。
⇒映画「タイタニック」無関係ですよ!!!
「教会」
教会でも戦前の方が中世のような重さがあったように思います。
この頃では軽い明るい建築の教会になって来たようです。結婚式なども
教会でやる人がボツボツ多くなってきて時たま垣根ごしに見る風景です。
ぼくなど正直に言うと教会に神さまがいないと思うのです。しかし教会が
あることは人々の祈りの具体的な対象物というが手がかりだと思うので
祈りの本体はそれぞれの人の心の内にあると思うのです。
しかし教会や神仏から時たま不思議な奇蹟を出すことをききます。
それは人々の祈りの集中されたところには、色々なものが蓄積されて
放射しているかとも思うのです。人の祈りのエネルギーの強さという
ものはたいへんな力だと思うからです。
南方や北方でふるさとを思って去って行った兵隊さんの心はやっぱり
その土地にしみ込んでいると思うので、ソ連領墓参などにも意味が
あると思うのです。
⇒住むのは、サンフランシスコ
結婚式は、パリがいいなと思っているだけです。
ロシアの危険なところに行きませんよ。
日本から、シベリア抑留の人達の冥福を祈っています。
それに、だいたい、嶋津の祖母の実弟(島田富重)さんが
亡くなった場所には、碑さえありませんよ!!!
おそらく、雑草でうめつくされていますよ。
きちんと、埋葬されていないのですから。
いつまで経っても変わらない、折角書いた文章をブログや写真を消したり
盗むのは、やめて下さい!!!
保存してくださいよ!!!ドキュメントも無くなっています。
返して!!!
とにかく、皆さんは、事実を受け入れるしかないのです。
島田省三
灯台島眺望景
金山康喜
静物(コーヒーミルのある静物)



















































