本好きによる、本好きのため心理学 -17ページ目

本好きによる、本好きのため心理学

このブログは、本が大好きな著者が、同じく本好きの人たちために、暮らしに役立つようなアレンジを加えたブログです!
PV1000達成目標!読者数500目標! 
未熟者ですが、気合入れて書いてます!よろしくお願いします!

自分は、タイムトラベルは可能だと思っている。

物理学や量子力学などの情報に学者なみに詳しくなくても、できる方法がある。
今日はその方法について書いてみる。

その方法とは、観測者自身の未来の理想的な状況を鮮明に作り出してしまうことだ。
それは、過去だろうが未来だろうが関係なく、その情報状態とまったく同じ状態を作ることによって成り立つ。もちろん、不確定性原理は理解したつもりでの話だが。

作り方は二通りある。
まず一つ目は催眠術で対象者に暗示をかけ、周囲の環境を変えるような脳の錯覚を作り出す。
催眠術はオカルトだという方もいらっしゃるかもしれないが、実際に可能なことは、さまざまな書籍やDVDとして証拠があるし、情報空間を一時的に書き換えるだけなので単純なことだ。

もう一つは、これから科学が進歩していき、VR(バーチャルリアリティー)が一般社会に浸透していく過程で、人間の五感がVR上に置き換えられ、自分たちで自由自在に情報を操作できるようになったとき、環境の自己生成ができ、タイムトラベルが可能になるはずだ。
しかし、不確定性原理(完全な情報は無いという量子力学での専門用語)があるので、そこはその対象者のみがタイムトラベルができるということで解決することができる。
目の前にあるありとあらゆる物質の状態を過去、または望みの未来の情報状態に書き換える。
つまり、人間の五感を完全にコントロールするということ。
実際に、今日の夜対象者が寝て、こっそりその人を別の遠い国の町の中の部屋に移動させたとする。つまり、朝起きたら見たこともない部屋に寝ていて、知らない町にいたとしたら、それに対して本人が気づかなければタイムトラベルしたことと同じだ。
タイムトラベルは現在でも可能だった、、、。

そして、今現在、グーグル社が開発したOK glassというメガネ型コンピュータが発明され、すでに視覚情報のVR化が市場に浸透しそうだ。
このメガネでセカイカメラのアプリを使ったりしたりなんかしたらどうなるんだろう!
世界がもっと楽しくなるに違いない。
OK glassの機能を簡単に説明しておくと、スマートフォンがめがね型になった感じで、ウェブブラウザ、写真、動画の撮影などが可能だ。
今はそれだけの機能だが、人間の意識を操作して意識だけで情報操作が可能になる日も近いはずだ。

それと、宇宙の定義について自分なりに考えてみたのでこのブログで発表する。
本当はこうゆうSFチックなことは科学的にまとめて論文として学会に提出したほうがいいのかもしれないし、ブログのタイトルも、哲学日記的なタイトルに変えたほうが良いのかもしれない。
私は哲学が大好きなので、将来本が執筆されるだろうと思うが、その練習としてここで訓練しているということもわざわざネットで検索できる情報でも、自らまとめて書いている。
もちろん、このブログをみている方たちが哲学に興味を持ち、考えることそのものが楽しくなるような人たちがいっぱい増えることのほうが自分としてはうれしいのだが。
もちろん、マジックのことについて書いてもいいのだが、書いたとしてマジックをある程度やったことがある人でないと内容を理解できないし、そもそもタネを無防備に明かすことにも繋がりかねないので、あまりマジックのことについては書いていない。近日中にマジックに対する自分の考えと、マジシャンという夢、夢そのものについて自分がどう思っているのか書いていきたいと考えている。
自分は、ひとたび自分の意見を発言する場面に出くわす場合、ことの隅々まで定義して体系化して話さなければ気がすまないたちなので、自分が人前で自分の意見を発言するときには、会話で何かについて討論する場合などでは、一方的に話してしまい、相手の話す隙すら与えないくらいの発言を繰り返す。
自分と話しているとおそらく相手が疲れてしまうし、相手の意見も聞くとなったときに会話が続かなくなってしまう可能性があるし、話す内容がディープなので、ついていけない方や飽きられてしまう方がいらっしゃるので、普段はおとなしく、ほとんどしゃべらない。
また、容赦なく話してしまうと、相手を傷つけてしまう恐れがあると考えているが、まあ、自分がただビビリなだけだろう、、、。

