9月1日終了サントリー美術館「尾張徳川家の至宝」を

鑑賞しました。

 

 

148 箏 銘 青海波(そう めい せいがいは) 一面 桃山-江戸時代 

17世紀 149 琵琶 銘 松虫 御家名物 一面 室町時代 15-16世紀

参考元 画像Aと同じ

 

胴製の胴に十三本の絃をはった琴を箏と呼ぶ。

 

箏は、唐時代に日本にもたらされた楽器で、琵琶とともに

雅楽の合奏「管弦」にもちいられたほか、独奏曲もあったが

鎌倉時代以降伝承を失った。

 

玉戸には、波に龍文があらわれた鍍金(めっき)の板が

貼られ、金龍頭や龍尾には牡丹と獅子、草花、雲文を

彫った玉石や鼈甲が張り込まれ、随所に細工が施された

華麗な箏。

 

箏は、和歌や手習い(書)とともに女性のたしなみとして

学ばれた。

 

⇒そうですよ。私の姪を私の子供だと誤解したことが

そもそもの始まりでしょう。

それは、すぐ確認すれば済むことで、否定すれば

良いだけだったのにね。

 

おまけに、姉がお金を優先させたということでしょう。

 

 

なので、一番悲惨結果になります。

 

和歌⇒落合家の孫の矢島わかちゃん

私の元SEIKOの同期のたまちゃんの娘と

同じ学年くらいでしょう。

同じ小学校です。

 

 

149琵琶 銘 松虫 御家名物 一面

 

「平家物語」の語りの伴奏として用いる琵琶を

「平家琵琶」と呼ぶ。

 

平家琵琶は、能(猿楽)や幸若舞とともに武家の式楽として

重要視され、法会の際に、演奏されたほか、

琵琶法師の語りを聞くことも好まれた。

 

琵琶⇒D会鈴木登代子さんのような3度の結婚だと

決めつけた。というか、それならば、2回目を阻止する

必要はないのですよ。

3回結婚するとか。何?

 

だったら、姉の娘もそうなるから、50過ぎまで

結婚させないってことになるのよね。

 

人権の侵害、非人道的、人間の尊厳をも

否定した悪行ですよ。

 

それは、異常な考えです。

 

姉は、自分の子や孫が怪我して

反省しても、私にした冷酷非道な

ことを決して口にしない。

 

でも、無理です。

 

それで、信仰してるってよく言えるものです。

 

 

中央大学同級生松崎秀治やパリ日本人学校の

松本陽子他皆が無視しつづけたのです。

 

琵琶法師もまったく無関係ですよ!!!

 

それで「西遊記」にこじつけたのです。

 

150 三味線 一挺 江戸時代 19世紀 

 

三味線は、中国を起源とるす楽器「三弦」が琉球(現・沖縄県)

を経て十六世紀後半に日本にもたらさせた楽器。

 

酒宴や遊興の場では鳴物の主役となり、歌舞伎や

浄瑠璃・文楽の伴奏に用いられた他、尺八や箏などと

ともに演奏される合奏曲も江戸時代に登場。

 

大名家では、箏や胡弓とともに三曲と呼ばれ、

婚礼調度に欠くことのできない楽器に数えられ

大名家に奉公する女性も三味線の素養を持つ者が

歓迎されたという。

 

⇒血のつながりのない親戚米田のおじさんら。

歌舞伎の長唄奏者だったから。

 

 

151 箏・和琴の譜(そう わごんのふ) 三帖 江戸時代 17世紀

 瑩珠院新君(尾張家3代綱誠正室)所用 頁替

 

尾張家三代目綱誠の正室・瑩珠院新君所用

 

雅楽の唐楽曲を収録

 

新君(にいぎみ)は、公家の広幡忠幸と尾張家初代義直の

娘・京姫の間に誕生し、寛文7年(1667)に十四歳で

三代綱誠に嫁ぐ。

 

 

152菊折枝蒔絵碁盤

 

碁⇒NYからの斉木家のおじさん

 

映画「碁盤切り」違いますよ。

 

フランシスコ・ゴヤと言った嘘。

 

