父のこと、書きます。
父は糖尿病でした。
インシュリンは使ってなかったようです。
何ヶ月前からか脚がずっと浮腫んでいて周りの人達から病院行けって言われたようですが、湯治で治せるって言って、行かなかったようです。
湯治に行っても腫れが全然引かず、食欲もなく、母とはずっと別居しているので食事の支度も自分でしたり、近くに住んでいる叔母が作った物を持って行ってくれたりしていたようですが、最近は殆ど食べる事が出来ずに、お酒ばっかり飲んでいたようです。
叔母の所に夜父から電話があり、家に行ってみると足を怪我して血だらけにした父が倒れていたようです。
出血していても糖尿病だから痛みを感じなかったようです。
すぐに救急車を呼んで病院に行ったけど、もう少し遅かったら死んでいたって。
私がお見舞いに行ったのが次の土日で、脚は赤黒くなっていて浮腫みが取れていなかったから歩けなくなるかもしれないけど、意識はしっかりしていたし、ご飯も自分で食べていたし、ドクターのお話を聞いていた弟の話でも生死に関しては楽観視出来るような内容だったから、「脚のリハビリ頑張らなきゃだめだよ。」って言って、1泊だけして帰って来ました。
次の土曜日(7/5)の朝6時に母から電話があり、病状が急変したって言われ、9時9分に亡くなったと妹から電話がありました。
まさかそんなに早く逝ってしまうなんて思いもしなかった。
身体的にも精神的にもかなりの距離感があり、父には頼ることなく生きて来たけど、私の今までの人生の中で一番のピンチっていうか絶体絶命の時にこちらに来て助けてくれたの父だったな。
父からもお願いされたこと殆どなかったけど、去年だったと思うけど、うちに遊びに来たいって言って電話して来たのに断ってしまいました。
最後のお願いだったのに聞いてあげられなかった。
それには訳があって…。
かなり前にうちに来た時、うちにはみゅう太っていう猫がいて、父が来た時にミャアミャア鳴いていて父に「何とかして!」って言われたんです。
でも鳴かないでっていうことも出来ないし、ムリだよって思いながら気を遣ってイライラしてた。
今は動物が4匹もいてもっとうるさいから絶対ムリって思って断ってしまいました。
でも今思えば、最後って分かっていたのかも。どうして快く「いいよ。」って言ってあげられなかったんだろうって悔やんでいます。
その後に見た夢のこともずっと気になっていたのに…。
父が「寂しいよ。」って言っている夢だったんです。
お葬式には父の友達がたくさん来てくれて「困った人がいたら必ず助けるようなほんとに優しい人だったよ。」っていうような家族は全然知らない父の側面を教えていただきました。
「誇りに思っていいと思うよ。」っていう言葉もかけていただけて嬉しかった。
父とはあまりゆっくり話した記憶もあまりないけど父に言われた言葉でずっと覚えているのは「礼を尽くす」って言葉です。
これからも忘れずにいたいと思っています。