昔も書いたことあった気がするけど…
私がの子供の頃、うちは、貧乏だから!と、高価なおもちゃも、外食とか、ほとんどなかったに、近い。
洋服も長女だったけど、新品より県外のいとこのお姉ちゃんのお下がりが、時々、ドデカイ箱で届くので、とっても、楽しく洋服を選んでいたと思う。
6年生の時に、セーラー服が流行って、みんな着ていて、すごく、おねだりして買って貰った記憶がある。
でも、その後はあまり、人と一緒と言うものには、興味がなくなった。
はじめての自転車はお年玉が、これだけたまったから、これから買うよ。と、通帳を見せられた記憶もある。
だけど、今考えると、習い事に関しては、やりたいと言ったことには、ほぼ、やらせて貰った気がする。
一番大きなものは、ピアノ。
別段上手くもならなかったが、習うと言ったら、ピアノが、うちに届いた!
今考えるとすごいよね。
これは、いまでも実家にあり、妹やいとこ、今は次男の物になっている
ホントに好きだったかと言われると微妙だけど、ピアノ買った手前やめられないわな…
でも、ピアノを習っていたお陰で、今はスッカリ忘れちゃったけど、楽譜を読むのに苦労しなかったな~
結局、誉められるのは声楽の方でした。
習字も中学3年、三段まで頑張ったけど、これまた、別段表彰されたりすることもなく…が、6年くらい続けたのかな?
年代的に知ってる人は知っているポピー!
やらないので、すぐにやめたけど、やらせて貰った。
剣道!
これは、父と弟が、始めて、見ていたら自分もしたくなり、させてもらった。
父が亡くなってしまい、通えなくなって辞めました。
硬筆検定が大好きで中学生までは毎年受けさせて貰った。
高校は商業高校だったので、当時受けられるものは全部受けた。
貧乏、貧乏って言われてたし、ホントに裕福ではなかったと思うが、とりあえず、やりたいと言ったことはさせてもらった。
親が贅沢品と判断したものは、絶対に買ってくれないし、おこずかいと言うものも、ほとんど貰った記憶がない。
だから、私も子供たちが小さい頃から、よく、うちは、貧乏だから!と言って、私が無駄と思うものは、買わなかった気がする。
そんな、我が家で育った長男は、小学1年生の時、集金袋いらない事件を起こした…
担任の先生に集金袋を持たされるのを断固拒否!お母さんは貧乏だから!
長い教師生活の中で先生も初めての経験だったと思う…
夜、電話があり、長男君のお勉強のためのお金だから、お母さんは払ってくれるから、大丈夫だよと、説得して渡しましたので…
いやはや、お恥ずかしい珍事件でした。
そんな、長男が保育園の時から、スイミングに行きたい!と、言い出したのですが、就学前は、保護者同伴だったので、1年生になったら♪と、言い聞かせていました。
めでたく、1年生になった長男は、さぁ、ソロソロ通わせてやるか!とおもった、矢先に骨折…
治って秋くらいに通えるようになりました。
6年間これまた、大会の選手に選ばれるとかないけど、着々と上達し、バタフライまで、こぎ着けて、スイミングを卒業しました
負けず嫌いだったのに、なぜかそこは、水と泳ぐことを楽しんでいるだけで、競技として速くなりたいとか、ならなかったのはなぜだろう…
次男も1年生になるのを待って、スイミングに入るのですが、こいつもまた、入学してほどなく、骨折…治ってからの入門でした
長男4年生、友達が入ったミニバスケットクラブに入ると言うので、3年生までは児童クラブが、あったけど4年生からは、入れないので、放課後一人は、すごく嫌だったので、入団させて頂きました。
うちの子が、入ると言うので、一悶着も二悶着もあり、その後、練習までは無理だけど、試合関係はすべて付き添うと言う私の試練の日々がまっておりましたけど。
これまた、次男もやりたいと言うので、4年生から、入団しました。
チャレンジをしたいと言い出した長男。とりあえず、次男も一緒に始めるも、次男は付録しか、使わないので、次男はさっさと辞めさせました。次男は5年生頃、また、やりたいと言うので、もう一度チャンスを与えたが、やらないので、最短の2ヶ月で辞めさせました。
英語教材のサンプルがイロイロ届くようになった頃、長男がビーゴと言う教材を欲しがったので、買ってあげました。
やー、たかかったけど頑張っていたので、大金はたいた甲斐がありました。
今でも英語は得意科目のうちですね。
その次は塾!
