世の中には「性善説」と「性悪説」があります。
簡単に言うと、
「性善説」は会う前から相手をいい人だと信じること。
「性悪説」は会う前から相手を疑ってかかる状態を言います。
「性善説」で人に会うと、
会う前から相手のいいところを見つけようとするので、
実際に会ったときは素晴らしい部分ばかり見えて、
それが相乗効果になって、効果的な嬉しい出逢いになります。
「性悪説」で人に会うと、
会う前から相手の悪い面を見つけようとするので、
実際に会ったときには自分に合わない部分ばかり見えて、
もう二度と会いたくないという残念な出逢いになってしまいます。
「性善説」で人に会う方がいいですよね。
誰だって嬉しい出逢いがいいのではないでしょうか?
起こる出来事も同じ。
「性善説」なら起こった出来事を
「今の私に必要なことが起きている」と思えます。
しかし、「性悪説」の場合は「どうせ世の中はこんなもんだ。
幸せになんかなれるはずがない。」と思ってしまいます。
どちらがいいかわかっていても、
それを簡単にコントロールできないのが現実。
人はなぜ「性善説」で生きにくいのでしょう?
日本という国は、法律で秩序が保たれています。
日本で生まれ日本で育った人なら、
それは仕方の無いことであり、
それがあるからこそ平和が保たれていると思っています。
けれど、ブータン王国って知っていますか?
法律がないそうです。
道路には信号さえなく、
すべて「お先にどうぞ」で成り立っている国なのだそうです。
それに比べると、
日本人は「人は悪いことをする」ということを前提とした
「性悪説」の中で生きているんですね。
この前提は子供の頃から気づかないうちに定着しています。
人を疑ってかかることが当然という生き方を与えられてしまっているんですね。
もしかしたら日本という社会が
「人に会うのがおっくう」「どうせ世の中はこんなもんだ」を生み出しているのかもしれません。
だけどね、そこは変えられます。
それはまず、自分のことを信頼し好きになることです。
でも、どうやって?
「自分を信じる」ということほど難しいことはないかもしれません。
「自分を好きになる」ということも、
嫌なところはすぐ目に付くけど、
好きなところは見つけにくいと思います。
けれど、「自分」という小さな小さな一単位を極めることが、
出逢いを変えていきます。
あなたはコミュニケーションで何か失敗をしたことがありますか?
余計なことを言って相手を傷つけてしまったり。
あの一言がなかったら上手く言ったのに。
言い方が悪くて誤解されてしまった。
売り言葉に買い言葉。
取り返しのつかない一言…。
誰にでも経験あると思います。
だけど、
その言葉を発する前に、何か心に「引っかかり」がありませんでしたか?
何もないと思えば何もないほどの、小さな心の動き。
その言葉を発する前の、何かモヤっとした感覚です。
もう少しわかるなら、嫌な予感・迷い・重み・みたいな感覚。
それが心をよぎったと思います。
何か物事を決めるときにも、その感覚はあります。
Aを選ぶかBを選ぶか迷ったとき。
「Aにする」と言ってみたときの感覚と
「Bにする」と言ってみたときの感覚。
洋服を買うときも同じような感覚があります。
すごくお気に入りになって、
何年も大切に着ている洋服ってありますよね。
それを買おうと決めたときの感覚。
せっかく買ったのにほとんど着ていない洋服もありますよね。
それを買おうと決めたときの感覚。
何か違いを感じるはずです。
そういう小さな心の動きを見逃さない自分になることが、
自分を信じるポイント。
小さな心の動きを見過ごしている人は、
自分をごまかしていたり、取り繕っていたり、
あるいは自分自身を無視し続けています。
それでは自分を信じることができません。
気づかないところで自分に疑念が生じています。
疑念を持っている人が、
いくら「性善説で逢いましょう」と言われても、
他人を信用することは無理なんですね。
自分を信頼できない人は、
人のことも信頼できないし、
]自分を愛せない人は、人のことも愛せない…。
この小さな心の動きは
「心の声」とか「良心」とか「シグナル」って言われています。
これを見逃さずキャッチできる人になってください。
心の微かな動きをキャッチできるようになって、それに従ってください。
初めのうちは見逃してしまうこともあります。
(あ…しまった。またやってしまった)
(嫌な感じがあったのに、つい言っちゃった)と後悔することも。
だけど気をつけていれば誰でもできるようになります。
何かを言おうとしたときにモヤモヤをキャッチしたなら、
黙ってしまいましょう。
何かをしようとしたときにモヤモヤをキャッチしたなら、
とりあえず止まりましょう。
心の動きに正直になる。
これが「自分を信頼する」ということ。
これができたら、自分のことが好きになります。
自信が持てます。
自分を愛せます。
そうして初めて、
人と「性善説」で出逢うことができるようになります。
自分に正直な人は、人に正直です。
自分を大切にしている人は、人を大切にします。
自分を愛している人は、人を愛します。
自分の心を扱うのと同じように、人の心を尊重します。
ひとりひとり。
「自分」という小さな小さな一単位を極めることが、
出逢いを変え、世の中を変えていくのかもしれません。
p.s.
以前の私はとても人見知りでした。
あ、今も多少そうなんですけど。
ただ、今の私は選べます。
何件も掛け持ちで人に逢う日もあります。
完全に家に引きこもる日も作ります。
もちろん誰かに逢うと楽しい時間が過ごせます。
だけど一人でいるのも、私には大切な時間です。
もしかしたら自分が傷つかないように守ってるのかもしれません。
次の出逢いのための充電なのかもしれません。
自分を整理整頓しているのかもしれません。
だから誰にも逢わない日も自分にOKしています。
心のシグナルに正直に。
心と言葉と行動を一直線で結ぶ。

