カップの泡はなぜこんなにも美しくきめ細やかなんだろう。。






宇宙のことを知るにつれ、地球や人間、すべてのものがなぜこうまで美しいのかを思わずにはいられない。

太陽は核融合でエネルギーを生み、巨大な重力で惑星達を引き付け、惑星達はお互い影響を与えながら太陽の周りを美しく周り、その中の一つの青い星にはたくさんの生命がいて、どれもこれも素晴らしく機能的で。

なぜ宇宙は存在し、なぜ生命は存在し、なぜ人間は存在し、さらになぜ人は考え、迷うのか。

それすらもこの宇宙の美しい秩序のひとつなんだよね。


悟りとは宇宙の理を知ることなんじゃないかと思う。そう考えたら、お釈迦様もキリストさんのみならず、アインシュタインもニュートンも、悟りをひらいた人達なのかも。


ひとりひとりの存在そのものが宇宙で、この大きな宇宙の構成要素なら、生きて物質として存在していても、死んで肉体は焼却されても、その際変換されたエネルギーに変わるだけで、その存在は変わらず宇宙には在りつづけるんだろうなと思ったり。


そう思ったら、時々いるこういうエネルギーがみえたり聞こえたり感じたりする人の存在もなんら不思議はない。



やっぱり宗教も哲学も物理学も数学も、全部一つ。知りたいことは一つ、この宇宙の理。



みんなそれに向かってる。アプローチは違っても、目指すところは一つなんだよね。



宇宙は恐ろしく小さな点から始まった、時間も空間もそれ以前には存在しなかった。といわれていますが、それはつまり宇宙の誕生が時空の誕生でもあったことを意味し、時空も宇宙の構成要素であることを意味します。


そして我々も宇宙なんだと考えれば、時空の要素を持っているといえるので、離れている人のことがわかったり、感情が伝わったり、心を痛めたり、寄り添ったり。 それらは自己満足や勘違いではなく、本当の効果があるんだと思います。


国境、民族、宗教を越えて、人間皆が太古から行う行動、『祈り』。そして『考える』、『想う』
これらには本当に力があるんだと思うのです。



ぬお~出勤前にながながすんません!
粗い穴だらけな文面ですが、忘れないうちに書き留めさせて。