離婚裁判では、離婚するかしないかよりまず、姪の親権について話し合われた。
これも異例なんだとか。
それは姪が一日交代で父親母親の家に行くことに関して、その精神状態が危ぶまれたため、離婚が決まったらすぐどちらかとの生活を始められるようにとの配慮のようだった。
弟は一貫として、自分は姪の母親を愛しているし一緒に暮らしたいと思っている、と姪に伝えていた。
その一方で義妹は、自分は姪の父親を憎んでいると話していた。
姪は次第に保育園に行く際、(迎えが母親だとわかっているので)行きたくないと泣きじゃくるようになった。
保育園でもやっとの思いで引き離す。
母親とはそういったやり取りはないそうだった。
でも世論の目は冷たく、どうせ親権を取るのは母親だろうと思われていた。
保育園からの重要な書類やお知らせの類も、弟に手渡されることなく全て義妹へと渡っていたようだ。
ある日こんなやり取りがあったそうだ。
弟が姪を保育園に迎えに行った際、姪が保育園からのお知らせの書類を持っていた。
弟がそれを姪から受け取ろうとしたとき、先生がその書類を姪から取り上げ、これは母親に渡すものだと言ったそうだ。
そんな、大した書類でもなかった。
それは親権者となる母親に渡すべき、という保育園の暗黙のルールのように感じたそうだ。
弟自身も諦めに似たような気持ちで、裁判が終わるまでの親子関係と腹をくくっていた。
義妹の性格上、養育費をもらっても弟に姪を会わせるようなことはないし、裁判でも実際にそう言っていた。
(養育費の支払い=子供との面会が必ず成り立つわけではないらしい)
親権者問題が始まり、様々な調査がなされた。
弟側からは弟に代わって姪の面倒をみる関係者として、私、父、母があげられた。
義妹側は義母(戸籍上はそうではないけど)のみだった。
裁判員による、普段どのように子供と接しているかの調査がそれぞれの家と裁判所とで行われた。
姪はどちらかに特に懐いてるという様子は見せなかったようだった。
ただ、最終日の調査で、弟とふたり遊ぶ姿を調査員たちにみせたあと、その日は義妹のところに行く日だったらしく、別れ際急に泣き出して、「お父さんとバイバイしたくない!」と言ったそうだ。
心象としては悪くない行為だった。
そのおかげもあってか、驚くことに、弟が親権を得ることとなった。
後で見た調書では、決定的な差としてあげられていたのは離婚成立後の子供への対応の仕方であった。
弟は、子供が母親に会いたいと言うのであれば会えばいい、と言っていたのに対し、義妹は自分が親権者なら絶対に会わせないし、親権者にならないのであれば会いたくないと言っていた。
裁判員たちは、弟が親権を取ったほうが、今後もし母親の気持ちが変わったとき子供は両親に会うことができ、ふたりが親としての義務を果たし、子供へ愛情を注ぐことができる、と考えたようだ。
親権問題は予想を覆す判決となり、弟サイドとしては喜ばしい限りではあったけど、弟にとってはシングルファザーとして女の子を育てるという、今後難しい問題に直面すること間違いない状況となったのだ。
現段階での一番の問題は、毎朝慌ただしい中での姪の髪の毛をどうまとめるか、ではあるけれど、日々格闘しながらふたりで頑張っているようだ。
裁判は今後慰謝料問題へとすすんでいく。