秋田での事、ちょっと書きますね。
お葬式だけど、祖母は97歳だったし、終始和やかな雰囲気でした。なかなか親戚の人達と集まる事ってないから…。
5月に秋田に帰った時は弟にも会わなかったから何年ぶりかで会ったけど、髪の毛剃ってて後姿は父とほぼ一緒。背も二人共180cm位で体型も似てるし、頭の形もソックリ。笑っちゃう位です。
私の赤ちゃんの頃の写真はずっと祖母が持っていていつも見返していて、祖母の所に遊びに行くといつも出して来て「おばあちゃんが死んだら渡すから。」って言っていました。今回古いアルバムから欲しい写真だけ剥がして持って来ました。
祖父はもう15年前位に亡くなったけど93歳でした。
東京で働いていて父が生まれた時は横浜の鶴見に住んでいたようです。
戦時中は祖父は近衛兵だったそうです。よくは分からないけれど、その時代の人で身長180cm以上あったからかもしれません。
疎開してそのまま秋田に住んだようですが、戦争から帰って来てからはきちんとした仕事には就かず、祖母が洋服屋をやって一家の生活を支えていたようです。
幼少の頃いつも祖父が家にいて梅干しや漬け物を漬けたり、習字をしたり、お洒落して出かけたりしていて、祖母は毎朝暗い内から起きてたくさんの荷物を抱えて仕事に出ていました。
大正、昭和、平成と激動の時代を生きて来た祖母の人生って幸せだったんだろうか。
せめてもっともっと会いに行くべきだったなって思うけどもう遅いです。
これを読んでおじいちゃん、おばあちゃんに会いに行こうって思ってくださる方が一人でもいたら私がこの記事を書いた意味付けが出来ます。
ちょっと書くつもりでしたが長くなってしまいました。読んでくださってありがとう。