奥○恵と僕 | 戦争は終わった WAR IS OVER

奥○恵と僕

恥ずかしながら、僕はかつて奥○恵というアイドル女優にのめりこんだことがある。熱病というのか、寝ても醒めても奥○恵のことが頭から離れないという状態が、何年か続いた。

彼女の虜になったきっかけが何だったのかは、よく覚えていない。たぶん雑誌か何かでグラビアを見たのが最初だったのだろうと思う。それから彼女の出演するテレビ番組をチェックし、映画やビデオを見て、彼女がグラビアを飾っている雑誌は欠かさず買い、彼女の出演する舞台を熱心に見に行ったりした。

『週刊テレビガイド』で彼女の1週間の動向をチェックし、追いかけることが毎週の欠かせない行動となった。ここまでは普通のアイドルファンの域を出ていないが、彼女に対する関心はどんどんエスカレートし、雑誌に載っている写真や情報の断片から彼女の通っている学校を特定し、本名を探り、住んでいる場所を特定し、そのあたりを「散歩」したりするようになるに至った。こうなるともはやストーカーに近い。

彼女の本名は比較的、というか相当珍しい苗字なので、彼女の実家のある地域の住宅地図を調べても件数は限られている。一度、彼女の通った小学校の近くにある、彼女の本名と同じ家を住宅地図で調べて、行ってみたことがある。何をするというわけでもなく、ただ家の前を通り過ぎて帰ってきただけだったのだが、今から考えたら、とんでもなく危ない奴だ(もう時効だと信じて、どうかお許しください)。

当時の僕をそこまで奥○恵に引き付けたものは何だったのか。ピュアで透明な存在感がどうとか、瞳に力があるとか、もっともらしい理由は何とでも書くことができるが、要するに、彼女のつらがまえに惚れたのである。当時は奥○よりも広末涼子の方が人気があったのだが、広末にはたいして魅力を感じなかった。広末がビートルズとすれば奥○はストーンズで、常にカウンター的な存在を好む僕の天邪鬼な性格がそう仕向けたのかもしれない。

奥○恵のテレビ出演作としては、岩井俊二監督の出世作『打ち上げ花火 下から見るか横から見るか』(後に映画化)や、キンキキッズと共演した『若葉のころ』『青の時代』が代表的なところだろう。伝説的な可愛さとしてファンの間では伝説になっている『とっても母娘』は、僕がファンになる前の放映だったので、残念ながら見ることができなかった。

あとは時たま出るトーク番組やバラエティ番組で可愛さを振り撒いていたが、トークは基本的に苦手で、今のバラエティに必要な笑いの反射神経も持ち合わせていなかったので(そこから「おっとりした性格」という印象が形成されたのだと思う)、そういう番組ではいつも浮いていた。そこがまたファンには堪えられなかったりする。しかし、中山秀征とやった日曜昼のバラエティ『トロトロで行こう』という番組だけは、あまりにも番組の進行から浮き上がっていて、見ていられない位だった(番組そのものも悲惨だったのだが)。毎回顔を覆いたくなるような状態で、思わず真剣に事務所(パーフィット・プロダクション)に止めさせてくれと手紙を書こうとしたほどだ。彼女の数多い仕事の中でも、あれだけは失敗だったと断言できる。

彼女の本領が発揮されるのはやはり舞台だと思う。『アンネの日記』は2年とも見に行ったし、市川染五郎と共演した『ハムレット』も見た。『アンネの日記』は、歌も演技も素晴らしかった。ただのアイドルではない、という評価を得たのもあの舞台が大きかったと思う。

歌手としても3、4枚アルバムを出している。今はもう持っていない(結婚するときに奥○関係のものはすべて処分した。)が、どれもクオリティの高い作品だった。音楽にはちょっと五月蝿い僕が聴いても、良質なポップスとして愛聴できた。一度だけコンサートもやった。そのビデオも買ったが、正統派のじつにいい作品だった。

奥○への関心が薄れたのは、僕自身の結婚と軌を一にしている。だから、松尾スズキと組んだ『キレイ』も、『天国のKISS』も、『呪怨』も『弟切草』も『ビギナー』も知らない。気がついたら、奥○自身も結婚していた。その前に、押尾学とのH写真がBUBUKAに掲載されて多くのファンにショックを与えた。あの事件でそれまでのファンも急速に離れたのだろう。数多くあったファンサイトも今はほとんど消滅している。

今年の2月にITベンチャー企業の社長と結婚したときには、玉の輿などとずいぶんやっかみ半分の声もあったようだが、もはや彼女に関心を失っていた僕は「ふーん、お幸せに」という以上の感想は持てなかった。