お試しをやっているところをまわり、断られ…うちで!と言ってくださった塾長のもと、まずは、パズル道場なるものに、通うことになります。長男、もっと早くに出逢っていればと先生が残念がってくださるほど、スピード進級でした。
バスの行き帰り乗る場所と時間表の見方を教え、時間を見て、バスに乗り、塾に通う。
自分で時間を見て行動する。
かなり、いい訓練になりましたよ。
これも、すったもんだありましたけど。
支援クラスでの練習を実戦で、学ぶいい機会でした。
お陰で、忍耐強く問題を解く楽しさを覚え、算数が、得意になりました。
苦手な文章問題はチャレンジで、克服してくれたと思います。
読書が好きなくせに、未だに国語が苦手ですけど…
小学5年時の長男を見ていて、高校受験がとても、心配になりました。
塾で定期的にテストがあったのですが、わからない問題に当たるとそこを飛ばして、先へ進む事ができず。
終わったあと時間をもて余して、じっとしていられない。(学校では終わったら読書させる習慣を切り上げていなかった)
見直しをするのが嫌で、やらないので、ケアレスミスが、多い。
なので、高校受験を私立と公立と2校チャレンジさせました。
これは、私の立案で、支援してくださっていたかたも、賛成してくださったので…受けるのもただではないので…ま、公立は補欠に引っ掛かったものの、見事に落ちましたが、この受験をめざして、勉強に取り組んだり、実際に試験を受けたことが、大きな糧となり、高校受験は、見事に合格を果たしました。
何事もチャレンジ精神は、親から受け継いだもののようです
なぜ、そんなにお金があるのと?思われるかも知れませんが、私もよくわからないのですが、昔から、あの生活してて、何で貯金できるのとか、よく言われたものです。
高校生の時から自分で働いたお金で、欲しいものを買い。遊び。貯金。と、していたので、人とは多分お金の使い方が違うんだと思います
お金をかけたくないものには、徹底してお金をかけない。(余裕があれば欲しいものも買わない)
お金がないと思ったら、貧乏カウントダウン生活を楽しむ。
500円玉貯金!(旅行とかのため)
どうしても足りなかったら、この貯金箱から、使うが、お給料が入ったら返金する。
次男はバスケ部に行かなくなってから、ピアノ教室に通うことになりました~
一回1000円!入会金など、なし!
部費より少し高くなったけどなんとかなるかな。
何より、とても、楽しそうです。
平日は実家にいって練習しています
私がの子供の頃、うちは、貧乏だから!と、高価なおもちゃも、外食とか、ほとんどなかったに、近い。
洋服も長女だったけど、新品より県外のいとこのお姉ちゃんのお下がりが、時々、ドデカイ箱で届くので、とっても、楽しく洋服を選んでいたと思う。
6年生の時に、セーラー服が流行って、みんな着ていて、すごく、おねだりして買って貰った記憶がある。
でも、その後はあまり、人と一緒と言うものには、興味がなくなった。
はじめての自転車はお年玉が、これだけたまったから、これから買うよ。と、通帳を見せられた記憶もある。
だけど、今考えると、習い事に関しては、やりたいと言ったことには、ほぼ、やらせて貰った気がする。
一番大きなものは、ピアノ。
別段上手くもならなかったが、習うと言ったら、ピアノが、うちに届いた!
今考えるとすごいよね。
これは、いまでも実家にあり、妹やいとこ、今は次男の物になっている
ホントに好きだったかと言われると微妙だけど、ピアノ買った手前やめられないわな…
でも、ピアノを習っていたお陰で、今はスッカリ忘れちゃったけど、楽譜を読むのに苦労しなかったな~
結局、誉められるのは声楽の方でした。
習字も中学3年、三段まで頑張ったけど、これまた、別段表彰されたりすることもなく…が、6年くらい続けたのかな?
年代的に知ってる人は知っているポピー!
やらないので、すぐにやめたけど、やらせて貰った。
剣道!
これは、父と弟が、始めて、見ていたら自分もしたくなり、させてもらった。
父が亡くなってしまい、通えなくなって辞めました。
硬筆検定が大好きで中学生までは毎年受けさせて貰った。
高校は商業高校だったので、当時受けられるものは全部受けた。
貧乏、貧乏って言われてたし、ホントに裕福ではなかったと思うが、とりあえず、やりたいと言ったことはさせてもらった。
親が贅沢品と判断したものは、絶対に買ってくれないし、おこずかいと言うものも、ほとんど貰った記憶がない。
だから、私も子供たちが小さい頃から、よく、うちは、貧乏だから!と言って、私が無駄と思うものは、買わなかった気がする。
そんな、我が家で育った長男は、小学1年生の時、集金袋いらない事件を起こした…
担任の先生に集金袋を持たされるのを断固拒否!お母さんは貧乏だから!