 

あるいは、フランシスコ・ザビエル

 

153菊折枝蒔絵双六盤

 

 

154菊折枝蒔絵将棋盤

 

碁盤・将棋盤・双六盤は、「三面」と呼ばれ

婚礼調度に一揃え必ず誂えられた遊戯具。

 

双六盤は、盤双六とおもいい、賽子(さいころ)を

交互に振り出し、その目だけ進める。

 

三面ともに福君の婚礼調度として記録されるが、

葵紋と十二裏菊文が付くので、京都の公家

広幡の家紋とみられ、同家から寛文七年(1667)に

三代綱誠に嫁いだ正室・新君の婚礼調度として

製作された可能性が高い。

 

155葵紋蒔絵碁笥(あおいもんまきえごけ)

 

碁笥は、碁石を入れる容器。

 

尾張家十二代斉荘が初めて名古屋に入る天保十一年(1840)から

同十二年にかけて徳川家康の遺産である駿附御分物の調査が

実施されている。

家康以来の由緒品であると考えられる。

 

⇒後家ではありません。失礼な。

 

 

156堆朱牡丹文碁笥

 

最下層が黄漆とし、朱漆層を塗り重ねた

中に黒漆層を入れ、最上層を朱漆とする。

 

 

⇒後家ひどすぎます。

 

最下層⇒斎(さい)か、そう

あるいは、それほど程度の低い

外国人だと言った。大嘘

 

自分達を基準にするから、

ダメなのですよ。

 

最上層⇒西城秀樹さんのように後家に???

まったく信じられません。

 

157古筆手鑑「霜のふり葉」

 

古筆手鑑はとは、歌集、経巻、消息などの断簡を

貼り込んだ折帖(おりじょう)のこと。

 

元来、筆者の鑑定に供することが主な目的であり、

のちに名筆を鑑賞する目的につくられた。

 

大名屋敷での室札にもちいられたため、大名家で

多く蒐集された。

 

「賢愚経断簡(大聖武)から始まり、計百七十五葉もの

古筆が貼り込まれている。

特に、かなの美の最高峰に位置づけられる「高野台」

第二種の書風と類似する「如意宝集切(にょいほうしゅうぎれ)」

や、現在、五集しか確認されていない「敦忠集切(あつただしゅうぎれ)」

など十一世紀の名筆を含み、「因幡切(いんばぎれ)」や

「胡粉地切(ごうんじぎれ)」などの名物切も多数収録。

 

⇒アニメ「あしたのジョー」降りる。

そうですよ。アニメの話ですからね。

実際、そんな人好きになりませんよ。

 

158 短冊色紙貼交帖「言葉の林」 二帖の内 一帖 江戸時代 

19世紀 徳川斉荘(尾張家12代)所用

 

尾張家十二代斉荘が、交流のあった人々の短冊や

色紙を蒐集し、貼り込んだ。「言葉の林」と名付けられた

二帖からなる手鑑である。

第一帖には会津松平家容敬(かたたか)や宇和島伊達家

八代伊達宗城(むねなり)をはじめとする五十二名、

本展に出陣の第二帖に水戸家九代斉昭、裏千家十一代

精中宗室(玄々斉)や遠州流発生小堀宗中など

四十九名が収録されいている。

 

当時の文芸を介して人脈を考える上で興味深い。

 

⇒私の人脈は、すべて事実ですよ。

 

林さんだけでなく、言葉の壁があると

言ったのでしょうが、そんなことは、

克服できるのです。

 

日本に住むことは、ありませんよ!!!

