大相撲ファンとまではいかないまでも、応援する力士はいる。

 

その一人が大関の安青錦、そして横綱大の里。なのだが、その二人ともが今場所は休場している。先ほど中継を観たがどこか寂し気だった。

 

先場所、一気に横綱に上り詰めると思っていた安青錦が怪我でよもやの負け越し。母国のウクライナが戦禍にあるだけに期待して応援していたが叶わなかった。

 

真正面で巨体がぶつかり合う真剣勝負の大相撲。コンクリートのような土俵に投げ飛ばされたり、高い土俵から後ろ向きに転落したりと、怪我がつきものだ。登場する力士を見ていてもサポーターのない力士はいないくらい怪我とも闘っている。

 

伝統を重んじる大相撲の精神は理解できるが、スポーツとしてみれば土俵のそれは力士の怪我への配慮はまったくない。土俵上での怪我であっても休場すれば番付が格下げされてしまう。だから力士たちは無理をしてでも出場し、怪我を悪化させ古傷になってしまうという悪循環に陥る。力士生命に及ぶこともある。

 

かつて、八百長相撲が問題となっていた頃と較べれば、今の真剣勝負の激しいぶつかり合いと緊張感は相撲ファンにはたまらない。そうであるだけに、もっと怪我への対策を近代化して、力士を怪我から守ることや、怪我を完全に治すために救済措置もいるのではないか。

 

力士ファーストが角界にもいるのではと、TV観戦をしながら想った。

 

 

 

 

痛点の密度で性格が決まる、のか。

 

熱いものを触ってもケロッとしている心友。その心友に驚いたことがある。旅先で自転車で一緒に走っていた時のことだ。車道から走行可能な歩道へ進路を変えようとしして、私は難なく乗りかえたのだが、心友は派手に転んでしまった。

 

心友の自転車は持ち運びができる折り畳み式でリムがとても小さかった。心友ご自慢のアルミ製の自転車は輸入車でRENAULTのロゴ、超軽い。折りたためば専用のバックに収まる。だが軽量のためのアルミ製の小さなリムがよもやの災いの元となってしまった。そのせいでわずかの段差にタイヤをとられてしまい転んだのだ。

 

脛を激しく打ったようで、擦りむき出血していた。なのに、心友はものともせずケロッとしている。「痛点が少ないけぇ大丈夫」と笑って見せる。これが私なら、病院に連れてってくれと愁訴していただろう。いやはや、超人なのかと思わされた。

 

その心友には他にも痛点の少なさがなせる武勇伝がある。BBQを楽しんだときのこと。熱いコンロを平気で素手で触っているので、大丈夫なのだと真似た私は火傷してしまい、笑われた。包丁で指を切り出血しているのに、これまた平気でケロッとしている。したたる血をみて気分の悪くなった私をみて、痛点自慢をしながら笑っていた心友であった。

 

痛点の少ない心友はそのまんまの性格で極めて楽観的。予防接種の注射にさせ生汗を流すような痛点の多い私の性格とは真反対だ。目の前で展開している不幸さえもポジティブに捉える。セロトニンが少ない日本人が圧倒的に多いのに、凄く稀な性格の持ち主なのである。

 

融通無碍を素で流し、貯えなどには興味もなく、「なんとかなるよ」で日々の人生を愉しむ。そんな奴。

 

どうやら、人の性格は痛点の密度が決めるみたいだ。

 

 

 

 

 

リビングの窓から見える山

その山に淡い桜色の点を配していた山桜たち

芽吹いた黄緑の山肌にくっきりしていた桜色が

薄れてしまっている

 

昨日の雨で散らされたようだ

 

雨に洗われたおかげで

明け方には遠くの山並みが

すっきりと見えて稜線が美しかった

 

今はまた春霞がかかっている

 

かつては風情のあった春霞も

大気汚染や花粉の悩ましさが

すっかり風情をかえてしまった

 

それでも季節は急ぐように移りかわっていく

 

 

 

 

LINEに送ったのビックニュースに

「えっ、ほんとに!?」

 と、驚いた友人

 

まんまとエイプリルフールにひっかかった

 

ネタ晴らしで、大笑い

 

笑えるウソなら大歓迎

笑えないニュースはもういい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、あいつらしい人生だった。

気ままに人生を渡り歩き、逝ってしまった。

 

その連絡は従弟の兄からの電話。

「わしも知らんかったんじゃけど、どうもそうらしい」

不義理があって、疎遠にしていた兄と弟。いつも、話にかならず冗談をさしこんでくる兄の喋りとは違う。その声のトーンから悲報はほんとうなんだとわかった。しばし、とつとつとした喋りを黙って聞きながら、そして受け止めた。

 

「はやいなぁ、それに幕の閉じ方も、らしいなぁ」そんな想いを巡らせていた。

 

人は必ず死ぬ。人は死ぬために生きているとも。

そうわかっていて、覚悟もそれなりにしている。そんなはずなのだが身近な存在が「いなくなる」のは、なかなかだ。

 

気ままといえば、ちょっと憧れも漂う。いい加減ともいえるものだった。相手が誰であれ、実に無防備に接してすぐに知り合いになる。生まれ持ったその才能で人から好かれるタイプだった。だから、気ままに転々と渡り歩くことが出来たのだろう。器用貧乏という言葉がぴったりで、それを誉め言葉だと笑い流していた。今風の男はつらいよのフーテンの寅さんのような。そんな身軽さを羨ましく思えたこともある。

 

最期まで、変えることなくその生き方だったようだ。

 

あっちの世界でも、気ままに渡り歩いているに違いない。