以上。







よく病院へ行くと、病名だけ告げて、患者のことを診ていないお医者さんがいることがあると思う。
今回はそういうお医者さんの功罪について話してみたいと思う。

自分たちが病院へ行くことは自分が医学について詳しい知識が無く、現在の自分の病気な自分の状態に不安感を抱いているからだ。

その不安をなくし、健康になるために病院へ行く。

人によっては、その病院にいるナースさんを見に、わざわざ行く方もいらっしゃるかもしれないですが。

その病院にいる医者にとっての患者さんに対する役割といえば、患者さんを安心させてあげることだと思う。
そのツールとして医学的知識があり、人間的魅力が必要なんだと思う。

では、そのお医者さんが絶対にやってはいけないこととはなにか。

それは、患者さんの病気に対する不安を増幅してしまうことだ。

病院に来る人たちはみな、自分に医学的知識がない状態で不安とともに来ている。
その患者さんに対してそんなことをするのはいけない。

病名だけ告げて、その患者さんの面倒を見ずに治療法が確立されていようがいまいが、「余命は3ヶ月です」とか無責任に相手の不安を煽るような発言しかできないお医者さんは医者として失格だと思う。

がんは治らないとよく言われているようだが、気功で治るし、物理的な交通事故と違って、精神的な面から来る病気はすべて自分がわざと病気にかかっているようなものだ。

自らが病気になり、人に優しくしてもらえば安心するといった心理が働き、自分で病気になっているのだ。
人はみななんらかの病気になっている。それはその人に欲があるからだ。

なぜ病気が発症するのか、それは、欲があるから人はその欲を満たされなくなったとき、その環境に耐えられなくなって過度なストレスが発生し、その人を病気へ追い込む。
そうなると必然的にストレスを解消するため、別の欲が欲しくなる。その欲とは安心感だ。
人は緊張すると交感神経が優位になり、血圧が上がり、全身の余分な箇所に力が入り、不必要な行動を起こしてしまい、そのストレスの環境に適応できなくなる。
適応できなくなれば別の、安心する場所へ行きたくなる。

そこで、その病気にならない方法を考えついた。
この方法を実行すれば、健康になり、有意義な生活ができるであろうとふんでだ。

病気をなくすための方法としては、欲をなくすことが大前提だ。
しかし、欲をなくすための方法は二通りしかない。
欲を満たすか。悟るかだ。

悟ることは常人には無理な話なので、欲を満たすことを考えなければいけない。
欲を満たすとはつまり、成長し続けることだ。
たとえば高級車が欲しいとするならば、大量のお金が必要だ。
学生ならきっと金銭的に難しいと思うし、サラリーマンなら自分の年収と比較して車のカタログを見る生活ばかりかもしれない。
つまり、今の自分には到底できないことだ。
だから今の自分を超え続け、鍛錬していくのだ。この場合は金銭的な面だが。
お金持ちになる目標があったとして、その目標を達成しようと思ったとき、何が障害になるか、それは、今の自分だ。
今の自分を打破しない限り絶対に目標のものをゲットすることはできない。

 ここで、目標達成の基本的な概念を説明しようと思う。
自分が本当に手に入れたいと思うものは、たいていは遠くにあり、今の自分には絶対に得ることができないものとする。
さっき話した自分を打破するということを詳しく書くと、まず、自分を形成している身体は、精神空間と物理空間の二つの状態の身体がある。それらは二つが連続的に互いにつながっているものとする。
自我が形成されていく過程において、始めに作られる身体は意識だ。
子供たちはみな催眠術にかからない。これは、子供の無意識が形成されていないことを指している。催眠術は、相手の無意識の状態を書き換えることによって成り立つ現象だ。オカルトでもなんでもなく、理屈があり、実際にありえることだ。

