一番最初に覚えた花の名前は朝顔だった?
チューリップかひまわりだった様な気がしないでもない・・・。
はたまた桜だったか、梅だったかも知れない・・・。
それでも、チューリップやひまわり、桜や梅よりも朝顔の方がずっと身近にあった。
 
幼稚園で朝顔を育てて、夏休みに入る日に家に持って帰る。
毎日お迎えに行っていた妻が、うちの二人の娘たちの時もそうして持って帰ったのだろう。
娘たちは自漫気に家に持ち帰ってきた朝顔のプラスチックの鉢のことを私に教えてくれた。
そして、数日間は朝顔の花が咲いているのを確かめる事が家族の日課になった。
朝顔は白やピンク、紫の花を咲かせていた様に思う。
しかし、それからしばらくすると、いつの間にか家族から朝顔は忘れられた。
やがて、夏休みが終わる頃、朝顔の蔓が支柱に絡みついたまま淋しそうに枯れているのに気づく。
私はそれを娘たちには伝えなかったと思う。
私は朝顔の枯れた蔓に残された乾いた小さな袋の中から、数粒の朝顔の種を取り出しポケットにしまった。
そして、家の中に戻り「朝顔の種を見つけた」とまるで宝探しで見つけた宝物を見せる様にポケットから数粒の朝顔の種を取り出しテーブルの上に置いた。
娘たちは目を輝かせその朝顔の種を手に取り声を弾ませた。
「あさがお、あさがお」
 
「口々にあさがおあさがお通学路」 誠治
 
「通学路」はフィクションであるが、娘達が口々に「あさがお、あさがお」とはしゃいでくれた、あのきらきらと輝いたその声は今でも私の耳の奥に残っているのである。
 
 
猫は自分が気持ち良くいられる場所を探す。
暑ければ日陰の風通しの良い場所。
寒ければコタツの中や毛布の上。
陽気がいい日には車のボンネットの上とか
陽のあたる部屋の窓のそばとか。
とにかく、気持ち良く眠るために気持ちの良い場所を探すのだと思う。
しかし、人間がエアコンの電気代を節約したいがばかりに
逃げ場のない暑さの中で眠らなければならない時もある。
それでも眠ろうとする猫を見ると、いささか不憫ではある。
 
私の暮らす地域から車で30分ほど東へ走ったところに伊里漁港がある。
新聞の地方版での記事だったか、フリーペーパーで知ったか、記憶は定かではないけれど、
年の暮れからこの時期にかけて、この港の市で「牡蠣の袋詰め」というのがあり、これに通うようになって10年近くなると思う。
毎年、年の暮れになると子どもたちがこの「牡蠣の袋詰め」を思い出す。
そして、前日から用意された軍手と発泡スチロールの容器を持って、日曜日の早朝に出掛ける。
しかし、数年前から詰め放題用に渡されるビニール袋が年々小さくなってきている。
詰め放題に詰め込んだからといって食べ切れるものではないのはわかっているが、
「詰め放題」という言葉に誰もが飛びつく様に、この言葉には人間の理性を失わせる力がある。
そうなると、いくら袋が小さくなろうがその小さな袋に「詰め放題」に詰め切らなくては男がすたると言うものである。
なので、男がすたってはならないと、牡蠣の重さを確かめながら、形を確かめテトリスよりジグゾーパズルよりはるかに難しい「牡蠣の袋詰め」に挑まなければならない。