 

159 新撰朗詠集抄 一巻 後円融天皇筆 南北朝時代 14世紀

 

藤原基俊撰の「 新撰朗詠集抄」から巻下の「眺望」

「王昭君」「祝」に収録されている詩歌各一対が書写されている。

 

下絵には、金銀泥により桜、菖蒲、紫陽花、瞿麦、虫のすだく

秋草の一群、紅葉、波に千鳥など、四季折々の景物が描き

だされる。

巻頭の桜の幹や岩には九条道家による和歌「わがきみの

千世のみかげに 桜花 のどけき風は 枝もならさず」

「続 後撰和歌集」の歌の下の句の一部が、葦手文字(あしでもじ)により

配されている。

 

筆者の後円融天皇は、後光厳天皇の第二皇子として生まれ、

後円融天皇に始まる書流は、勅筆流と称されている。

 

⇒勝負だと言ったのですよね。

私は、何も勝負していませんが…

勝負をしていたのは、クリスたちの方です。

男ですから。

 

葦⇒映画「ユー・ガット・メール」のようなネット上での

出会いだと勘違いした。

 

何度も言いましたよ。

パリインターナショナルスクール高校1年の同級生だって。

イタリア人とドイツ人ハーフ白人、国籍アメリカの

クリスだと。

 

160 新後拾遺和歌集抄(しんごしゅういわかしゅうしょう)

 一巻 良尚法親王筆 江戸時代 17世紀 頁替

 

本品のような公家などの高位な人物の筆跡は

「調度手本」と呼ばれ、公家や大名の子女の書道の

手本として贈答・鑑賞された。

 

筆者は、京都・曼殊院の中興開山として知られる

良尚法親王。

八条宮智仁親王の第二皇子で、のち後水尾天皇の

猶子となり、天台座主となった。

 

⇒米田晋吾ちゃんの周囲 つまり、歌舞伎の人達。

 

山形D会安部稜(あべりょう)ちゃん

 

りょうを坂本龍馬の妻のおりょう(楢崎龍)さんと

こじつけた人たちもいたってことですよ。

 

161六々歌仙画帖(ろくろくかせんがじょう)

 

三十六人の歌仙を柿本人麻呂・紀貫之を筆頭に左右十八人ずつに

分けた歌合の形式がとられ、表に左の十八人、裏に右の十八人の

それぞれの絵姿と和歌が、見開きで対応するよう貼り込まれた

画帖。

 

歌仙の姿の多くは、伝統的な「業兼本」の系統を引く。

 

 

162 新六歌仙画帖 一帖 詞 真敬法親王筆  絵 狩野常信筆 

 江戸時代 17-18世紀 越前松平家伝来 

 

「古今和歌集」の六歌仙に倣い、「新古今和歌集」において

活躍した六人の歌仙の姿と和歌を記す。

 

絵は、深幽の甥・狩野常信、詞は、後水尾天皇の皇子で、

常信に絵を学んだとされる一乗院宮真敬法親王と伝わる。

 

⇒D会落合家の孫のわかちゃん

矢島わかちゃんの祖父母は、私の住む葉山の

向かいの山に住んでいるのですね。

それから、岐阜の多治見に住んでる娘さんの

孫がすずちゃん

 

163 百人一首かるた 附 籬(まがき)に菊蒔絵箱 一組 江戸時代 19世紀 

 

かるたは南蛮人の来航によってもたらされたカード遊びで、

ポルトガル語を語源とする。江戸時代には「ウンスンカルタ」や

「いろはがるた」など多様なかるたが考案された。

なかでも、歌かるたは、歌をそらんじる必要から、上流子女が

教養を身につけるための遊戯具として歓ばれた。

 

その一つの「百人一首かるた」の句を書いた取り手用の札百枚からなる。

 

⇒私の家にも、百人一首がありますが、それだけのことです。

 

 

164 朗詠屛風(ろうえいびょうぶ)  六曲一双 近衛信尹筆 江戸時代 17世紀

 

「和漢朗詠集」「新撰朗詠集」所収の漢詩・和歌および「続後撰和歌集」

所収の藤原俊成の和歌一首を撰んで揮毫した屏風。

 

作者の近衛信尹は、法名を三藐院(さんみゃくいん)といい、本阿弥光悦

松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)とともに、「寛永の三筆」として

その能筆が知られている。

 

この屏風には、荒い奔放なまでのタッチの中に禅僧の墨蹟に似た逸脱した

気分が感じられる。

 

⇒アニメ「タッチ」のような話だと勘違いした。

坂本達、中林裕晴も無関係ですよ!!!

