こんな時であるからというわけではない。

人に対して四則計算をする。


悲しみ、苦しみといった痛みには割り算を

喜び、楽しさには掛け算を

絆には足し算を

ゴシップには引き算を



(÷)誰かが痛みを抱えていたら心を寄せて当事者と共に痛みを共有して分母を増やして痛みに対抗。


(×)誰かが喜んでいたら一緒に喜んでみる。相手も自分も楽しい…つまり喜び2倍。


(+)絆や出会い、人と人の輪をしっかりと手を繋いで1つ1つ増やしていく。


(-)どんな状況であれゴシップは自然と自身の心から沸いてくる…自分の心の中からゴシップを楽しい事を考えて1つ1つ消していく。


*地震のこと

募金や物資の支援には頭が上がらない。

どうか、みなの心が闇に引き込まれませんように。



上海で勉強を始めて、もうすぐ2ヶ月。


とても恵まれた環境で勉強できている。


大変なことも無いとは言えないけど、周りの人たちの優しさや笑顔があるから「大変」ということが気にならない。


様々な国の学生と勉強していると、やっぱりターゲットに向かって歩んでいきたい。

何度か背を向けた自分の夢を目指すことにする。

このまま挑戦しなかったら40歳50歳になって後悔すると思うから。


大学院で勉強して、政治や紛争の影響で生命や生活の不安定という脅威を強いられてる人の力になりたい。

conflict&securityの大学院はアメリカ・イギリスにしかないから、今以上に勉強をしないと・・・。


自分がどうしても譲れないものは人々の笑顔なんだと思う。

太陽のような大きく明るい正義のヒーローにはなれないけど、ロウソクのように細やかな火を心に灯す誰かのヒーローにはなれると思ってる。


この地球を笑顔でいっぱいにしたい。



千手観音と向かい合ったとき、何を感じるか。


千手観音は文字通り、千の手に仏像から弓、ぶどう・・・っていうように様々な物を持っている。

きっと、千手観音がてにしている物は「私たちに与えられる物」と捉えがちだが、「手放すべき物」と捉えたらどうだろうか。

あまりに現代人は物を持ちすぎて考えすぎているように感じる。ポケットやカバンが満タンで大事な時に走れるだろうか。

多くの物に囲まれ、それに依存し、生活をすることで「自分は何者であるか」という問いに答え辛くなっているのではないか。

手放すことで、新しい物が入ってくる。現状に変化をつけるには手放すということも選択肢に入れていいと思う。


神仏に祈るとき、「与えてもらおう」ではなく逆に気持ちを「ぶつけて」みてはどうだろうか。また、自分の気持ちや願いをする時に、1割の時間だけでも他者の為に祈ることも有りだ。


子ども手当、高校無償化、高速無料化・・・与えられるという受け身な世の中の流れだからこそ、いま誰かの為にできることを自らやってみることが大事であると感じる。


愛や優しさ、笑顔というものは与えることが前提だと思っている。残念ながら、待っていて得られるほど世の中は温かくない。だからこそ、今すぐに愛や優しさ、笑顔が返ってこなくても、一方通行でも良いから与えていきたい。


いつか、この投資が温かい空気を帯びて芽吹くとき、立ち会えたら最高だ。