トルコ🇹🇷への旅の記憶
第二弾を書きます
アヤソフィア
聖なる知恵
キリスト教正教会
↓
博物館
↓
イスラム教モスク
へと変化している
ところからみても
聖なる知恵と呼ばれるに
相応しい聖地
わたしの名前である
聖美
人生の後半戦になって
この名前を生きよう
聖なる美を
探求していきたいとの
想いが強くなり
この、「 聖なる知恵 」の
場所に、再び、想いが
至ったように思います
この旅を企画したとき
はじめは、エジプト🇪🇬に
行く予定だったのですが
エジプト大使館に電話して
8月の旅(会社の夏休み)について相談したところ
この時期は暑すぎるから
あまりおすすめできない
とのこと、で、
少し暑さがマシな
ギリシアか、トルコにしようということになり
結局トルコになったのです
わたしは旅行✈️に行く時
現地の歴史や文化など
図書館に行って調べたりするのが
めちゃくちゃ好きで
この時も、熱心に調べていました
知識と肉体感覚が統合されて
細胞の中に記憶がダウンロード
されているのでしょう
だから
34年が経った今でも
ものすごく鮮明に思い出せるし
強烈な印象として
血肉に刻まれているように思います
何事にも真剣に取り組むので
記憶が濃いんです😆
ヨーロッパとアジアの間にある
ボスポラス海峡
イベリア航空で行きと帰りはスペイン🇪🇸経由だったのですが、なぜかモスクワにも着陸。モスクワ空港にて。すこしすさんだような空気感でしたか。
ともあれ。。。
人生において
やってみたいことを
なんでもさせてもらってる
ことに、無限の感謝を感じています
自分が満たされていると
他の人の真のしあわせや喜びを願わずにはいられません
わたしをこの状態にさせてくれている周りの環境には感謝しかないのです
「聖なる知恵」をもつ人々に囲まれています
本当にありがとうございます
あらためて
ヨーロッパ文明、エーゲ海文明の
歴史に興味が湧いてきて
再び、研究調査を開始しております。ハマりますー!
先日、東京に行った時
ニコライ堂の中に
入れていただきました
カタチが少し似ていませんか?
正教会として
繋がりがあるようです
わたしは
キリスト教信者とは言えません。
聖書も理解していません
でも、直感的に
感じるところがあり
大いなる神の存在を
やはり感じてしまうのです
そして
その大いなる存在は
人類をなんのために作ったのか?
その中で自分は何をして生きていったらいいのか
なんてことを
祈りの中で問い合わせる
というようなことは
日課としてやっているわけです
それは
日本の神社に行く時もそうなりますから、わたしの中で神は統合されている、と感じています
まあ、そんな感覚を持ちながら
世界の歴史を見ていくことに
いまは、ハマっている、というわけです
今日も、自分の感覚を大切に🤍










