 

165 詩歌屛風(しいかびょうぶ) 六曲一双 松花堂昭乗筆 江戸時代 

17世紀 織田長居献上

 

片隻に、漢時代からの宋時代の漢詞文の撰集「古文真宝」所収の詩六篇を

書き、もう一方には、鎌倉時代初期に編集された「新古今和歌集」の

春、夏、秋、冬、恋の歌二十首が、青蓮院流や大師流の書風で書かれている。

 

筆者の松花堂昭乗は、石清水八幡の社僧で書画を得意とした。

 

本品は、尾張家の道具帳から、江戸時代後期に名古屋城の本丸に保管

されていた屏風のうちの一つで、有楽流茶人であった織田貞幹(さだもと)の

次男で、尾張藩主であった織田長居なる人物により献上された。

 

⇒織田裕二さん、あるいは、織田信長?

どっちも違いますよ。

2011年ドラマ「外交官 黒田康作」見て、外交官がからんでいるのは

明らか。上司である安藤庸介から次の任務として在サンフランシスコ

日本領事館で外務副大臣・観上祥子の警護していたから。

 

 166 耕穫図屛風(こうかくずびょうぶ)  六曲一双 狩野探幽筆 江戸時代 17世

 

春秋の農村の風景を描いた屏風で、右隻に田植えの様子、左隻には

刈り入れ、脱穀など収穫の様子が描き出されている。

 

耕作図の画題は、中国に由来し、布告の源は農にあり、君の徳は、

民の苦労を知ることにあるとする勧戒的な意味合いがこめられいた。

 

作者の狩野探幽は、江戸場クグの御抱絵師。

 

⇒私に息子はいません。

私には、子供はいません。

 

 

167 小朝拝・朔旦冬至図屛風(こちょうはい さくたんとうじずびょうぶ)

  六曲一双 板谷慶舟筆 江戸時代 18世紀 特別公開 国宝 初音の調度 

 

二つの宮中行事を描いた屏風 右隻の小朝拝は、元日に清涼殿(せいりょうでん)

の東庭で、公卿・殿上人が天皇に拝賀する儀式。

参考元

 

 

 

左隻の朔旦冬至は十九年に一度、旧暦十一月朔日に冬至が当たることで

宮中での祝宴が行われた。

左舌の宜陽殿で祝宴が開かれ、諸臣が署名した文書である賀表が右上の

紫宸殿への運ばれる。

 

落款に板谷慶舟(けいしゅう)が、土佐光起(みつおき)の図を倣ったと

記しており、同図様の光起筆「朝儀図屏風」を裏面の「綿花鳥図」に

至るまで忠実に写した。

儀式の次第書は、公卿の日野質矩(すけのり)が担当。

 

慶舟は、幕府奥絵師の住吉広守の弟子で、安永六年

(1777)に住吉家を継いだ。

 

天明元年(1781)に長男の広行に同家を継がせて

板谷家を興じた。

 

⇒私に苦行をさせたという重罪。

 

⇒胡蝶⇒信長の妻濃姫ではありませんよ!!!

誇張もしていません。

 

⇒クリスは、いますよ。

 

 

参考元 

 

 

 

特別公開 国宝 初音の調度

寛永16年(1639)三代将軍徳川家光の長女千代姫(1637~98)が数え3歳で

尾張徳川家二代光友に嫁いだ際の婚礼調度は、「初音の調度」の名で

親しまれています。

『源氏物語』第二十三帖「初音」に題材をとった「初音蒔絵調度」47件、

同じく第二十四帖「胡蝶」に基づく「胡蝶蒔絵調度」10件、その他の

意匠の蒔絵調度や染織品、刀剣など13件の計70件で、平成8年(1996)に

一括して国宝に指定されました。

このうち「初音蒔絵調度」および「胡蝶蒔絵調度」などの蒔絵調度は、

室町時代から江戸時代に至るまで、時の政権に蒔絵師として仕えた

幸阿弥家十代長重(1599~1651)が手がけました。

葦手文字を散らした文学的意匠もさることながら、総体梨子地仕上げで、

高度な技術を要する高蒔絵や研出蒔絵に平蒔絵、切金・付描などさまざまな

蒔絵技法が駆使されており、漆工史上、最高峰の蒔絵技術を示す名品として

高く評価されています。

本展では、この貴重な「初音の調度」の中から、旅眉作箱と将棋盤・駒箱を紹介します。

 

