夏にさやの中で発芽し始めた大根の種を土に移して育った、今シーズンの大根


私が季節や天候をみて種まきする、ヒト都合よりも楽に立派に自分たちで実り、子孫を残そうとする、自然のリズムの力を感じます。

農"業"とは言えない、私は自然農の菜園が性に合ってるな。
peaceful農園らしい営みができているように思います。
私や親しい人に分けられるくらいの与りもの。
生かされている、としみじみ感じる量です。


晩夏からたくさんとれた地這いきゅうりの種も採りました。
熟したのを畑においたままにして、分解され始め果肉から種が見えてきたところから種を採ります。



しっかり完熟の種。来年種まきしますが、朽ちて土に落ちたのが冬を耐えて出てきたなら嬉しいです。



種採りや自然発芽の大根に触れていると、聖書の聖句を思い出しました。
教会学校、キリスト教系学校に通って読んだ聖書の言葉は日常にふとよみがえります。

マタイによる福音書6章25節から34節の中の聖句です。
「空の鳥をよく見なさい。
種も蒔かず、刈り入れもせず、蔵に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
だから「何を食べようか」「何を飲もうか」「何を着ようか」と言って、思い悩むな。
あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。」

私たちはちゃんと与えられている。

その実感こそがpeaceful農園の一番の実りと収穫です。