人生を過ごしていると

ビターン!とこけることだって

ありますよね

(*´▽`*)

 

とっても痛いし

その時は

なんで…と

いたむところをかかえながら

そのことを

思ってしまいますけれど

 

本当はその「こける」

に至るまでに

もうすでに(小さな原因はあって)

なにかがわずかに

傾いていく事があったのかもしれない

と感じます。

 

それが少しずつ少しずつ

とても小さかったから

自分でも気づかなかったか

もしくは

もし一瞬「あれ?」っと思ったとしても

「そんなことないない」と

気のせいで

片付けてしまっていた

けれど

(>_<)

 

その(最終手段の)

「こける」という

痛みが伴う出来事で

ようやく

 

はっきりとわかる形で

気付きを促される事も

あるのかな感じます。

 

たとえば文で「冬は寒い」

と読むだけでは

うすぼんやりしていたそれが

 

実際に

寒い外に出て

吸い込んだ冷たい空気が

からだの内側からも冷やす

いたいほどの感覚を知ることで

 

お部屋のあたたかさや

手にしたお茶に

いつもそこにあった幸せを

こころから感じるように

 

生きていくなかでも

時にいたみを知ることで

気づき

 

そして

感じたことに深くこころがふれ

胸の奥で

(その時必要だった)

「本当に大切な事」を

実感をともなった

響きとともに

ふいに知ることができるのかな

感じました。



 

皆様どうぞ元気に一日をお過ごしください。

(*^-^*)