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『格に入りて格を出でよ』-芭蕉
初学の頃誓子師のよく口にされる言葉だったので師の言葉かと思っていた。後に芭蕉だという記述にも出会って戸惑ったが今はどちらでもよい。要は中味。人に就きものを習得せんとすれば、一定の法に従いまずこれを血肉化しなければなるまいが、更にこれを抜け出て後人の個人として自らを実現すべし、の意と悟ったのは後のことだった。しかし、「入る」のけじめが明確でないため「出る」のきっかけが摑めず大方は挫折していったのではないか。秘かに当方はこれを読みかえ、「入りつつ出づ」として自己に課した。法をぬけ出すなど容易なことではないが要は最大の責任分野だろう。俳句としては無論だが、人生智として教わった。
辻田 克巳
文字通りに読むと『まず格に入って、その格から出なさい。』ということになります。
『格』という言葉を調べてみると、『組成された物事の本質をなすもの』あるいは『がちっとはめこまれた一定の枠(規則・基準・地位・等級など)』とあります。俳句をつくるにあたって、まず5・7・5の17文字、季語、切れ字等が規則にあたると思いますが、この言葉で言われている『格』は前者の『物事の本質』を指しているのだろうと思います。そうなると、まず俳句の本質・・・という事が理解出来なければ、『格』に入ることもままならず、私などはまだまだその『格』の入り口を探してうろうろしている状態なのだと感じます。
頑張ります。
清水哲夫『新・増殖する俳句歳時記』より辻田克巳氏の俳句
鬱としてはしかの家に雪だるま 辻田克巳
遊びに出られない子供のために、家人が作ってやったのだろう。はしかの子の家には友だちも来ないから、庭も静まりかえっている。家の窓からは、高熱の子がじいっと雪だるまを眺めている。なんだか、雪だるまの表情までが鬱々(うつうつ)としているようだ。雪だるまには明るい句が多いので、この句は異色と言ってよい。どんな歳時記にも載っているのが、松本たかしの「雪だるま星のおしゃべりぺちゃくちゃと」だ。「星のおしゃべり」という発想は、どこか西欧風のメルヘンの世界を思わせる。したがって、この場合の雪だるまは「スノーマン」のほうが似合うと思う。スヌーピーの漫画なんかに出てくる、あの鼻にニンジンを使った雪人形だ。よりリアルにというのが彼の地の発想だから、よくは知らないが、日本のように団子を二つ重ねた形状のものは作られないようだ。どうかすると、マフラーまで巻いたりしている。こんなところにも、文化の違いが出ていて面白い(外国にお住まいの読者で、もし日本的な雪だるまを見かけられたら、お知らせください)。雪だるまの名称は、もちろん達磨大師の座禅姿によっている。だから、堅いことを言えば、ホウキなどの手をつけるのは邪道だ。それだと、修業の足りない「達磨さん」になってしまうから。(清水哲男)
緑陰に読みくたびれし指栞 辻田克巳
ひんやりとした日蔭での読書。公園だろうか。日差しを避けて、大きな木の下のベンチで本を読んでいるうちに、さすがにくたびれてきた。読んだページに栞(しおり)がわりに指をはさみ、あらためてぐるりを見渡しているという図。木の間がくれに煌めく夏の陽光はまぶしく、心は徐々に本の世界から抜け出していく。体験された読者も多いだろう。「指栞」が、よく戸外での読書の雰囲気を伝えている。これからの季節、緑蔭で読むのもよいが、私にはもう一箇所、楽しみな場所がある。ビアホールだ。それも、昼さがりのがらんとした店。最高の条件にあるのが、銀座のライオン本店だけれど、残念なことに遠くてなかなか足を運べない。若いころに、あそこで白髪の紳士が静かにひとり洋書を読んでいるのを見かけて、憧れた。さっそく試してみたかったが、若いのがあそこで読む姿はキザで鼻持ちならない感じになると思い、五十歳くらいまでは自重していた。で、「もう、よかろう」と思う年齢になって試してみたら、これが快適。適度なアルコールには雑音を遮る効用があるので、驚くほどに本に没入できたのだった。以来、ビアホール読書に魅入られている。当然のように、疲れると「指栞」となる。『今はじめる人のための俳句歳時記・夏』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)