無意識はどのように形成されるかというと、まず、意識があり、その自分が意識している行動、言動が普段の日常でよく使われるものが固定化され、一つのネットワークとなって脳にパターン化されることによって生まれる。
普段私たちが無意識に行っている動作、呼吸だったり、会話だったり、ドライブなどあげるときりが無いくらいにある。
それはすべて、「慣れ」によって形成され、最適化された行動様式だ。
最適化されるということは、過去に自分の置かれる環境について便利な行動だったからに他ならない。
より早く、より確実に、より楽しく気持ちよくなれるような行動だからだ。
それは、人間が本能に根ざしている、過去より幸せになろうという本能から来ている欲求である脳幹のあたりから来る性欲に似た欲求があるからだ。
無意識は、そういうような欲によって意識から、「慣れ」によって無意識化されていくのだ。
そうやって「慣れ」によってできた行動を指す言葉を、「癖」と呼ぶ。
自分を打破することも自分の癖を一端リセットしてから物事に臨まなければいけない。
心をフラットにしなければいけない。

これは成長することにも同じことが言えて、自分の欲に従ってその場その場の環境にあわせ、自分の言動を変え、自制し、欲しいものを手に入れるために目の前にある問題を解決することと似ている。

問題解決するということは、問題よりも一つ高い視点で物事を見なくてはいけない。
必要な情報を持ってきて正しい位置にはめ込み、欠けた箇所をうめるようなものだ。
高い視点とは、その問題と自分の欲しい物とを包括する情報を欠けている箇所に埋め込む作業のことを言う。
包括するには常に自分の状態を観察しなければいけない。観察ということ自体も遠くから対象をみることなので高い視点だ。
なるべく、具体的に、詳細に分析して今の自分を観察する。これを上手に行うには瞑想が手っ取り早いだろう。

瞑想は、第一のチャクラといわれるアジュナーチャクラから、第七のチャクラであるクラウンチャクラまで、一本のピンと張った銅線のように、そこに流れる電気信号を活発化し、思考によって、前頭前野のA10(ドーパミンが増える上限が無い)に運動を促すホルモンであるドーパミンを多量に分泌することによって、脳内で行われる思考活動そのものが活性化し、知能が高くなるように促す直接的な行為だ。

瞑想によって自分の今の身体情報を細かく読み取れるようになったら、目標である欲しいものの臨場感も高まっているはずなのでイメージしやすく、入手できる可能性が高まる。

問題解決は、自我を理解することにつながる。
自我を理解することはかなり難しい。なぜなら、自分は宇宙の全存在と繋がっているからだ。
自分を定義しようとしても、いくらでも定義が可能で、定義すればするほど自分から遠ざかっていくことになる。
成長することは、問題解決が必須なので、瞑想は大いに役立つだろう。

目標達成の基本的な概念として、問題解決する際、問題になるものは自分の「癖」だ。
癖は日常生活で形成された無意識によるものだ。
無意識は普段、自分で知覚することは難しい。意識に上がってこないから。
だから、普段から自分の癖をよく分析しておくことが大事だ。

