その2年間、担任の先生が同じ人間だったため、中学2年生の時か3年生の時か持ち合わせる記憶だけではハッキリしないが、まぁその担任に、道徳の授業で"江戸しぐさ"というものを習った事をよく覚えている。


"江戸しぐさ"というものは江戸時代に人々が心地良く過ごすために生まれたマナーのようなものらしい。

例えば江戸しぐさの1つである"傘かしげ"は、雨の日に道で人とすれ違う時、傘を外側に傾けることで相手が濡れないようにする気遣いである。

(当時の江戸は世界で人口が最も多かったため、道は常に混雑していて、このようなマナーの数々が必要不可欠であったとの事だ。)


他にも"うかつあやまり"と呼ばれる江戸しぐさがある。

"うかつあやまり"とは、例えば誰かに足を踏まれた時、(普通なら足を踏んだ方が謝るが)
「こちらこそ、うかつでした」
と足を踏まれた側が謝ることで場の雰囲気を良く保つ、というものだ。


担任は、これらの"傘かしげ" や "うかつあやまり" を含む江戸しぐさを淡々と紹介し、
「江戸時代の人々のように、今日習った江戸しぐさを皆さんも日々実行していきましょう。」
と最後に話した。


授業が終わったその瞬間に俺は座っていた椅子から立ち上がり、ダッシュで先生の元に向かった。

そしてその担任の足を思いきり何回も何回も踏みつけた。

担任は、いってぇな!ふざけんな! と怒鳴った。
そして、それでも足を踏み続けている俺を突き放すように手で押したので俺は足を踏むのをそこでやめた。


その日から卒業まで待ったが、
その担任から数十回に及ぶ「こちらこそうかつでした」が返ってくることは無かった。