一応、改元まで生きれた。
改元後は何年もつか知らんが、周りが予約準備を始めた東京オリンピックの予約はしない。わからんもんね、口には出さないけど。

あの陽気な長嶋一茂さんが、大切な人を立て続けに亡くし自分も死んだと告白した番組は衝撃だった。いくら大切な家族がいてもそれは別で、死にたくて死ななくて、でも自分は死んだつもりだから、今生きてるだけ凄いから何でも言えるらしいもぐもぐ

生きるも死ぬも自分が決める。羨ましい潔さ。家族は大事だけど自分は家族のために頑張ったし、後は自分が決める。うんうん。

家族や友人みな私に生きて欲しいから、治療頑張ってとか言うのはあたりまえ。まあ、それ以外の言葉は言えないだろうしな。
でももう結構な治療してきたし、外科手術は頑張れても化学療法はもう二度と無理だね。
絶対治るお墨付きなら考えるけど、わからんまま体が弱り仕事出来ず、なら治療なしの選択もアリだろう。

死を選ぶ訳では無い、生き方を選ぶと言っても、伝わんないだろーな。

私が死んでも私は悲しくないけど、周りは悲しいんだろうしな。

何もしてやれなかったとかの後悔はいらんよ。
十分良くしてもらいました。

理不尽に殺されたわけじゃない。
戦争のない時代に生まれて、食べるにも困らず、毎日風呂も入れて、住む家があって。治療も受けれて。欲しいものも、だいたいは手に入る。

令和も平和でありますように。