それと、もっとも病気の要因と私が考えていることは言語による病気の進行である。

子供の頃、親や教師、友達や恋人から植え付けられた無根拠な理屈を信じていると、可能性が無限大である子供たちも、成長するのに歯止めがかかってしまう。

我々は言語空間の中に住んでいる生命体だ。

道路で交通事故にあわないのは、道路交通法という言語で書かれた法律があるからだし、スーパーで無断に物を盗んだりできないようなルールもある。私たちの暮らしている実社会にはさまざまな言語で規定されたものが多々ある。
その言語空間が自分の頭でどれだけ支配しているかでその人のできることは限られていくが、先ほど言った、無根拠な理屈を信じてしまうと、パブロフの犬的に条件反射でその理屈のネットワークが発火してしまい、意識できない状態のまま無意識に「癖」としてパターンが形成されてしまう。
これをし続ける生活を続けていると、何をやってもやる気が出ない、いわゆる「うつ」状態になってしまう。
この世はすべて言語でできているので、その言語に支配されているということは縄で自らの身体をしめられ、動けなくなっていることと同じことである。
うつ状態になる原因は他にも酸素不足や、電磁波の浴びすぎ、栄養失調などの要因である神経伝達物質であるセロトニン不足が原因と考えられているらしいが、中でも問題なのは、人間関係によるストレスが引き起こす病因が大半を占めていると考えられる。そして、この言語を巧みに操れる能力があればこそ健康になれると私は考えている。

「病気は、言語で生まれ、進行する」ものだと思っている。

お医者さんに行ってより病気が悪化したというのはまさに言語による病の臨場感強化だ。

言語による病気の進行を食い止めるには、言語運用能力を鍛えることが一番よいと考える。
それにはまず、言語のそれぞれの定義から入っていくことが良いと思う。
自分が知っている単語でも、その単語の意味がわからず、あたふたした経験は誰にでもあると思う。それは、本当にその単語の意味がわからないからに他ならない。
単語の意味がわからないということは、当然、その単語が組み合わさった文章などは読めるはずも無く、この世の言語を正しく使えなければ問題解決もできず、その結果、欲しいものが手に入りにくくなる。
定義するということは、整合性を得た、統合的な一つのまとまりとして物事をみるということだ。
言語を運用できるようになれば、言語で成り立っているこの世を生きることは簡単になるだろうし、病気もなくなるはずだ。

ということで、言語運用能力を鍛えてみてはどうだろうか。

このブログの記事を読んで、読んだ方たちが少しでも健康になれることを考えながらキーボードをたたいている。
だから4時間かかって書いてもぜんぜん疲れないのだ。

このブログを読んでいるみなさんが少しでも健康になれるのなら、私はとても幸せだ。

以上。








今日は、というか昨日5月2日にシュレディンガーの猫というパラドックスがあることを再び知った。
以前、そのことは知っていたが、どういう経緯か忘れたが知りたくなった。

シュレディンガーの猫を知らない人たちのために自分なりに補足を加えた説明をすると、
以下wikipediaより引用、加筆。

まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量(毒物)と、ガイガーカウンター(検知器)を1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。

この系において、猫の生死はアルファ粒子が出たかどうかのみにより決定すると仮定する。そして、アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。このとき、例えば箱に入れたラジウムが1時間以内にアルファ崩壊してアルファ粒子が放出される確率は50%だとする。この箱の蓋を閉めてから1時間後に蓋を開けて観測したとき、猫が生きている確率は50%、死んでいる確率も50%である。したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なりあっていると解釈しなければならない。

我々は経験上、猫が生きている状態と猫が死んでいる状態という二つの状態を認識することができるが、このような重なり合った状態を認識することはない。
引用、加筆終わり。

実際には、猫が死んだら呼吸音が止まったり、腐臭がしたりしてわかる可能性が高くなるとは思うが、あくまでもこれは仮定の話らしい。

簡単にまとめると、物質は観測するまでその情報状態を確定できないということ。

これを別の言い方でいうと、すべてのこの世の物質は相対的だということ。
まず、物質の定義から。
物質とは、光の振動数によって情報状態が規定される情報ということがわかる。
この世のすべての物質は光の反射なので、光の振動数によって物質が規定されていることは間違いではないだろう。
しかし、ここに仏教的解釈が加わると、すべては「空(有と無の上位概念)」という概念があるので、「空」だが、ただそれだけで考えることをやめてしまっては哲学にならんので、もう少し考えてみようと思う。

