竹駒神社
小野篁卿が陸奥守としてご着任の際に、山城国伊奈利山(現在の京都伏見稲荷大社)にお参りして、稲荷大神を国府鎮護の神としたい旨を懇請しました。大神は篁卿の心ばえに感心し、白狐の姿を借りて現れました。篁卿は、白狐の姿を借りた稲荷大神のご分霊を長櫃に奉じて多賀城へと向かいます。その途中の名取郡南長谷村(現在の岩沼市南長谷地区)に差し掛かったところで長櫃の中から八声啼き声がしたので、どうしたものかと長櫃を開けると白狐が飛び出し、武隈の森(竹駒神社の裏手の森)に駆け込んで姿を消しました。篁卿は、この場所を稲荷大神のご神意にかなう場所として神社を創建したという。。
承和9年(842年)に小野篁卿が多賀城の陸奥国府に陸奥守としてご着任の際に奥州鎮護の神として岩沼の地にご創建されました。
こちらの像は、竹駒神社の縁起に関わる鍵をくわえて駆け出しているお稲荷さん。
小野篁卿が陸奥守としてご着任の際に、山城国伊奈利山(現在の京都伏見稲荷大社)にお参りして、稲荷大神を国府鎮護の神としたい旨を懇請しました。大神は篁卿の心ばえに感心し、白狐の姿を借りて現れました。篁卿は、白狐の姿を借りた稲荷大神のご分霊を長櫃に奉じて多賀城へと向かいます。その途中の名取郡南長谷村(現在の岩沼市南長谷地区)に差し掛かったところで長櫃の中から八声啼き声がしたので、どうしたものかと長櫃を開けると白狐が飛び出し、武隈の森(竹駒神社の裏手の森)に駆け込んで姿を消しました。篁卿は、この場所を稲荷大神のご神意にかなう場所として神社を創建したという。。
『私』、実を言うと竹駒様が日本三稲荷の一角(諸説あるようですが)に数えられる神社だということをここ最近になってしりました。
境内は穏やかな雰囲気。
車から降りて最初にトイレに行ったのですが、トイレ前にいたおばあさんに、
「お姉さん、携帯の使い方分かる?」
と聞かれ携帯(ガラケー)の使い方をレクチャーしました。
(メッセージRとか懐かしかったなぁ)
…すみません、話が大分逸れました。
鳥居の前にいる狛狐さん。
これは俗に言う人払いってやつですか!!
やったー!!竹駒様ありがとうー!!
(と喜んでたら後方ベンチで空気に徹してくれていたおじいちゃんが座っていました)(でも!こんなに人がいない竹駒神社は初かもしれない)
こんなに、すっきりとした拝殿を撮影出来たのは初めてかもしれない…
竹駒様、本当にありがとうございますー!!
拝殿にお参りしたあとは、、
次回、竹駒神社奥宮編に続きます。。








