水曜日発売のサッカー新聞「エル・ゴラッソ」には
国内で行われているJ1・J2以外のカテゴリーの
試合結果や順位表、得点ランキングが
ほぼ毎週掲載されている。
「J-RESULTS」というページだ。
関東リーグ1部のブリオベッカ浦安には
ヴェルディの卒業生(ユースも含む)が多く
所属しているので必ずチェックする。
その関東リーグの得点ランキングに
見覚えのある名前を発見した。
二瓶 翼(にへい つばさ)VONDS市原
記憶の糸をたぐる。そうだ、あのとき見た。
2012年2月、晴天ながらダウンジャケットでも
震える寒さの西が丘サッカー場(当時)である。
第13回 東京都クラブユース選手権の決勝
東京ヴェルディユース対三菱養和ユースが目的だった。
それに先駆けて行われていたのが同大会の3位決定戦
FC東京U-18対FC町田ゼルビアユースである。
正直いって、あまり興味が無かった。
強いていえば前年までヴェルディで指導していた
楠瀬さんがゼルビアの監督になっていたことくらいだ。
ヴェルディユースのタイトル獲得に貢献した有能な
指導者を放出してしまったことは大きな疑問だった。
どう考えても実力ではFC東京が上だろうが
ひと泡吹かせてくれないかと期待することにした。
そんな思いとは裏腹に後半立て続けにFC東京が
ゴールを重ね3対1で試合終了。
試合中、私の近くにいた事情通らしき人達が、しきりに
「ツバサ、ツバサ」と口にしていた。
盗み聞きするつもりは毛頭無かったが
嫌でも耳に入ってきた会話から推測すると
どうやらFC東京のエースが「ツバサ君」らしい。
手元の端末で確認すると、25番二瓶 翼
ということが判明した。
翼くんといえば、10番でしょう?
と思ったが、フィールドでの存在感は
興味の無い私でも感じ取れた。先制点を決めたのも彼だった。
(数ヶ月後、実際に10番を背負うことになる)
順調にいけば来年はトップに昇格して
将来的には梶山みたいになるのかな?などと
想像したが、そんなことは次の試合に出場した
10番を見たら完全に記憶の隅に追いやられてしまった。
別次元。
ボールが自然と集まり、自在に操る。
ドリブルで翻弄したかと思えば絶妙なパス。
まるでボールに愛されているようだった。
早く、この選手をお金を払って見たい。
東京ヴェルディユース 中島翔哉
前年のクラブユース選手権でも見たが
南、杉本、端山ら3年生が抜けたこの大会は中心選手として
その才能を存分に発揮していた。
間もなくトップチームに帯同し、その年の9月にプロ・デビューを飾る。
Jリーグ初ゴールを決めたかと思えば、翌月には
ハットトリックの最年少記録を塗り替えてしまった。18歳と59日だった。
翌年、監督が変わり出場時間は減ったがJ2最優秀ゴール賞を受賞。
リオデジャネイロ五輪出場を目指す代表でも10番を背負い
古くは読売クラブ時代の戸塚哲也や菊原志郎といった
いわゆる天才少年の系譜を受け継ぐと信じて疑わなかった。
一方、敵対するクラブの逸材はどうなったのか。
二瓶は翌年、トップチームに昇格しなかった。
入団先は水戸ホーリーホックだった。
これは取り急ぎ調べたことだが
1年目から公式戦に出場したものの2年で契約満了。
今年から関東リーグのVONDS市原に移籍したようだ。
20歳の若さでJリーグの舞台から姿を消す。
あのとき私の近くで口角泡を飛ばす勢いだった
事情通には思いもしなかっただろう。
とはいえ、まだその若さなら再度ステップアップすることも
不可能ではない。そんなことは当の本人が一番感じているはずだ。
久々に意外な場所に載っていた名前に
プロの世界の厳しさ、そして何が起きるか
予測できないものだと改めて感じる。
そう、まさか今
中島翔哉が緑ではなく、青と赤のユニフォームを着ているとは
西が丘のスタンドで胸を躍らせていた私には思いもしなかったことで
こんなに皮肉なことはないのである。
彼の野心からすれば、早く海外に出てほしいところだ。
心の底から応援できる日が戻ってくることを信じたい。
まずはストライカーが抜けた所属クラブでポジションを
確保できるか、もしくはリオデジャネイロで輝けるか
正念場は迫っている。
3年前、同じ大会に出場していた2人のエース。
現時点では立ち位置がずいぶんと違ってしまった。
ならば、3年後の2人はどうか。
それもまた、私の予想など及ばないような
意外な境遇を迎えているかもしれない。