ちなみに定義とは、物事や現象を一つの整合性のあるまとまりとしてみることをいう。

それと、数学的にユークリッド幾何学的に言えば線と線が交わるところが点というわけだが、線には定義上幅がないので、「点」はあるが、実際には取り出せない。ここでは非ユークリッド幾何学を考えないものとする。
同様に、円の中心には点があるはずだが、その「点」はいくらでも小さくしていけるのでやはり取り出せない。大体の位置はわかるが。

また、釈迦の言う「縁起」の概念もすべては関係性で成り立っているという大前提がある。

猫を観測する観測者がいなければこの命題は成り立たない。

猫の生死がわからないということは、常に人は生きているのか死んでいるのかさえ不明ということになる。だがこれはおかしなことだ。隣で今まさに話している人や、近くにいる人は確かに話もできるし、動いているし、生きている感じはする。先ほどの数学の話に戻れば、線と線の交わる場所を取り出せないことと同様に、人間の生死も厳密に定義不能だ。人間を人レベルで定義しても、細胞レベルでも、分子・原子レベル、ひも(超ひも理論)レベルで定義しようが、いくらでも小さくすることができる。つまり、もともと絶対的な情報などないのだ。

日本では太陽を赤色でキャンパスに書くことが多いが、これは日本人が太陽に対するイメージを赤色だと思っているからである。アメリカでは太陽は黄色で書くことが多いらしい。

また、自分たちの大切な人が今まさに死んだとして、その知らせを聞かなかった自分はその人の大切な人が死んだとは、まだ感じる(観測)することができない。

太陽の例からいえば、この世のありとあらゆる物事はすべてその人個人のイメージによってつくられているということがわかる。

つまり、人の価値観によっても物質の状態は違うのだ。
量子力学の世界では、何も無い真空状態の箱の中から人間が観測したというだけで、箱の中に素粒子がポンポンうまれてきてしまうということがわかっている。
これは、人間の解釈によって物質をも生み出し、情報状態を変化させるということだ。

まとめると、物質は観測者が必要な場合にその情報状態を規定することができ、その状態は人間の一人ひとりの解釈によって変化し、定まることがない、相対的な情報だということ。

人は死んでいてかつ生きている状態を包括している。
だからといって自殺をホイホイしてもよいというわけではないと思うが。(自殺をすべきでない理由はまた後日書く)

とても面白い。
まだまだ人の生死について考える必要があるらしい。
生と死は表裏一体だと思っているので、よりよく生きようとするには必ず死を考えなければいけなくなる。
自分なりに死とは五感の臨場感がゼロの状態のことを指すと思っているので体感はできず、死はあくまでも通過儀礼的に考えている。

シュレディンガーの猫に限らず、すべての物事が不確定だということはわかったが、なぜ不確定なのに対象物を認識できるかというと、人間の思考能力の話をしなければいけないか、、、。

人間が物事を認識する際に使われている情報といえば、その人の過去の記憶だ。
我々の体は一日で小腸の内壁が生まれかわり、血液は三ヶ月で完全に入れ替わり、全身の細胞は三年たてばすべて新しいものに生まれ変わるらしい。
それだけ人間の体に変化があるのに対象を認識することができる理由は、抽象化能力にあると考えている。人間はブルドックとチワワを見たとき、同じ「犬」という概念で理解できる理由は、足が四本あり、ワンと鳴き、毛があるというような、個々の情報(これも抽象化)がある程度一致するからだ。

なぜ人間にそのような抽象化能力があるのかといえば「ホメオスタシス」能力があるからだ。
人間は生命体なので、生命を恒常的に維持しようとする働きが先天的に遺伝子に組み込まれている。これはどんな生命にも当てはまることで、生存本能そのものだ。

