9月1日終了サントリー美術館「尾張徳川家の至宝」を
鑑賞しました。
画像C
参考元 下記
香
106 香木 手鑑香(てかがみこう) 銘 蘭奢待(らんじゃたい) 十種名香の内 一材
源頼政・太田道灌・東福門院和子ほか所用
正倉院に伝来。
「東大寺」と別称される。
足利義政、織田信長らの権力者たちが、勅封の正倉院より入手。
源頼政所持⇒室町時代太田道灌⇒越前松平家の家臣・松平十蔵の
手を経て徳川将軍に献上されている。
後に香道志野流七世豊光から尾張家に献上された一材であることが
記されている。
蘭奢待⇒蘭じゃタイあるいは、映画「乱」違います。
参考元
参考元 画像Cと同じ
111 香木 伽羅(きゃら) 銘 大伽羅 一材
和歌に秀で、茶の湯を好んだことで知られる後西天皇により
「大伽羅」の勅命
⇒後妻ではありませんよ!!!
112 香木 羅国(らこく) 仮銘 初春 一材 蜂谷宗由仮銘
江戸時代家康遺品として「御清御長持」に納入されていた。
香道志野流十九世蜂谷宗由により、「初春」と仮銘
⇒D会蜂谷さん
113 香木 真那賀(まなか) 銘 一声 一材 徳川光友(尾張家2代)命銘
「一こゑとは、名はことことしく きこゆれど にほひはさせる
ことなきこと思」
香木の命銘は、天皇を中心とする公家文化において盛んとなり、
次第に大名の間でも行われるようになった。
最高峰であり、天皇、上皇の命銘である「勅命香」
近世初代 後陽成天皇、後水尾天皇、明正天皇、後西天皇、
霊元天皇、東山天皇、中御門天皇、後桜町天皇に至るまで。
⇒芦田愛菜さん
114 青磁香炉 銘 千鳥 大名物 一口 南宋時代 13世紀 徳川家康・徳川義直(尾張家初代)所用
参考元 画像Aと同じ
石川五右衛門が、伏見城の秀吉の寝室に忍び込んだ時、本品の蓋の
千鳥がないたため捕えられたという話は、寛政9年(1797)から刊行された
「絵本太閤記」七編巻三による浮説
「堆朱唐花雉文香炉台」附属
⇒京都の伏見では、ないのですよ。
私が現在住んでいるところの団地が、東伏見宮家別邸の近辺で
東伏見地区という名前だというだけです。
旧宮家ではないのです。
115 金紫銅鴛鴦香炉(きんしどうおしどりこうろ)
一口 明時代 15-16世紀
獅子、鴨、おしどりの香炉
おしどりの雄
⇒禁止された。
116 秋の野蒔絵十種香箱 一具 江戸時代 18世紀 智岳院邦姫(尾張家8代宗勝4女)所用
金粉を撒いた梨子地、蒔絵に加え、銀鋲や金貝・切金などの技法を用いて
桔梗・女郎花(おみなえし)・野菊・萩などの秋草
尾張家八代宗勝の五女、明和2年(1765年)に広島 浅野家八代重晟(しげあきら)に
輿入れした智岳院邦姫の婚礼調度品。
⇒映画「野菊の墓」松田聖子主演 無関係ですよ!!!
117 菊折枝蒔絵四種盤 一面 江戸時代 19世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
参考元
香木の香りを賞翫するだけでなく、和歌や物語にちなんだ主題を設定し、
数種の香木を数回にわたり聞き分け、勝敗を競う遊戯性の高い組香が発展。
四種盤は、盤を用いる組香のうち、源平香、競馬香、名所香、
矢数香の四種の組香に必要な道具を一つの箱にまとめている。
源平香は、紅白の旗、矢数香は、矢、名所香は、名所の吉野と龍田にちなみ
桜と紅葉の造花を盤に立てる。
競馬香は、薄板2枚を並べた盤上で駒を進める。
⇒私は、このようなゲームをしているのでは、ありませんよ!!!
D会、故筒井夕起子さんの甥である斎(さい)家がゲームだと
言ったのですか???