ボーナスやビルを零れて人帰る 辻田克巳
季語は「ボーナス」で冬。六月にも出るけれど、十二月のほうがメインということだろう。最近は給料と同様に、銀行振込みの会社がほとんどだ。「列なして得しボーナスの紙片のみ」(丁野弘)なのだから、昔を知る人にはまことに味気ない。掲句は、現金支給時代のオフィス街での即吟と読める。ボーナス日の退社時に、ビルから人が出てくる様子を「零(こぼ)れて」とは言い得て妙だ。ボーナスの入った封筒を胸に家路を急ぐ人ばかりだから、みな足早に出てくる。まさか押し合いへし合いではないにしても、ちょっとそんな雰囲気もあり、普段とは違って溢れ「零れて」出てくる感じがしたのである。家では妻子が、特別なご馳走を用意して「お父さん」の帰りを待っていた時代だ。我が家では、たしかすき焼きだったと思う。そんな社会的背景を意識して読むと、句の「人」がみな、とてもいとおしく思えてくる。誰かれに「一年間、ご苦労さま」と、声をかけてあげたくなるではないか。昔はよかった。それがいつの頃からか、ボーナスが真の意味でのボーナスではなくなり、完全に生活給になってしまった。「ボーナスは赤字の埋めとのたまへり」(後藤紅郎)と、一家の大黒柱も力なく笑うしかなくなったのである。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)
初仕事コンクリートを叩き割り 辻田克巳
季語は「初仕事(仕事始)」で、まだ松の内だから新年の部に分類する。建設のための破壊ではあるが、まずは「コンクリートを叩き割る」のが仕事始めとは、一読大いに気持ちがすっきりした。たぶん「叩き割」っているのは作者ではなく、たまたま見かけた光景か、あるいはまったくの想像によるものか。いずれにしても、作者には何か鬱積した気持ちがあって、そんなこんなを力いっぱい「叩き割」りたい思いを、掲句に託したのだと思う。考えてみれば、誰にはばかることなく、何かを白昼堂々と物理的に「叩き割」れるのは、一部の職業の人にかぎられる。大木を伐り倒すような仕事も、同様の職業ジャンルに入るだろう。「叩き割る」や「伐り倒す」どころか、たとえば人前で大声を発することすら、ほとんどの人にはできない相談なのだ。したがって「叩き割る」当人の思いがどうであれ、この句に爽快感を覚えるのは、そうした私たちの日頃の鬱屈感に根ざしている。そういえば、私が最後に何かを叩き割ったのは、いつごろのことだったか。中学一年の教室での喧嘩で、友人の大切にしていたグラブにつける油の瓶を叩き割ったのが、おそらくは最後だろう。以来、コップ一つ叩き割らない日々が、もう半世紀近くもつづいている……。『新日本大歳時記・新年』(2000・講談社)所載。(清水哲男)
一舟もなくて沖まで年の暮 辻田克巳
見はるかす海原には、「一舟(いっしゅう)」の影もない。普段の日だと、どこかに必ず漁をする舟などが浮かんでいるのだが、今日は認めることができない。みな、年内の労働を終えたのだ。いよいよ、今年も暮れていくという感慨がわいてくる。句の要諦は、むろん「沖まで」の措辞にある。「年の暮」の季語は時間を含んでいるので、四次元の世界だ。その時間性を遠い「沖まで」と、三次元化(すなわち、視覚化)してみせたところが素晴らしい。つまり、意図的に時間を景色に置き換えている。作者は、見えないはずの「年の暮」の時間性を「沖まで」と三次元的に表現することにより、読者にくっきりと見せているのだ。ここで、読者は作者とともに遥かな沖を遠望して、束の間、ふっと時間を忘れてしまう。そして、またふっと我に帰ったところで、あらためて「年の暮」という時間を噛みしめることになる。へ理屈をこねれば、時間を忘れている束の間もまた時間なのだが、この束の間の時間性よりも、句では束の間の無時間性、空白性を訴える力のほうがより強いと思う。時間を束の間忘れたからこそ、あらためて「年の暮」の時間が身にしみて感じられるのである。「俳句界」(2003年1月号)所載。(清水哲男)
春寒のペン画の街へ麺麭買ひに 辻田克巳
