「この日は約3ヶ月半振りに息子のギター伴奏で公園でライブをやる」
とみんなに約1ヶ月前から伝えていたものの体調は良くならず、練習はしたものの声は以前の半分も出ず、体調が万全でも野外のライブは不可能と判断。
だけど白状するとそれにもましてみんなの前に自分の憐れな車椅子姿を晒したくなかったのだ。
当日、体調不良の場合はキャンセルするつもりで、公園は寒い(本当は寒くなかった)と言う理由で教室でライブを行うことにしたと伝えたが、何分にも連絡先は長崎弁しか喋らない80歳近いお婆ちゃんのため、うまく伝わらず。
公園では10数名待ってくれていたらしいが教室には3人しか来てくれなかった。
みんなが来る前、息子のギターでリハーサルを行い、ライヴに備えた。
他人の伴奏で唄ったことがなかったので多少不安だったが、なんとか歌える準備ができた。
教室で2時から始まったライヴは3人だけの超ミニコンサートでした。
だけど、遠路はるばる十三から来てくれた人もいた。
皆さんありがとうございました!
唄った曲は、紅葉に始まり、里の秋、赤とんぼ、旅姿三人男、長崎の鐘、知床旅情 ETC でした。
次のライヴは来年の1月14日、振るって御参加下さい!
------この日のコメント------
■夏の思い出
ブログを書き込む気力体力、とりあえず一安心しました。ここみちのくは、銀杏の葉が舞い、男山はロマンスグレーに、女山は頬にうっすら白粉を施す季節となりました。人にはそれぞれ天分があるようです。
貴殿のマージャンの実力を疑うものではありませんが、上手と勝ち負けは全く別物だと思います。ギャンブラーの路を選択していたなら、恐らく今頃家族は路頭に迷い、この寒空の中、よれよれのコートの襟を立てとぼとぼ歩いている貴殿の後姿が眼に浮かびます。それよりもしも英語教師以上の才能が発揮できるとすれば、それはレーサーではなかったでしょうか?
二十歳そこそこで真っ赤なアストンマーチン(当時の僕にはそう思えたのですが)を乗り回し、つるつるのタイヤをきしらせながら爆走していた姿が思い出されます。
1000CCそこそこの車に大の大人5~6人が鮨詰状態で乗りながら、夏の盛り、クーラーも無いのに見栄を張り大汗をかきながらすっ飛ばしていた日を思い出します。
あの走りは確かにアストンマーチンでした。百歩譲っても当時憧れの的だったマツダファミリアのロータリーエンジンでした。
けっしてけっしてデシプロのおんぼろファミリアなんかじゃありません。
占い師 (2005-12-03 13:43:22)
■真っ赤なアストンマーチン?!
走りでは、多少何車かに遅れをとった
かも知れないが、運転の腕と快適さと楽しさでは誰にもどんな車にも負けなかった。その当時会社員をしながら、真っ赤な(ほんとはエンジ)愛車をなんと8月だけで8000キロ走った。これはすごいことやで!
確かに、車の窓を締め切ってあたかもクーラーがついているかのごとく走ったことがあった。よくそんな事をおぼえているな!まさに夏が来れば思い出す青春時代のひとこまでした。
ピース (2005-12-03 14:40:05)
■アストンマーチンて俺の車や
確かにジヤン師は無理やったろな。あきらめが早かったもの、危険パイもイヤヤーの勢いで捨ててたもの。。。でも、アストンマーチン乗ってたとは知らんかった(それはバーチンの次の車やで。。。意味わからん)。でも、君がすごいと思ったのは中学の時、セメントでバーベルつくって、がんばったことや、海に素もぐりして、タコつったことや。それにアメリカで、人種差別にもめげず、がんばったこと。案の常、俺のライバルになったけど(何のライバルやわからんけど)、一時はお互いに冷たいやつと思い合ったけど、やっぱり、同志や。がんばりましょう
釣り師 (2005-12-07 21:23:40)
■ライブ!!
あー残念。ライブ行きたかったです。次回は仕事の調整が付けば参加したいです。万全の状態で無いにしろライブを決行するあたり、ロックを感じます。リハビリ大変でしょうが頑張って下さい。
kataoka (2005-12-08 11:29:29)
■無題
トロンボーン奏者へ
声も出ないし、音痴にもなっているし、聞かせるほどのライブではありません。
次回も体調がどうかもわかりません。
ピース (2005-12-09 11:00:34)
■無題
今でもパンクですか?
tito (2006-02-09 15:30:10)