違いますよ。
心底困っているのですから。
118 菊折枝蒔絵薫物壺・台 一式 江戸時代 19世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
薫物いれる容器。亀甲形に編んだ紅網に包み、猫脚付きの六角の台にのせている。
伽羅、白檀、丁度など香木や香料を粉末にして蜜などと練り固めた。
香木は、奈良時代仏教とともに伝来。平安時代に貴族たちの間で
香木を粉末にして薫物を調合することで広まった。
江戸時代の大名婚礼調度では、実用の道具ではなく、
厨子棚(ずしだな)を飾る定型化した道具の一つ。
⇒逗子だな。
119 菊折枝蒔絵廻り香炉 一基 江戸時代 19世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
蓋と身を上下に合わせて球形とした銀製の香炉、三方に広がる蒔絵の台に載せて
緋の紐で結び留められている。
毬香炉、香嚢ともよばれる。
携帯のため、鎖でつるしたり、香りを室内にくゆらせる空薫(そらだき)や
衣服に香炉を小型化した袖香炉が制作された。
大名婚礼調度品として唯一現存作例。
婚礼調度と言えば、実家から持参する印象が強いが、江戸時代には、
嫁ぎ先で「待請道具」が用意されることがあった。
豪華な梨子地の婚礼調度品は、将軍家、御三家、御三卿の正室だけに
許されていたという。
⇒大誤算でしょう。皆さん。あまりにも、私の話を無視し続けた結果ですよ。
120 菊折枝蒔絵香簞笥 一基 江戸時代 17世紀
携帯式の箪笥で、三段の引き出しがあり、香木や香道具を収める。
近衛家から嫁した九代宗睦の正室好君(たかぎみ)のものより
さらに古いもの。
好君の調度品は、再利用されたという。
121 菊折枝蒔絵沈割具(きくおりえだまきえじんわりぐ)
一式 江戸時代 18世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
香木細かく切る道具、鋸(のこぎり)・鉈(なた)・槌(つち)・簑(みの)
四種
122 菊折枝蒔絵沈割盤 (きくおりえだまきえじんわりばん)
一面 江戸時代 18世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
切断の際、下に置く、八角の台
沈香(じんこう)、伽羅、白檀の香木
⇒発覚。20年上の画家だと思い込んだ。
どこからその発想がきたのですかね???
ただ、久保角太郎の実の兄の小谷安吉が20歳も
若い女性(飯田キミ)と再婚したというだけです。
小谷安吉の長男が私の父の実の父だからって。
全然分かりませんよ。そんなこと
冗談じゃありません。
123 菊折枝蒔絵匂箱 一合 江戸時代 19世紀 俊恭院福君(尾張家11代斉温継室)所用
匂箱(においはこ)は、「香箱」「香具箱」とよばれる。
内容品は、香盆に阿子陀形火取香炉(あこだがたひとりこうろ)
香木を入れる三重香合、内側に銀の薄板が貼られた炷空入れ(たきがら)
香木や灰、炭を扱うための銀製銀葉鋏、銀灰押、銀香箸、道具を
引き上げるための引き上げげ台からなつ。
家紋葵紋
⇒パリ日本人学校の同級生佐藤敏知(ヴィンチ)の双子の姉
佐藤亜子さんだ!
そうでしょうね。無視がはじまり、誹謗中傷
124 四季花鳥蒔絵香簞笥 一基 江戸時代 17-18世紀
天板に梅と鴛鴦、側面には、雀に秋草、柳に鷺
水辺の四季の草花や鳥
⇒SEIKOの元課長が島崎藤村の孫だったことで
こじつけたのですよね。
何もありませんよ。
詐欺だと言った?
125 ◎ 銀檜垣に梅図香盆飾り 一具 江戸時代 17世紀
霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用
三重香合、三足香炉、阿子陀形火取香炉 一色
魚々子(ななこ)地、石目(いしめ)地など。
千代姫でもありませんよ!!!