春なお寒い街の様子を、ずばり「ペン画の街」と言ったところに魅かれた。なるほど、暖かい春の日の街であれば水彩画のようだが、寒さから来るギザギザした感じやモノクローム感は、たしかにペン画りものだ。そんな街に「麺麭(パン)」を買いに出る。焼きたてのパンのふわふわした質感と甘い香りが、肩をすぼめるようにしてペン画の街を行く作者を待っている。このときに、「麺麭」はやがて訪れる本格的な春の小さな比喩として機能している。いや、こんなふうに乱暴に分析してしまっては面白くない。もう少しぼんやりと、寒い街を歩いていく先にある何か心温まる小さなものを、読者は作者とともに楽しみにできれば、それでよいのである。ところでペン画といえば、六十代以上の世代にとっては、なんといっても樺島勝一のそれだろう。彼は最近、戦前に人気を博した漫画『正チャンノ冒険』が復刻されて話題になった。私の子供のころには「少年クラブ」や「漫画少年」の口絵などを描いていたが、画家としての最盛期は戦前だった。当時は「船の樺島」とまで言われたほどに帆船や戦艦の絵を得意にしていて、山中峯太郎、南洋一郎や海野十三などの少年小説の挿し絵には抜群の人気があったらしい。彼の挿し絵があったからこそ、小説も映えていたのだという人もいる。ぱっと見ると写真をトレースしたのではないかという印象を受けるが、よく見ると、絵は細いペン先で描かれた一本一本のていねいな線の集合体なのだ。もちろん下手糞ながら、私には彼や時代物の伊藤彦造を真似して、ペン画に熱中した時期がある。図画の宿題も、ぜんぶペン画で出していた。仕上げるには非常な根気を必要とするけれど、さながら難しいクロスワードパズルを解いていくように、少しずつ全体像に近づいていく過程は楽しかった。そんな体験もあって、掲句の「ペン画の街」は、人一倍よくわかるような気がするのである。「俳句研究」(2004年2月号・辻田克巳「わたしの平成俳句」)所載。(清水哲男)
蝉時雨一分の狂ひなきノギス 辻田克巳
季語は「蝉時雨(せみしぐれ)」で夏。近着の雑誌「俳句」(2005年8月号)のグラビアページに載っていた句だ。作者の主宰する「幡」15周年を祝う会が京都であり、その集合写真に添えられていた。私は俳人にはほとんど面識がないこともあり、こういうページもあまり見ないのだが、たまたま面白いアングルからの写真だったので目が止まったというわけだ。最前列の中央の作者からなんとなく目を流していたら、いちばん右側に旧知の竹中宏(「翔臨」主宰)が写っていて、懐かしいなあとしばし豆粒のような彼の顔を眺めていた。まあ、それはともかく、この「ノギス」もずいぶんと懐かしい。簡単に言えば、物の長さを測定する道具だ。外径ばかりではなく、段差やパイプの内径とか深さなども測れる。父親が理工系だった関係から、ノギスだの計算尺だの、あるいは少量の薬品などの重さを量る分銅式の計量器だのが、子供の頃から普通に身辺にあった。それらを私はただ玩具のように扱っただけだけれど、どういうものかは一応わかっているつもりだ。蝉の声が降り注ぐ工場か、あるいは何かの研究室か。ともかく暑さも暑し、注意力や集中力が散漫になりがちな環境のなかで、作者(だと思う)は「一分の狂ひ」もないノギス(精度は0.05ミリないしは0.02ミリ)を使って仕事をしている。測っていると、汗が額や目尻に浮かんでくる。それを拭うでもなく、一点に集中している男の顔……。変なことを言うようだが、「カッコいい」とはこういうことである。良い句だなあ。(清水哲男)
2017.2.19 夏井いつき 題:「草の芽・ものの芽」
●季題
草の芽(くさのめ) 仲春
春に萌えだす全ての草の芽をいう。春の大地の息吹の現れであり、新しい命の芽生えである。名のある草の場合は名草の芽といわれる。
ものの芽 もののめ 仲春
春のもろもろの草木の芽のこと。これという特定の草木のそれではない。春の息吹を感ずる言葉のひとつ。
〈入選九句〉
第一席
除雪車の轍に草の芽が白い
第二席
鳥の爪蹴立ててものの芽の顕は
第三席
ものの芽や佐田岬砲台廃墟
入選
草の芽や草の国には草の民
草の芽や溶岩冷えて二百年
草の芽を踏む全員で抵抗す
ものの芽や麒麟の舌は鉄の色
山留めの土嚢にしかと草芽ぐむ
