離婚調停は難航した。

それには弟夫妻の意見の食い違い、姪の置かれた特殊な環境が要因となった。

そもそも、弟に離婚の意志はなかった。

何故なら今の日本では離婚によって父親が親権を得ることは殆どないからだ。

信仰の自由が求められている以上、義妹の信仰心を悪とすることもできず、実際義妹は離婚調停やこの後に続く裁判でも、宗教のことは一切口にしなかった。

数日交代で親権者が子供を見る、というケースはあるらしいけど、弟夫婦のように一日交代というのはお互いの弁護士も調停員も、初めてのことだったようだ。

弟にできることは調停や裁判を一日でも延ばして、娘との思い出を多く残したかった。

そして、娘を嫁のような宗教人間にしたくなかった。


2回目の結婚では弟は婿養子という形で義妹の姓を名乗っていた。

義妹自身も結婚前の数年前に宗教の幹部の人間と養子縁組をしたばかりで、そこにもやはり宗教のややこしい話が絡み合っていた。

そして離婚調停中のある日、義妹は突然その養子縁組を解消した。

そして新たな姓を、旧姓でもなく弟との一回目の結婚で名乗っていた姓でもなく、なんと弟との前に婚姻関係にあった相手の姓を名乗り始めたのだ。

当然、弟も同様に義妹の前夫の姓へと変わり、これは弟への嫌がらせ以上のなにものでもなかった。

驚いたのは、その諸々の手続きの際、なぜか姪だけをひとり戸籍をつくり、姪は養子縁組のときのままの姓となったのだ。

住民票とか戸籍とか、行政的な手続きがどうなってるのかはよくわからないけど、とにかく姪はそういった書類上、孤児状態なのだ。

義妹の、早くこの調停を終わらせたいという苦肉の策のようにも思えた。

弟の弁護士もこのやり方に弟の出方を伺った。

でも弟が選んだのは、表面上は妻、本音はたとえどんな仕打ちを受けても今の状況を長引かせたい、という娘への愛だった。

やがて離婚調停は解決策が見えないまま終わりを迎え、離婚裁判へと進んでいった。