見栄も張っていません。
126 堆朱水月図香合 一合 明時代 15世紀
蓋表には、うねる波、その置くに広がる海原
側面には、雷文繋ぎが表わされている。
⇒激怒した。
127紅花緑葉牡丹文香合(こうかりょくようぼたんもんこうごう)
茶道具として床の間に飾られ珍重された。
128秋野蒔絵香合
秋野を表わした香合
甲盛・印籠蓋造で、錫縁を伴う。
蓋表 流水に沿って土坡と岩、萩、芒、女郎花、藤袴と
四羽の鳥。
化粧道具などを収めるため。
お歯黒で用いる五倍粉(ふしこ)を入れるための小箱の
可能性。
129 片輪車文螺鈿蒔絵香合 一合 江戸時代 17世紀
黒漆塗に、金粉を蒔き、金平蒔絵で波を、螺鈿で
片輪車を表わした。
蓋裏・身の見込及び底には巴文(とももん)が描かれている。
⇒友の門
130 染付拍子木香合 一合 明時代 16-17世紀 徳川斉荘(尾張家12代)所持
蓋に「清風明月」の文字と開き扇、側面には、鋭角的に尖った網干風の
三角形が描かれている。
形物香合番付には、合計二百五十種の香合が掲載され、本品は、
「西 二段目 九位」に位置づけられる。
尾張家十二代斉荘と裏千家十一代精中宗室(玄々斎げんげんさい)の
箱書
⇒斉荘(D会故筒井夕起子さんの実家斉家(さい、そう)
精中宗室(せいちゅうそうしつ)
私は、斉さんには、会ったこともありませんが…
131 呉州赤絵扇形香合 一合 明時代 17世紀 伝 千宗旦・徳川光友(尾張家2代)所持
茶人の間で珍重された。
扇を象り、白い素地に扇の図柄として草花と蝶、側面には、
吉祥文が繊細な筆で描かれており、清楚な趣がある。
尾張家の道具帳には、千家三代の元伯宗旦が所持し、
尾張家二代光友の道具であった旨が記録されている。
⇒霊友会に戻るなんてありません。
132 志野菊兜香合 一合 江戸時代 17世紀
織部菊兜とほぼ同形
甲盛の蓋には、十一弁の菊花文が、身の立ち上がり部分の
周囲には、二十五の班点が鉄絵で描かれている。
133 金彩鯱香合(きんさいしゃちこうごう)
一合 樂旦入(樂家10代)作 江戸時代 19世紀 徳川斉荘(尾張家12代)所持
尾張家十二代斉荘が楽家十代旦入(たんにゅう)に五十個焼かせた
香合の一つ。
数は、名古屋城の天守が五層(五重)からなることによるとも
いわれる。
斉荘は、金鯱を冠した名古屋城を有する尾張家の当主となった
ことを誇りとして、自らを「金城主人」と名乗った。
⇒金城武さんだと言った斉家???
参考元 画像Bと同じ
参考元 画像Aと同じ
第3章 求美
武具をはじめとする公的な「表道具」に対して、大名自身やその家族が
「奥」とよばれる私的な生活の場で使用した道具、また教養を高め、
趣味や遊びに用いた道具は「奥道具」と言われます。
大名自身をはじめ武家の者は、和歌を詠み、絵・音楽や文学に
親しむことを一つの価値観・人生観とし、数多くの作品や道具類が
大名家に所蔵されました。
書では、歴代天皇の宸翰、著名な歌人や文人、あるいは歴代藩主の筆跡などが、
儀礼の空間に飾られ、贈答品としても用いられました。
絵画も同じく、古今東西の名画が鑑賞のみならず儀礼空間の荘厳や贈答に
用いられました。
第3章では、武家女性の華やかな小袖、箏の琴・琵琶などの楽器類、囲碁や
将棋などの遊戯具、そして書や絵画など、尾張徳川家の由緒ある奥道具を
中心に。
134 白綸子地鼓に藤・杜若文打掛 一領 江戸時代 19世紀 貞徳院矩姫(尾張家14代慶勝正室)着用
参考元 画像Aと同じ
藤棚の模様を織り出した白の綸子地に、鼓革、藤、杜若、所どころで
渦を巻く流水文を全体に散らすように、金糸や色糸で縫い表わした打掛。
武家女性の小袖の意匠には、大きく分けて二つの様式がある。
一つが打掛や135のように、四季の草花に有職模様や幾何学的文様を
交互に散らす様式。
もう一つの御所解(ごしょどき)と呼ばれる風景模様(136,137)に
対し、より高い格式をもつ。
裾が長く、間着の上から羽織って着用される打掛は、歩く時に
褄や裾を手で引き上げるため、公家風に掻取(かいとり)ともいう。
綸子の打掛は、大名家では、旧暦9月9日から3月末までの
冬の節供や式日などの午前中に着用された。
⇒9月9日生まれは、パリ日本人学校、パリインターナショナルスクール
高校同級生森澤久美子(三浦・ウラ)
135紅絹縮地立涌花束文単衣(振袖)一領
紀伊家旧蔵と伝わり、武家女性の正装に特有の模様を
表わした振袖の単衣。
紅の絹縮地に、牡丹、藤、菊の花束と有職文様を交互に
配し、刺繍と摺匹田(すりびった・型鹿子)で表わす。
武家では初夏から盛夏にかけて着用された。
現代では、未婚のきものとされる振袖だが、
江戸時代の将軍家や大名家では、婚礼後、懐妊して
袖留の儀を行うまでか、21、22歳まで着用を
許された。
⇒私に子供はいませんよ!!!
