みなさん こんばんは
ブログにお越しいただきありがとうございます。
今日は少し、思いを吐き出させてください。
少々、湿っぽいお話です。
苦手な方は、閉じてくださいね。
今日は母の誕生日です。
素直に「おめでとう」と言えない自分がいます。
結婚して夫の仕事の関係で、国内外転々としたけれど
今は、新幹線に飛び乗れば3時間もかからない距離に住んでいるのに
会おうと思えばすぐ会えるのに、なおかなか行動に移せない。
年に1回、会うとするならば
元気な姿で会えるのは、きっと10回もないかもしれない。
それなのに、会おうとしない、言葉がかけられない。
母の誕生日
その日は父の命日でもある。
そんなに仲の良い夫婦だったという印象はないけれど
父は『忘れないでくれ』と言わんばかりに
その日選んでいったとも思えなくもない。
そんな寂しがり屋だったっけ?
当時、私は高校1年生。学校生活にも慣れ始めた。
納得できないことや理不尽なことを飲み込む毎日。
そして、その日を境に思考することを止めた。
というか、思考することができなくなっていた。
流されてくことが楽で自分は夢や希望をもってはいけない、
諦めた人生を選択した。
父が亡くなった自分はそうすることがふさわしいのだと思っていた。
父は半年ほど患っていた。
お正月まで持たないかも、桜は見られないかも
私や弟の入学式まで持たないかも、と言われながらも
頑張ってくれた。
原発部が脳に転移して、最後は娘のことも
わかっていなかったかもしれない。
会えなかったけれど。
父の弟妹が子供達には、こんな姿を見せてはいけない、と
面会をさせてくれなかったから。
もちろん最後にも立ち会えなかった。
荼毘にふされ、お墓に入ったのも見てる。戸籍にバツが付いたのも見てる
だけど、未だに亡くなった気がしない。
命日にお墓参りをしたことはない。
花を手向けたこともない。
だって、亡くなったことを認めては
いないのだから。
時代はバブル。
仕事人間で家にいなかったことあり
長期出張にでも出ていて
ふと帰ってくるんじゃないか、って思う日々。