それと、時空間超越能力。

ホメオスタシスだけではバカのままなので、より楽しい、より気持ちよくなろうとして自分の限界を超えて進化する能力。

だから狩猟採集時代から農耕が始まり、魚は陸に上がることができた。

どちらも、時間と空間を越えなければできないことだからである。

最終的に結論としてまとめると、私たちの日常は記憶で成り立っている。
人間にはもともと進化の過程で抽象化能力があり、物事を捉えることすべてが厳密には定義されない。観測していようがいまいが、情報状態は規定されず、不確定。
シュレディンガーの猫とは、生と死を分ければパラドックスになるが、もともとすべてが不確定という情報があるということでパラドックスは崩壊する。と、いうことだと思う。

すべては無限大の可能性を含んでいるのだ。

さあ、無限大の可能性を秘め、明日も自分たちの能力を存分に発揮し、この世界に対しての自分なりの社会的役割を演じる自我を武器として楽しく生き抜いていこう!!!

終わり



自分はプレイボーイのウサギが大好きだ!

デザインの中ではトップクラスだと思う。うん。

その他のデザインで最強だと思うものは、ギャッツビーのワックス、「g」のデザイン。
これも最強ですね。
「G」ではだめなのよ。
あの小さい感じと、小文字でなければ、、、

IPHONEはもちろん最強の部類に入るわよね。
毎日眺めてて楽しいわ。

さて、ウサギの話に入るとしますか。

ふさふさした体毛

赤い目

ヒクヒクした鼻



小さい身体

どれをとってもウサギはかわいくて愛らしい

誰でも一度はお家で飼ってみたいと思った方々はいらっしゃるはず!

そんなウサギちゃんなんですが!

実は、ウサギはかわいいだけじゃないんです!



ウサギは普通の動物と違って、毎日が発情期らしい。
ほんとかよっ!って思ったので調べてみると、ウサギのオスは相手が同種のウサギであろうとなかろうと、いつでもしたがるそう。
実際に写真でも見たが、鶏のアソコにウサギのアソコを押し付けている写真を見つけた、、、!

私は軽くショックを受けた、、、。

おいおい、、、。

しかも、メスに関しては、周期的に生理せず、性交時の刺激が排卵を促すらしいのだ。
もちろん、妊娠率はきわめて高い。

さらに、ウサギは重複妊娠ができるというのだ。
お腹に子を孕んでもその後の短い期間でも発情するらしい。人間は違うが。

それと、メスは想像妊娠できるらしい。
さらに、自分の胎児を再吸収して栄養も摂るらしいのだ。

どんな身体してるんですか、、、。

なんか文章が美しくないんですが、言語運用能力は訓練で鍛えるしかなさそうですね。
感情表現が豊かでない。
マジシャンやパフォーマーってのは感情表現が豊かなほうが良いに決まってると思うんですが。
自分が得意なことはテクニカルな技術を極めることですかね。
チームプレーは苦手だし。
個人なら最強なんですが。

実際、マジックの上達は普通の人の3~4倍は早いと思います。

相手を楽しませようとする心が自分には欠けている。

人に関心がないということは、感謝していないことと同じで、要は甘ったれということ。他人がいつも自分の世話を焼いてくれていると無意識で思っている証拠だから、そこは改善していかなくてはいけない。

心から嫌いな人に対しても、相手を喜ばせる、喜ばせるという言い方は一つの言い回しで、ほんの一部しかいっていない。
たとえて言うならば、人間の細胞一つを観察して、これが人間だ!といっているようなもの。
本来の情報は多面的で、立体的であり、情報が密になているもの。

それでいうならば、「愛」に似ているかもしれない。
愛は、定義不能らしい。私はキリスト教勉強していないのでわからないが。
定義不能な単語は他にもある。
「正義」「慈悲」なんかだ。

言語というものは、名前にすぎない。
バラバラな情報を、一つの統合されたものとして切り取るツールが言語である。
数学も同じである。
数学は、数字を使っているのでより抽象化されているだけで、言語と同じものとして見ることができる。
その言語で切り取ることができないということは、その単語が指す現象、状況、そのものが切り取れないということだ。
性的、感情的、論理的、生産性など、すべての要因がそこに含まれているわけで。
だから悟りは体感でしか得ることができないと思う。私は悟ったことはないが。