D会絹さん
振袖を購入したのは、逗子にあった着物店
近江屋さん、その息子さんのくのうさんが
SEIKOで働いており、同じ部署になったのです。
父方の血のつながりのない親戚
米田の次女石渡明代おばちゃん
振袖着付けは、父方の血のつながりのない親戚
府中家の野坂孝子さん
136中色縮緬地御所解文小袖 一領
中色と呼ばれる水色の色縮地に、上身は、桜花と
松につきと殿舎、御所事、腰下には、咲き競う
秋草の中に黒木の鳥居に見立てた柴折戸を表し、
春秋を取り揃えた優美な意匠の小袖である。
「源氏物語の意匠、上身は、「花宴」
「賢木(さかき)」の情景を表わす。
「花宴」は、紫宸殿での桜花の宴の後、光源氏が弘徽殿で
朧月夜と出逢う場面、光源氏が野宮(ののみや)にこもる
六条御息所を訪れ、変わらぬ愛を誓う場面。
四季の草花や水辺などを表した風景模様の中に古典文学や
謡曲に題材を得たモチーフを置く意匠構成は、「御所解文」と
よばれ、134、135に次ぐ、格式を持つ武家女性に典型的な
小袖模様である。
この小袖は綿入れのない裏地のみの袷仕立てで、袷は、冬、夏の
中間、四月一日から五月四日までと九月一日から八日までの
着用が定められている。
⇒「源氏物語」が好きだったのは、パリ日本人学校、
パリインターナショナルスクール高校同級生
惣田さん
137 水色麻地御所解文帷子(振袖) 一領 江戸時代 19世紀 紀伊家伝来
株式会社 大丸松坂屋百貨店寄贈 松坂屋コレクション
参考元
薄い水色の麻地に、武家女性の小袖特有の御所解文を白上げと刺繍で
あしらった振袖の帷子。
帷子は、麻布で単に仕立てた夏の衣裳。
上身は、松に桜、ぎんなん、網干が点在し、雪が積もる中に、
簑(みの)、笠、茅屋(ぼうおく)を配して、謡曲「通小町」を、
腰下には秋草を縫うように水が流れ、柴折戸と御所車を置き、
「源氏物語」「賢木」を暗示させる。
「通小町」は、百夜通えば思いを受け入れるという小野小町の
言葉を信じ、簑笠姿で九十九夜通って雪の中で凍死した
深草少将の伝説に基づく謡曲。
「賢木」は、136と同様、源氏物語の光源氏が野宮の
六条御息所を訪ね、変わらぬ愛を誓う場面を示すが、
上身が謡曲であることから、「賢木」に取材した
謡曲「野宮」とも解釈できる。
138 松橘蒔絵貝桶・合貝 一式 江戸時代 安永9年 聖聡院従姫(尾張家9代宗睦嫡子治行正室)所用
参考元
安永九年(1780)に紀伊家から嫁ぎ、尾張家九代宗睦の嫡子・治行の
正室となった従姫の婚礼調度の一つ。
従姫の婚礼調度は、常緑の松とたわわに実をつけた橘の立木模様という
吉祥性にあふれた意匠で統一される。
貝桶は、貝合せ(貝覆いとも)の遊びに使われる合貝を収める
一対の八角形の桶。
合貝は、蛤の貝殻が用いられ、三百六十個で一揃い。
二枚貝の蛤は、対となる貝片同士しか合わないため貞節や
夫婦和合の象徴とされ、貝桶は婚礼調度の筆頭道具とされ、
大名家の婚礼では、行列の先頭に運ばれ、家老や重臣が婚家に
貝桶を渡す「貝桶渡しの儀」が行われた。
貝合せでは、貝を伏せて外側の地模様で判断し、対となる
貝片を当てる。内側は、一対の貝で同じ図柄とし、金地に
極彩色で花鳥や源氏絵が描かれる。
⇒米軍のベースに住むなんてことありませんよ!!!