168 ◉ 初音蒔絵旅眉作箱(はつねまきえたびまゆつくりばこ)

 一具 江戸時代 寛永16年 霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用 

 

旅先や眉や額の化粧をするための必要最小限の化粧道具を効率よく

収納した携帯用の箱。

 

懸子が附属し、底を二重にして、下段に硯・銀製鶴形水滴・筆・錐・小刀などの

文房具を入れた引き出しを設けている。

 

鏡建は、細い材で作られた枠が巧に組み合わされ、畳んで箱の中に

収納することができる。このほか鏡を入れるたの鏡巣、白粉入、黛入二合

白粉を溶くための梅花形の化粧水入や整髪油入れる油桶が附属する。

鏡に「天下一杉本豊後守(花押)の銘がある。

 

最高の地位を誇った職人の製作と思われる。

 

⇒旅した時も、何もありませんよ!!!

 

私は、そんな簡単に他人と打ち解けたりしません。

 

二合⇒愛人ではありませんよ!!!失礼な。

 

参考元 画像Bと同じ

 

参考元 画像Aと同じ

 

 

 

169初音蒔絵旅櫛箱(はつねまきえたびくしばこ)

 

旅先や眉や額の化粧をするための必要最小限の化粧道具を効率よく
収納した携帯用の箱。

 

「掛川定勝作」とあるが経歴未詳

 

銀魚々子(ななこ)地に葵紋

 

精緻な技巧が施されている。

 

⇒NYからの斉木知基君のお嫁さんのななこさん

あるいは、ドラマ「利家とまつ」の松嶋菜々子さん

パリ日本人学校の同級生前尚人、松本陽子

 

My classmate from Japanese school in Paris

his name is Naohito Mae.

Mae is his family name.

And his nickname is Mae sensei even thougt

he wasnot a teacher.

 

 

170 ◉ 胡蝶蒔絵将棋盤・駒箱 一揃 江戸時代 寛永16年 

霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用

 

初音の調度のうち、遊戯具は将棋盤と碁盤の二面のみが

現存する。

 

将棋盤は、現在の将棋と同じ。

 

将棋盤の四側面には、六条院の広やかな春の池苑が

パノラマのように連続して精緻な蒔絵で表される。

 

⇒いとこの野邑家とNYからの斉木家が

20歳年上だと思い込んだ。

どこから、その発想がきたのか

まるで理解できません。

 

どうして、確かめないのですか?

私に。

 

 

171胡蝶蒔絵掛硯箱

 

掛硯箱は、掛硯とも呼ばれ、二種の形式がある。

一つは、外箱の懸子(掛子とも)を設けて上段に

硯や筆、水滴を入れる。

 

もう一つは、本品のような携帯用の箪笥形式。

 

⇒誇張していませんし、冗談でもありませんよ!!!

行きますよ。サンフランシスコへ

 

 