要は、自分は人に対して、考えすぎる癖があるということ。
それは、自分の能力に自信がないことと同じで。

だからこれからはあらゆる人に関心を示せるように、リラックスして、気を使っていきたい。
なんか変な文章になってしまいました。

テレビ石

テレビ石とは、ホウ酸塩鉱物の結晶が平行に結晶を成したもので、石の下に置いたものが浮き上がって見える不思議な石だ。

久しぶりに見てみたら面白かったからわざわざ写真にとってみた。

不思議な石は他にもぐにゃぐにゃ曲がるコンニャク石、ブラックライトを当てると光る蛍石なんかがあるらしいけど。

なんかいつもブログを書いていると敬語とかかたっくるしくなってしまうから、今日は敬語はつかわない!

でも実際、不特定多数の人たち(アクセス解析できるけど)が見ているこのブログでは、自分の発言内容に対する責任は伴うと思うんだけど、別にわざわざ敬語を使わなくてもいいんかななんて思ったりするんだけど。敬語を使ったほうが感じいいのかなあ。でもこんな独り言みたいにつらつらしゃべってみてもつまんないかもしれないし。

自分は常に自分が発言する内容について、ある程度普遍度がある内容であったほうが良いと思う。なぜなら、その場限りの内容で会話しても発展性がないから、いつまでも同じところをグルグル回ることになってしまう。
飽きるから。
同じこととか。
みんな飽きないんだろうなあ。
自分が地球温暖化の問題の真実について討論したり、100年後、1000年後の未来の予想とか話したいんだけど、みんな話そうとしないんだよなあ。
楽しいと思うんだけど。
だって、真実を知ることは自分を知ることでもあり、過去を整理することでもあるから、未来を見据えやすいはずだし、今を生きやすくなることでもあるはずだし、、、。
おそらく、みんな本読まないと思うけど、本は、自分の知らない世界を著者の世界観を通して覗き見ることができるし、新しいことを知る喜びを体験できるっていう意味でとても自分の人生にとって有用だとは思うんだけど。

哲学は楽しいと思いますよ。
哲学は日本ではソクラテスとか、その人自身を研究する内容の学問だと思ってる人がおおいかもしんないけど、本当は、考えることそのものが、哲学、だという風に自分では思ってるし、哲学者本人を知ることに名前付ければそれは「人研究」という名前の学問名に近い名前になると思いますよ。

ただ、テレビばっかり見て、放送している内容を鵜呑みにしている生活を続けていると、日常の臨場感空間をテレビに支配されて、活字媒体を読めなくなったり、自分の頭で思考できなくなるなんかの障害が出てくる。
本でもそのまま鵜呑みにすることは良くないと思っている。
その情報が法則性を帯びている(普遍度)が高いならば論理構築が可能だから知識として取り入れられるだろう。でも、その情報があるひとつのまとまりを成していない、ゲシュタルトが構築されていない状態の情報ならば、その情報を一部とした論理が組めなくなるから、知識として取り入れられないと思う。
雑学好きな人は良いと思うけど。
僕はそういう情報には違和感を感じるので、後で真実を調べる。それで、使える情報かそうでないかを見極める。
そうしてまとめられた情報は、過去を整理することになるから、未来の新しい情報に対して正しく認識できるようになるし、今を生きやすくなる。夢や目標はあってもなくても本人しだいだと私は思うが、自分は有ったほうが楽しいし、面白いし、飽きないし、良い。

やっぱり哲学は楽しいわ。
だれか哲学して一つのことに討論したい人はいないのかしら。

ちなみに、関係ないけど、トランプの厚さでバイスクルを基準としたとき、タリホーは約1ミリ厚さが薄く、BEEのプレミアムバージョンは3~4ミリ厚い。

以上!