139 松竹蒔絵櫛台 一基 江戸時代 18世紀
139~141は、梨子地に葵紋、松と竹の立木模様を
蒔絵であしらい、銀製の金具をつけた豪華な仕立ての
調度である。
風雪や極寒に耐えて緑を保つ松と竹は、長寿や吉祥の
シンボル、婚礼調度にふさわしい。
櫛台は、盆状の天板がつき、化粧道具を収める数段の
引出しがつく形式。
整髪用の道具に加え、白粉、お歯黒、紅という白・黒・赤を
基調とした江戸時代の化粧に必要な諸道具一式が収められている。
内容品はミツ櫛、櫛払い、油桶(整髪用の油入れ)、鬢水入れの
整髪道具、紅や白粉などいれる化粧香合、剃刀箱、歯黒染め用の
附子箱(ふしばこ)、金漿筆(かねふで)、眉化粧用の象牙や
篦。
筆⇒D会15日 やっぱりお金が目的だったのですよね。
140 松竹蒔絵耳盥・輪台(まつたけまきえみみだらい わだい)
一具 江戸時代 18世紀
⇒話題になってますでしょう。
141 松竹蒔絵渡金箱 一合 江戸時代 18世紀
歯黒染めの化粧道具
大名家では成人の印として未婚・既婚にかかわらず、
十三歳頃に行われる「鉄漿始(かねはじめ)」の儀を経て、
歯を黒く染めた。
耳漿の上に金銅製の渡金を渡し、その上に加熱した鉄漿と
呼ばれる歯黒汁を入れた歯黒次と潼子(じょうず)を置く。
潼子に鉄漿を注ぎ、附子粉(ふしのこ・五倍子ふしとも)と
交互に鉄漿筆で歯につけて黒く染める。
⇒そうですよ。お金がほしかったことが動機で
そこから始まったのですよ。
私がクリスに連絡をしたのは。
お金目当てではありませんよ!!!
142 ◎ 純金葵紋蜀江文皿 (じゅんきんあおいもんしょっこうもんさら)
一枚 江戸時代 寛永16年 霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用
⇒千代姫でもありませんよ!!!
参考元 画像Cと同じ
⇒金を買ったのでしょう。
143 ◎ 純金葵紋牡丹唐草文盃(じゅんきんあおいもんぼたんからくさもんさかずき)
一口 江戸時代 寛永16年 霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用
皿は、金無垢で、高台は、付け高台とし、接合のための鋲六本が
見込に確認できる。見込は、七宝繋の帯で内外を区画し、見込内部には、
蜀江文繁、外周には、牡丹唐草文を付し、それぞれに葵紋を置く。
高台外周には、七宝繁文を表わす。
盃は、木胎を芯に金の薄版を貼り合わせた構造。
見込に鉄線唐草、外側には牡丹唐草に葵紋を表し、
口縁近くに七宝唐草繁の帯、高台脇に如意頭文(にょいとう)を
巡らす。高台外周には、菱文繁を巡らし、高台内に牡丹唐草を
一つ置く。
⇒葉山小・中学生同級生田口節ではありません。
144純金葵紋蜀江文薬鍋(じゅんきんあおいもんしょっこうくすりなべ)
⇒製薬会社に務めている米田の孫の石渡淳子ちゃんが
私が、おかまを好きだと言った。
私は、おかまを好きになりませんよ。
クリスは、普通の男性です。
145純金葵紋蜀江文薬茶碗(じゅんきんあおいもんしょっこうくすりちゃわん)
薬鍋は、「鍋」の名がつくが、江戸時代に薬を煎じるために主に
用いられた薬鍋ではなく、古様の薬罐(やかん)の形態をとり
円筒形に注口(つぎぐち)、可動の釣手、蓋がつく。
注口には、上辺に蝶番としたはね蓋がつく。
薬茶碗は、木胎を芯に金の薄板を貼り合わせた構造で
蓋がつく。蓋・胴ともに蜀江文繁地に葵紋を表し、
胴の口縁近くに雷紋繁、腰から下には七宝繁、
丸紋繁、蓮弁状の帯を巡らし、幾何学文様で
埋め尽くされている。
⇒雷⇒激怒した。くだらない嘘なのに。
146井筒蒔絵硯箱
「筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな
妹見ざるまに」の和歌でしられる、幼なじみの恋を主題とした
「伊勢物語」第二十三段「筒井筒」を蒔絵で表す。
絵巻では、井戸のところで遊ぶ子供と、背後に大人になった
男女を同一の場面で表すが、蓋表の殿舎に描かれているはずの
女の姿は、御簾で消され、蓋裏にだけ男の姿だけ残す。
⇒井筒監督、D会筒井家が、子供の頃、つまり
NYだと勘違いしたのですよね!!!
147 誰が袖蒔絵硯箱 一合 江戸時代 17世紀
衣桁に掛けられた美麗な衣裳を配し、画面の中にはいない人の
面影を偲ぶ内容を主題とした図を「誰が袖図」といい
「色よりも香こそあはれと 思ほゆれ 誰が袖ふれし
宿の梅ぞも」
古今和歌集 巻第一・春歌上に由来
⇒クリスが実在しないと言ったのですよね??
実在しているに決まってるでしょう。
Cistaro Christopherがクリスですよ。
信じられませんよ。
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