「今どれくらいかな?」と軽い気持ちでネットに車見積もりを入力した。

 

買い取り額をざっくり知りたかっただけなのだが、たちまち買い取り専門店からメールと電話が入ってきた。申し訳なくて「相場を知りたかっただけなので・・」と事情を伝える。

 

それでも1社は「ちょうど近くに担当スタッフがいるので見積もりだけでも・・」と丁寧な応対。「現車を見て正確な値段をお知らせします」ということになった。

 

若いスタッフは感じのいい方で10分くらいでチェック終了。今の中古車市場のことなども話してくれた。そして1時間後にはメールに買い取り額の通知がきた。その価格は想っていた以上の金額だった。

 

その業者さんからはその後は連絡は一切なし。軽い気持ちで入力してしまい、迷惑をかけてしまった。

 

私の方は想っていた以上の買い取り額に触発されて買い替えを考え始めている。問題なのは欲しくてたまらない乗りたい車が思い浮かばないこと。ビビッとくる車よ現れてくれ。

 

 

 

 

郷里にある柚子の畑。

 

この辺りは、”ゆずの里”とよばれ大ぶりの香り立つ柚子が豊かに実る。柚子の畑は几帳面な姉の夫のおかげでとても綺麗に手入れされている。毎年、11月末頃にお裾分けにあやかりに行く。

 

去年も柚子は豊作で、鮮やかな黄色の大きな柚子をたくさん貰った。むいた皮は小さく刻み冷凍にして料理につかい風味を愉しむ。柑橘をしぼる小さな器具でポン酢をとりこれも冷凍保存にして料理に使い重宝している。

 

柚子の実には大きな種がたくさん入っている。その種をグリセリンに漬け込んで美容液にする。皮の下にある白身の部分は栄養価が高くジャムなどに調理する。だから柚子の実に捨てるところはない。

 

そんな一連の作業を終えて、ふと想いつき遊び心で大粒の種を選んで12個ほど、バルコニーにあるバラのハチの端に埋めておいた。

 

すると、この春に芽を吹いた。几帳面に12本も。5センチくらいになったところで小さいプランターに移した。すくすく伸びて15センチくらいに育ったので2本を残して、この前、墓参りを兼ねて里へ行き空き地に植えてきた。

 

「桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年」そんな諺が郷里にあった。あの小さな苗木が実をつけるのは18年先のことなのだろうか。息の長い楽しみができた。

 

 

 

 

 

ワクワク感の少ない日々だと一日が早くすぎる。

 

というわけで、今年もあっという間に6月になってしまった。低い鉛色のどんよりした雲がたち込める梅雨入りらしい空を眺めながら、そんなことを想っていた。

 

そうそう、とても気がかりだった事は、思わぬ急な展開で解決したと連絡が入った。電話の向こうの弾んだ声が好転のボリュームを物語っている。よかった、よかった。

 

もうひとつの気がかりな件は、好転の兆しすらない。窓の外のこの空のようだ。

 

そういえば、去年はアクシデントの当たり年だった。長年の友ふたりと立て続けに決別する破目に。まっ、そんな年もあるのだろうと、あきらかにながめた。それと較べれば今の気がかりは可愛い。そのうちに解けていくにちがいない。

 

去年の後遺症からか、夢中になれるようなワクワクがやってこないかと、むしのいいことを想っている自分が、ちょっと哀れでおかしくもある。

 

 

 

 

 

お気に入りの楢材のテーブル。

そのテーブルに小さな観葉植物を置いている。

 

この前、水をやり過ぎてしまったのを気づかず、鉢の受け皿から水があふれ、受け皿の下に敷いていた黒い革が濡れたままで数日が過ぎてしまった。そのせいでテーブルの盤面に黒いシミがくっきりと出来てしまった。

 

水拭きしてもとれない。サンドペーパーをかけたり色々と試したが黒いシミが目立つまま。万策尽きて最後の策で、ペーパーに漂白液を染み込ませてシミの箇所へ張ってみた。数分そのままにして見ると、濡れているうちは変化はなかったのだが、乾いたらシミはほとんど目立たなくなった。

 

だが、今度は漂白液を張り付けた箇所が白くなり、オイル仕上げの茶系の風合いが台無しになってしまった。過ぎたるは及ばざるとはこんなことか。

 

目につくたびに気になるので、今日、ホームセンターでナチュラルカラーのオイルを手に入れた。テーブルの盤面全体を同じように処理して、その後でオイルで拭いて仕上げれば元の状態になるのではと想っている。思惑通りに成功するか、さらに悪化させてしまうのか、さてさてどうなることやら。

 

そうそう、オイルが3倍ちかく値段が上がっていてびっくりした。何もかも高騰してしまい、円の価値はどんどん下がるばかり、ムッとする。

 

 

 

 

大相撲ファンとまではいかないまでも、応援する力士はいる。

 

その一人が大関の安青錦、そして横綱大の里。なのだが、その二人ともが今場所は休場している。先ほど中継を観たがどこか寂し気だった。

 

先場所、一気に横綱に上り詰めると思っていた安青錦が怪我でよもやの負け越し。母国のウクライナが戦禍にあるだけに期待して応援していたが叶わなかった。

 

真正面で巨体がぶつかり合う真剣勝負の大相撲。コンクリートのような土俵に投げ飛ばされたり、高い土俵から後ろ向きに転落したりと、怪我がつきものだ。登場する力士を見ていてもサポーターのない力士はいないくらい怪我とも闘っている。

 

伝統を重んじる大相撲の精神は理解できるが、スポーツとしてみれば土俵のそれは力士の怪我への配慮はまったくない。土俵上での怪我であっても休場すれば番付が格下げされてしまう。だから力士たちは無理をしてでも出場し、怪我を悪化させ古傷になってしまうという悪循環に陥る。力士生命に及ぶこともある。

 

かつて、八百長相撲が問題となっていた頃と較べれば、今の真剣勝負の激しいぶつかり合いと緊張感は相撲ファンにはたまらない。そうであるだけに、もっと怪我への対策を近代化して、力士を怪我から守ることや、怪我を完全に治すために救済措置もいるのではないか。

 

力士ファーストが角界にもいるのではと、TV観戦をしながら想った。