特別公開 国宝 源氏物語絵巻

11世紀初頭に紫式部が著した『源氏物語』を絵画化した現存最古の作例で、

12世紀前半、院政期の宮廷を中心に製作されたとみられます。数多く描かれた

源氏絵のなかでも、物語への深い理解と共感に基づき、平安貴族の生活様式や

美意識をよく伝えており、ひときわ高い格調と説得力をもって、観る者を魅了します。

絵は、「作り絵」という技法や「引目鉤鼻」と呼ばれる人物の顔の表現などを

用いた繊細緻密な描写で、華麗な彩色を施しています。

屋根や天井を取り払って俯瞰的に描く「吹抜屋台」の手法を巧みに取り入れた

画面構成をとり、物語の世界観や登場人物の心理の動きまで、

見事に描き出しています。
詞書は抄出文ながら、別本系に属し、現存最古の本文として貴重です。

詞書は、紫や蘇芳などの暈かし染め、金銀の砂子や大小の切箔・裂箔・野毛を

撒いた華麗な料紙を一紙ごとに継いでいます。

書は、伝統的な連綿体の上代様の書風に加え、新様の法性寺流をはじめ、新旧を

交えた5種(展示は3種)の書風でしたためられています。絵と書、料紙装飾が

一体となった絵巻は、爛熟した院政期の美意識を余すところなく凝縮した

美の結晶ともいえるでしょう。

尾張徳川家に伝来した絵巻は、昭和7年(1932)に巻子装を解き、額面装に

改装されましたが、平成28年(2016)から5年にわたる修復において、

保存の観点から絵の段ごとに15巻の巻子装に戻されました。

本展では、徳川美術館が所蔵する国宝「源氏物語絵巻」から特に4場面を

選りすぐり、会期中順次展示替えをしながらご覧いただく貴重な機会となります。

 

 特別公開 国宝 源氏物語絵巻 

172 ◉ 源氏物語絵巻 柏木(三) 一巻 平安時代 12世紀 

 

参考元

https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2024_3/display.html

 

女三の宮と亡き柏木の不義の子・薫は、健やかに育ち、

五十日の祝いを迎えた。祝いの膳が用意され、家柄、

器量ともに優れた乳母や女房たちが華やかな装いで

居並ぶ。

その盛大な儀式の席で、光源氏は、我が子ならぬ薫を

抱き上げる。

柏木に似た気品を幼子の面差しに見いだし、世間に

明かすことのできない形見を残してこの世を去って

しまった柏木を不憫に思う。若き日に藤壺中宮と犯した

過ちの因縁におののき、女三の宮の心痛、薫のこれからの

運命など、心によぎる苦く複雑な思いで和歌にして

女三の宮に詠みかける。

「誰が世にか 種は捲きしと 人間はば

いかが岩根の 松はこたへむ(源氏)」

 

⇒元アメリカ大使藤崎一郎さんの妻の父で

大蔵官僚だった柏木雄介さん

あるいは、中央大学先輩の柏木さん

 

大蔵官僚の夫を持つパリ日本人学校の

同級生藤城智子さん(市川)

 

参考元

 

 

 

173 ◉ 源氏物語絵巻 横笛 一巻 平安時代 12世紀 

 

柏木の死から一年が過ぎたある秋の夕暮れ、柏木の妻

落葉の宮を見舞った夕霧は、柏木遺愛の横笛を贈られた。

その夜、自邸に帰った夕霧が横笛を試しにふくと、柏木が

夢に現れる。その気配に怯えたのか赤児が激しく泣いたため、

乳母と夕霧の妻・雲居雁が目を覚まし、物の怪を退散させる

ために散米がおこなわれる。雲居雁は、髪を耳挟みして、

赤児に乳を含ませ、夫・夕霧が夜歩きをしたから物怪(もののけ)が

入ってきたのだと恨み言を言う。

 

⇒赤字でしょうね。

 

174源氏物語絵巻 竹河

 

光源氏はすでに亡く、物語は、成長した薫や匂宮の世代に

移って展開。

 

正月の暮れ方、玉鬘の邸を訪れた薫の姿は、若く優美で、

ほかの若い貴公子たちよりも際立っていた。

念誦堂にいた玉鬘に招かれ、薫は東の階段から上がり、

戸口の御簾の前に坐る。庭先の梅の若木は、蕾みも固く、

鶯の初声もたどたどしい。色めいた一言をかけたくなるような

薫の言葉少なで落ち着いている。女房の中将の君

(宰相の君とも)が和歌を詠みかけると、薫は見事に

詠み返し、女房たちが華やかに囃し立てる。

「折りて見ばいと匂いもまさるやと すこし色めけ

梅の初花(中将の君)

よそにみて もぎ木なりとや さだむらむ

したに匂える 花のしづくを(薫)」

 

⇒中傷しましたよね。散々。奥さんたち。

 

何も悪いことしてないのですよ。私とクリスは。

 

庭先⇒朝香宮家でも、東伏見宮でもありません。

 