最近、彼女の夫であるサイバー・エージェント社長藤田晋氏のブログを見つけて、そこにときどき間接的に登場する彼女を懐かしさ半分、今どうしてるんだろうという好奇心半分で、ちらちらと読んでいた。

ところが、最近、奥○自身が匿名で書いているブログがある、という情報を偶然ネットで知った。覗いてみたところ、そこに含まれている情報や内容から、間違いなく奥○本人のブログであると確信した。

ログが削除されかけているようなので、必死で保存して、一通り読んでみた。ここに書かれているのは疑いなく素の彼女の心情であろう。これを読んで、彼女に対する僕のイメージはよい意味で裏切られた。といっても、正確に言えば、基本的な性格は僕がすでに把握していたとおりなのだが(僕は奥○の内面については奥○以上に深く知っているという自負がある)、僕が入れ込んでいた頃の少女が、すっかり成熟した大人の女性になっていた、ということへの軽い驚きである。

僕は以前彼女の書いた文章はほとんど読み込んでいる。それらは語彙も稚拙で、素直ではあるが幼いとさえいえる感情表現以上のものはなかった。ところが、このブログには、僕の知っている奥○らしからぬ洗練された表現が多用されている。そのことにまず驚いた。もう彼女も25歳なのだから、当然といえば当然なのだが。例えば、ブログのタイトル「匿名女優ノート」の下には、次のように記されている。

「日々の出来事を記してみようと思います。若輩ゆえ、稚拙な文章をお許しください。何卒です。」

 「若輩ゆえ」とか「稚拙な」とか「何卒」とか、僕の知っている奥○のボキャブラリーにはなかったはず。ここには、知的で茶目っ気があり、可愛くて仄かな色気すら漂わせている一人の大人の女性がいる。

 特に驚いたのが、次の文章。

「2004年07月30日
表裏一体
私は生と死の狭間でなんとか生きている。
昔から人の嫌なところばかり見てきてしまった。
愛情の裏に潜む卑しい心。
私は愛に飢えている。人を愛する喜びはなんとか知っても、愛される欲求を止めることができない。
抱きしめて欲しい、名前を呼んで欲しい、目を見つめて欲しい、心で深く繋がりたい。愛というものが愛おしくもあり、そして怖いのだと思う。
この孤独が自分の心の奥底に眠るコンプレックスとして私を蝕んでゆく。
愛が存在しないところに私は存在できない。
此れに負けたとき、私は居なくなってしまいそうな気がする。でも卑屈になったりはしない。人のせいにもしない。全ては自分の歩んできた道なのだから。
人には変われる可能性が無限にあると信じている。
孤独を愛さなければ。孤独と共存しなければ。全ての愛のために深い慈愛を。。。」

 これは、奥○の実存から発せられた言葉にほかならない。少女の頃の奥○は、上のようなメッセージを、その稀有な存在感そのものによって、言外に僕たちに伝えていた。しかし、ここには、自分自身の内奥にある感情を、しっかりと対象化して、言葉で表現できる一人の女性がいる。

 表面的に見れば、仕事が忙しくて中々帰ってこない夫に対する新妻の寂しさを表現したものとも読めるが、到底それだけには収まらない激しい感情がそこには込められている。

 彼女が10代で味わってきたのであろう、奥○恵をして「生と死の狭間でなんとか生きている」と言わしめるような経験が、具体的にはどんなものだったのか、知る由もない。

「昔から人の嫌なところばかり見てきてしまった。愛情の裏に潜む卑しい心。」

この言葉から推測できるのは、彼女の生きてきた芸能界という特殊な世界におけるさまざまな葛藤や経験のことだ。あるいは、芸能界入りする前にも、何かがあったのかもしれない。

奥○は、10代の頃から、何かそういうもの(幼少時の不幸な体験と関わっている?)の存在を感じさせる部分があった。その、彼女の存在に纏わる影のようなものが、彼女の演技に無意識のうちに陰影を与えていた。

「私は愛に飢えている。人を愛する喜びはなんとか知っても、愛される欲求を止めることができない。」

奥○恵は何人もの男とつきあっているというような噂が立っていたことがある。押尾学との写真はその噂を立証するものに思われた。女優という職業柄、魅力的な男と出会う機会には事欠かなかったであろう、心に癒され難い傷を抱えた少女が、しばしば誘惑に勝てなかったとしても、僕は特段責める気にはなれない。