みちのくのものの芽の数死者の数
感想
『草の芽』は具体的にわかるけれど、『ものの芽』には参りました・・・。
『ものの芽、ものの芽・・・』と考えていると、『もののけ姫』が思い出されて、なんだかジブリのアニメの画像ばかりが頭に浮かんできました((T ^ T)
俳句は『写生』だとも言われますが、上位の三句はそれこそ『見たまま』を詠んでいながら、句の中にきちんと自分の視点や感情が読み込まれていて素晴らしい作品だと思います。
peace-fun 〈NHK俳句 落選二句〉
草の芽を仇に母の長寿なる
草の芽や我が城の庭攻め来たる
次回、頑張ります。
清水哲男『新・増殖する俳句歳時記』より
http://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/
ものの芽を含む句
ものの芽の出揃ふ未来形ばかり
山田弘子
句意は明瞭だ。なるほど「未来形ばかり」である。誰にでもわかる句だが、受け取り手の年代にによって、読後感はさまざまだろう。中学生くらいの読者であれば、あまりにも当たり前すぎて、ものたらないかもしれない。中年ならば、まだこの世界は微笑とともに受け入れることが可能だろう。だが、私などの後期高齢者ともなると、思いはなかなかに複雑だ。つまり、みずからの未来がおぼつかぬ者にとっては、ちょっと不機嫌にもなりそうな句であるからだ。「ものの芽」ばかりではなく、私たちは、日々こうした「未来形」の洪水のなかで生きているような気分であるからだ。考えてみれば、これは今にはじまったことではなく、いつの時代にも、人々は「未来形」ばかりに取り囲まれてきた。作句年齢は不明だが、作者はそこらあたりの人生の機微をよく承知していたのだと思う。「未来形」ばかりの世の中でひとり老いていくのは、人の常とはいえ、神も非情な細工をしてくださると言いたくもなる。
『彩・円虹例句集』(2008)所載。
(清水哲男)
『地獄の裏づけ(極楽の文学)』-高浜虚子(『俳句への道』昭和30年)
「俳句は極楽の文学」とは、どんな生活に、又病気に苦しんでいても、俳句を作り、花鳥に心を寄せることで、一時的にも心が救われ、生きる勇気が出るということである。
はじめは、私の心に深く入らなかった。
しかし虚子先生が、自他の死に深く向き合って、俳句を作り、選をした上の言葉と分り、又、私自身が、心の葛藤と闘う中で、虚子が次のように言っているのに気づいた。
「極楽の文学は、あくまで地獄の裏づけあってのもので、地獄を背景としてある」
遠山に日の当たりたる枯野かな 虚子
「わが人生は概ね日の当たらぬ枯野の如きものであってもよい・・・・」とした真意が分り、俳句は、地獄の裏づけあっての極楽の文学と信ずるようになった。
深見けん二
二た昔とも昨日とも高虚子忌 深見けん二
世の中はすべて表裏一体と言うことでしょうか。
短所は裏から見れば長所であったり、
万事塞翁が馬・・・不幸が必ずしも不幸のままに終わらなかったり・・・
苦あれば楽あり・・・という言葉もありますし、
俳句・・・句作もあながち楽しいだけではないのかも知れませんね。
まぁ、練っている時は自分の知識の浅さ、語彙の少なさ、視野の狭さ・・・様々なことを思い知らされますし・・・。
それでも、頑張る・・・というのが人間に与えられた特権なのかも知れません。
頑張ろう。
『少年にカンナは揺れて見せにけり』
人生は選択の繰り返し。
昭和45、6年頃。
我が家は父と母と子どもが5人の7人家族。
やはり、生活は楽ではなかった。
父は職人でよく働いてよく稼ぐが、その分よく飲みよく使う。
父の給料日の日、その日一日だけはなんだか家族も浮かれていた様に思うが、その後2日経ち、3日経つと借金の返済やらなんやらであっという間に元の厳しい生活に戻る。
当時のガスコンロは鋳物で出来ていてマッチで火を点ける。
2口3口というコンロでもなければ、ましてタイマーなどついていない。
大体、生活にタイマーを使う様な事はなかった。
そのコンロで母が毎日子どものために麦茶を沸かしてくれていた。
けれど母も悩みが多かったのだと思う。
そのせいかどうか、月末近くの麦茶は煮詰め過ぎの様でなんだか濃かった様な気がした。






