天才性を発揮する《状態》をモーツァルトから学ぼう。 | コミュニケーションを極める実践トレーニングを学ぶスクール

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人間は、その時その時の瞬間において《状態》が変化します。

それは出来事や誰かの言葉に左右されて。

また、何かの外部刺激によって、(無意識的に)過去の嫌な経験と結びついてしまったり。

また、今日の自分がどんなひとり言(内的対話)をしているかによって。

さまざまな要因によって、人は四六時中変化しています。

その《状態》によって、目の前の出来事の見方が変化したり、思い出した過去の出来事の意味付けが変わったりします。

そこに感情を伴い、次にとる行動が影響を受けます。

例えば、Aさんに偶然会いました。

Aさんとは一年前に小さな出来事がきっかけで連絡を取らなくなっていました。

もしその瞬間の自分がXという状態であれば、その出来事は大したことではなく、Aさんと再会を喜び合って話せます。

もしその瞬間の自分がYという状態であれば、その出来事の記憶に伴って嫌な感情が生まれ、気づかなかったフリをしてAさんとすれ違います。

それが結果を左右します。

Xという状態でAさんとの再会を喜び合えたら。

過去の小さな出来事を、わざわざ問題にする必要もなくなるでしょう。

その再会が新たな出会いや仕事などに、何か結びつくかもしれません。

しかしYという状態でAさんとすれ違ったら。

新たな発展を生み出さないだけでなく、わざと見知らぬ態度をとってしまった自分自身に対し、嫌悪感を持ってしまうかもしれません。

すると次の新たな出会いがあったとしても、臆病になってしまいます。

『その瞬間の《状態》ですべての結果が決まる』と言っても過言ではありません。

人はいつも、出来事→感情→行動→結果という経過をたどっていて、

出来事の見方(解釈)は《状態》によって左右されています。





発明家・起業家として有名なトーマス・エジソンは


「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」と言った人。


その言葉を聞いて世間の人は「エジソンは努力の人である」と評価したようですが、実際には違いました。


エジソンが主張したかったのは『1%のひらめき』の方だったそうです。


99%の努力はちょっと難しそうですが、ひらめきは現在の情報と過去情報の衝突で起こるため、その《状態》を創り出すことは、すべての人に可能なことかもしれません。







ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、200年以上経った今も「天才音楽家」として名前を知られています。


彼は「音楽家」という枠も「人間」という枠も遥かに超えた才能の持ち主であると言われています。


けれど、そのモーツァルトも自分の《状態》をちゃんと整えていたようです。







1789年にモーツァルトが書いた手紙に、自分の作曲戦略を事細かに説明していました。


4つの基本段階のうちのひとつめは、次のような書き出しから始まっています。


「僕が完全に僕自身であり、本当に一人きりで、上機嫌であるときー


例えば馬車に乗って旅をしているとき、美味しい食事のあとに散歩をしているとき、あるいは夜なんとなく眠れずにいるときー


そういうとき、いちばん素晴らしく豊かなアイデアが導かれてくる。


そういったアイデアがどこから、どうやって生まれてくるのか僕にはわからない。


それに無理をしたからといって、そういうアイデアはひねり出せるものでもない。


そういったアイデアによる喜びを、僕は記憶にとどめておく。


そしてよく指摘されるように、それらをほとんど習慣的に、ひとりでにハミングしているのだ。」




「僕が完全に僕自身であるとき」

これは「内面の調和」を意味します。

自分自身が何者であるか(モーツァルトの場合は作曲家)が明確で、《心の葛藤や混乱がない状態》であると言えます。

「本当に一人きりでいるとき」

これは一人でいるか誰かと一緒にいるかということが問題なのではなく、

《自分が自分自身と親密な状態》だと思います。

そして外の刺激に邪魔されることなく、《自由に自分自身への内的世界へ入り込んでいる状態》です。

感情は“上機嫌”で前向きな状態を示しています。

「馬車に乗って旅をしているとき」

「美味しい食事の後に散歩をしているとき」

これは《身体を心地よく動かしている状態》であると言えます。

つまりモーツァルトはただ黙ってピアノの前に座って考え込んでいるよりも、動いている方が身体の様子が整うことを言っています。

「そういうとき、いちばん素晴らしく豊かなアイデアが導かれてくる」

“導かれてくる”という言葉から、アイデアが自然に溢れだし《意識的にコントロールできない状態》であることがわかります。

まるで彼は自分自身を「音楽を奏でる一種の楽器」として認識し、それを《正しく調整している状態》かもしれません。

モーツァルトは、素晴らしいアイデアが自然に生み出されるような、心理的。身体的状況の設定に神経を集中させていたようです。

まだ続きます。

「そういったアイデアがどこから、どうやって生まれてくるのか僕にはわからない。無理をしたからといって、そういうアイデアはひねり出せるものでもない」

これはモーツァルトの創造プロセスが、意識的なものではなく「無意識的」であることを示しています。

作曲に対して意識を向けるのではなく、

《自然にアイデアが生み出される状態を創り出す在り方》に意識を向けて行動していたようです。

「そういったアイデアによる喜びを、僕は記憶にとどめておく」

自分自身の内的状態が整った瞬間の「喜び」というフィーリングと、モーツァルトが持っている音に関する記憶との関連性と言えると思います。

この「喜び」と「記憶」の出会いが、素晴らしい天才性を生んでいたのかもしれません。

「よく指摘されるように、それらをほとんど習慣的に、ひとりでにハミングしている」

音楽的アイデアと喜ばしい感覚が共鳴し合うことで、モーツァルトの頭の中には天才的な感覚が生み出されます。

それをハミングという形で、鼻や喉の筋肉を使い音楽として出力していた、ということでしょうか。

モーツァルトはこの状態であるとき、無意識的にハミングしていたようですね。






私たちは何か結果を出そうとするとき、意識を精一杯働かせて、めいっぱい頑張ろうとします。


それも場合によっては必要です。


もちろん、モーツァルトは物心がついた頃から音楽をやっていたので、頭の中にはすでに音に関する情報が膨大にあります。


新しいアイデアを生み出すには、多くの過去情報も必要です。


けれど、その記憶を追いかけているだけでは天才性は発揮されないようです。


自分自身と調和すること。


自分が何者であるか明確にすること。


自由に内的世界へ入り込んでいけること。


心地よく身体の運動機能を使っていること。


身体の感覚器官が解放されていること。


そういった《自らの神経システムが整った状態》で《喜びというフィーリング》と《記憶》が出会い、天才性が発揮されるのなら。


今の自分が行うべきことは何でしょうか。


「人はみな、必要な脳力はすでに持っている」と言われています。


ただ、その出力方法を知らないだけなのかもしれません。


多くの偉人たちから、出力方法を学ぶことができるのではないでしょうか。


まずはモーツァルトくんから。







モーツァルトは大のビリヤード好きで、その合間に作曲をしていたそうです。


モーツァルトは恋多き男性でした。


モーツァルトは何億も稼いでいたにも関わらず、ギャンブル好きなせいで貧困だったそうです。


モーツァルトはリウマチを患っていて、かなりの肥満だったそうです。






モーツァルトを聴いて、彼の“天才的な感覚”を体感するのもいいかも、です。