 セックス依存症に陥る少女はほとんど例外なく、幼い頃に両親の愛情を十分に与えられなかったという経験を持っているという。奥○がそうだというわけではないが、愛情に関する何か深いトラウマが、彼女の絶え間ない愛への飢餓感につながっているのかもしれない。

 この文章の中には、「孤独」という言葉が何度も出てくる。孤独に蝕まれそうになりながらも、孤独を愛さなければ、孤独と共存しなければ、と彼女は自分に言い聞かせている。

最後の、「全ての愛のために深い慈愛を。。。」という一節はいくぶん意味不明だが、表面的に解釈すれば、「自分が夫の愛を独占することを我慢することで、全体により多くの愛が行き渡るよう、深い慈愛の心を持ちたい」というような意味なのかもしれないが、ここには、奥○の持っている霊的なもの、超越的なスピリチュアリティへの憧憬のような感情が表現されていると読み込むことも可能だろう。

 いずれにしても、ここには自己の内面を劇的な文章の形で表現できる一人の女優がいる。まだ若干の幼さは感じさせるが、そこが彼女の魅力だと今でも素直に思える。
 
 もうひとつ、彼女の文章の中に目立つのは、精神的なものへの関心の高さだ。ヒーリングや自然療法に凝ってみたり、Oリングテストをやって自分に合う石を集めたり、ヨガで自分の内面を見つめてみたりと、スピリチュアルなものへの志向は相当に強い。

 芸能人が新興宗教や自己啓発セミナーにはまるというパターンはありふれたものだが、奥○の場合、そういうものではなく、もっと個人的な内面性の探求に向かっている印象を受ける。

 一般に芸術的な仕事に従事している人は通常人よりも霊的なものに引かれる傾向がある。芸術とは自己の内面を深く見つめ、それを外に向けて表現する行為に他ならないから、芸術家が内面性(精神性、スピリチュアリティ)の探求に向かうことはある意味当然といえる。

 奥○の場合、それに加えて、インタビューなどでもよく語っているように、かなり霊感が強く、彼女自身が霊媒的な資質を備えているようだ。彼女にとって舞台女優が天職であるという秘密が、ここにある。

 舞台女優という存在には、ある意味、巫女と類似した部分がある。大勢の聴衆の中で、舞い、歌い、演技し、非日常的な高揚感を聴衆に提供する。舞台演劇におけるステージと聴衆との一体感、高揚感の中で、独特の磁場が形成される。この体験はテレビや映画では起こりえないものだ。

 奥○恵は、ステージに登場しただけで、何か聴衆との間に化学反応を起こし、磁場を生み出すような、独特の存在感と雰囲気を備えている。これには彼女の霊媒的な資質が大いに関係していると思われる。松尾スズキやケラリーノ・サンドロビッチのようなマニアックな劇団の演出家が好んで彼女を起用するのは、彼女のこうした資質を見抜いてのことだろう。

 奥○が、自らの霊媒的な資質を明確に自覚し、その資質を、少女の頃のように無意識的にではなく、意識的に演技の中で活用するようになったとき、途方もない女優が生まれるのではないかという予感が僕にはある。

 しかし、そういうスピリチュアルな能力を、自己の力だけで目覚めさせることはできない。彼女がその稀な資質を安全に開発し、上手く発達させることのできる適切な指導者を見出すことができるかどうかが、今後の奥○恵の女優としての運命を決めるのだろう。

 最後に、彼女のブログから、僕が読んで感銘を受けた文章を引用したい。

(引用開始)

命  2004.06.07 00:31:47
私は広島で生まれました。年代は違うけれど原爆が落とされた8月6日に生まれました。私自身、戦争を経験したことはありませんが、周りに戦争体験者や原爆によって家族を失ってしまった人たちもたくさんいたのでそんな環境の中で育ってきて日頃から平和を望む心や、死というものをきっと人1倍に考えるようになったのではないかと思います。自分の命を自分で殺めるということほど愚かなことはないと思います。望まなくても亡くなってしまった人たちはたくさんいるのです。今、そのことを思うと理由はともかくとして、私は胸が張り裂けそうな気持ちでいっぱいです。誰もが心の傷を背負っていると思いますが私はそれに負けてはいけないと思います。何か意味があるのだと思います。どうすることも出来ず、ただひたすら苦しみに耐えなければならない時もあると思います。強くはありません。だけれどもこれも自分です。こんな自分を受け入れてあげようと思います。そんなことをしたって決して自分一人で楽になるとは思えません。もっと深い傷と悲しみを生んでしまうと思います。…

(引用終わり)