薫⇒SEIKO元先輩の山崎薫さん

あるいは、D会影田薫さん

 

175 ◉ 源氏物語絵巻 橋姫 一巻 平安時代 12世紀 

参考元 172と同じ

 

 

「橋姫」から「夢浮橋」までの十帖は、「宇治十帖」と呼ばれ、

宇治を舞台に薫と匂宮、宇治の八の宮の娘である大君・中の君、

その異母妹の浮舟との恋模様が繰り広げられる。

 

晩秋、薫が宇治を訪れると八の宮は不在だったが、月の

風情が美しく霧の立ちこめるなか、箏の琴と琵琶を

合奏する美しい姫君姉妹の姿を垣間見る。

雲間から急に現れた月に、琵琶の撥を手に月を

仰ぐ中の君の顔はつややかでかわいらしい。

琴の上に前かがみになり、にっこりと笑う

大君の様子は落ち着いていて気品がある。

 

⇒そうですね。姫が橋です。橋渡しをしているのは、

姫です。

私の家族、両親、姉、私、姉の家族、皆血の繋がった家族ですよ。

親が違うとかありませんよ!!!

 

176源氏物語絵巻 早蕨(さわらび)

 

父の八の宮に続いて姉の大君を失った宇治の中の君は

悲しみのうちに春を迎えた。二月、匂宮に迎えられ、

中の君は二条院へ移ることになった。

中の君が京へと移る前日、女房たちは転居に心躍らせ、

上京のための新しい縫物や反物の整理に余念がない。

弁の尼は、その日の朝に来訪した薫の気持ちや言葉を

中の君に伝え、涙にくれる。中の君は宇治にとどまる

弁の尼と別れを惜しみ、和歌を交わす。

「人はみな 急ぎたつめる 袖のうちに

ひとり藻塩を 垂るるあまかな(弁の尼)

しほ垂るる あまの衣に おとらめや

浮きたる波に ぬるるわが袖(中の君)

 

⇒ですから、私は、尼ではないのです!!!

閉経するまで飼い殺し、卵子を凍結もしていませんので、

大変なことをしてくれたものです。

 

私は、クリスとの子供を諦めません。

 

177 ◉ 源氏物語絵巻 宿木(二) 一巻 平安時代 12世紀

 

匂宮は、母・明石の中宮からの勧めで、気が進まないまま、

夕霧の娘・六の君と結婚することになった。

三日目の婚儀も過ぎ、昼の明るさのなかで匂宮は

はじめて六の君の姿を見る。六の君は背格好・髪かたち・

肌つやもよく、気高い顔立ちで、非の打ち所がない。

今が盛りの花とみえ、受け答えも利発で、すべてに

優れた六の君に匂宮は魅せられていく。

傍らには、若く美しい女房たちや女童、いずれも

選りすぐりの者たちが、通常の正装では匂宮が珍しくは

思わないだろうと、常識を上回るほどの趣向を凝らした

装束で居並んでいる。

 

⇒SEIKO元先輩の明石宏幸さん、あるいは、

元慶應義塾大学法学部助教授明石欽司先生

 

参考元 画像Bと同じ

 

良かったら、動画もご覧下さい。

 

 

 

私が結婚するのは、パリのインターナショナルスクール高校1年の

同級生イタリア人とドイツ人ハーフ白人、アメリカ国籍の

クリスなのですよ!!!

ずっと独身。子供もいません。おかまではありません。

 

分かりましたか?

 

皆さんが恐るべきは、自分達が内緒にし続けてきた犯した罪の

報いですよ。

 

姉は、嶋津でありながら、嶋津をないがしろにした分、

大変報いを受けますよ。

 

私がこれだけ苦しんできた生き地獄を体験することになるでしょう。

 

そして、何より、D会齋藤幸範会長ら金子一族他も

その状況に陥ります。

 

冷たくして、親切にしなかったこと、それが仇となるのです。

 

勘違いしているでしょう。

 

示談にしないという

ことです。

 

姉や父の言うことは、信じないように。

 

無罪には、ならないのですよ。