長い教師生活の中で先生も初めての経験だったと思う…
夜、電話があり、長男君のお勉強のためのお金だから、お母さんは払ってくれるから、大丈夫だよと、説得して渡しましたので…
いやはや、お恥ずかしい珍事件でした。
そんな、長男が保育園の時から、スイミングに行きたい!と、言い出したのですが、就学前は、保護者同伴だったので、1年生になったら♪と、言い聞かせていました。
めでたく、1年生になった長男は、さぁ、ソロソロ通わせてやるか!とおもった、矢先に骨折…
治って秋くらいに通えるようになりました。
6年間これまた、大会の選手に選ばれるとかないけど、着々と上達し、バタフライまで、こぎ着けて、スイミングを卒業しました
負けず嫌いだったのに、なぜかそこは、水と泳ぐことを楽しんでいるだけで、競技として速くなりたいとか、ならなかったのはなぜだろう…
次男も1年生になるのを待って、スイミングに入るのですが、こいつもまた、入学してほどなく、骨折…治ってからの入門でした
長男4年生、友達が入ったミニバスケットクラブに入ると言うので、3年生までは児童クラブが、あったけど4年生からは、入れないので、放課後一人は、すごく嫌だったので、入団させて頂きました。
うちの子が、入ると言うので、一悶着も二悶着もあり、その後、練習までは無理だけど、試合関係はすべて付き添うと言う私の試練の日々がまっておりましたけど。
これまた、次男もやりたいと言うので、4年生から、入団しました。
チャレンジをしたいと言い出した長男。とりあえず、次男も一緒に始めるも、次男は付録しか、使わないので、次男はさっさと辞めさせました。次男は5年生頃、また、やりたいと言うので、もう一度チャンスを与えたが、やらないので、最短の2ヶ月で辞めさせました。
英語教材のサンプルがイロイロ届くようになった頃、長男がビーゴと言う教材を欲しがったので、買ってあげました。
やー、たかかったけど頑張っていたので、大金はたいた甲斐がありました。
今でも英語は得意科目のうちですね。
その次は塾!
お試しをやっているところをまわり、断られ…うちで!と言ってくださった塾長のもと、まずは、パズル道場なるものに、通うことになります。長男、もっと早くに出逢っていればと先生が残念がってくださるほど、スピード進級でした。
バスの行き帰り乗る場所と時間表の見方を教え、時間を見て、バスに乗り、塾に通う。
自分で時間を見て行動する。
かなり、いい訓練になりましたよ。
これも、すったもんだありましたけど。
支援クラスでの練習を実戦で、学ぶいい機会でした。
お陰で、忍耐強く問題を解く楽しさを覚え、算数が、得意になりました。
苦手な文章問題はチャレンジで、克服してくれたと思います。
読書が好きなくせに、未だに国語が苦手ですけど…
小学5年時の長男を見ていて、高校受験がとても、心配になりました。
塾で定期的にテストがあったのですが、わからない問題に当たるとそこを飛ばして、先へ進む事ができず。
終わったあと時間をもて余して、じっとしていられない。(学校では終わったら読書させる習慣を切り上げていなかった)
見直しをするのが嫌で、やらないので、ケアレスミスが、多い。
なので、高校受験を私立と公立と2校チャレンジさせました。
これは、私の立案で、支援してくださっていたかたも、賛成してくださったので…受けるのもただではないので…ま、公立は補欠に引っ掛かったものの、見事に落ちましたが、この受験をめざして、勉強に取り組んだり、実際に試験を受けたことが、大きな糧となり、高校受験は、見事に合格を果たしました。
何事もチャレンジ精神は、親から受け継いだもののようです
なぜ、そんなにお金があるのと?思われるかも知れませんが、私もよくわからないのですが、昔から、あの生活してて、何で貯金できるのとか、よく言われたものです。
高校生の時から自分で働いたお金で、欲しいものを買い。遊び。貯金。と、していたので、人とは多分お金の使い方が違うんだと思います
お金をかけたくないものには、徹底してお金をかけない。(余裕があれば欲しいものも買わない)
お金がないと思ったら、貧乏カウントダウン生活を楽しむ。
500円玉貯金!(旅行とかのため)
どうしても足りなかったら、この貯金箱から、使うが、お給料が入ったら返金する。
次男はバスケ部に行かなくなってから、ピアノ教室に通うことになりました~
一回1000円!入会金など、なし!
部費より少し高くなったけどなんとかなるかな。
何より、とても、楽しそうです。
平日は実家にいって練習しています