「ネイルアート」は「纏足」だといったら呆れられた! どうでもいい話、その②
先日、会社帰りにコンビニに立ち寄ったときのこと。
そのとき、レジの店員の手を見て驚いた。
爪先にネイルアートをしていたのだ。
大学生くらいの女の子だから、バイトだったのかな。
コンビニの店員がネイルアートなんぞをしていては、まったく仕事にならないだろうに……。
ネイルアートがしたいのなら、コンビニのバイトではなく、他のバイトでも行けばいいのに、とも思った。
その爪を見たら、店長あたりから「ダメだよ」と怒られるだろうな、と余計な心配までしてしまった。
考えてみると、私の周りにネイルアートをした人はいない。だから見かける機会もない。
周りを見渡してもネイルアートをするような年代の人はいない。(マニキュアくらいならするだろうけど)
それに仕事でネイルアートをしている人なんてまずない。バイトの子とか、年頃の人はいるにはいるけど、実際にしているのを見たことがない。(休みの日や夜はするかもしれないけど、残念ながら見る機会がない)
だから、勝手な思い込みで「ネイルアート」をしている人は
セレブのような人や夜のお勤めをしている人だと思っていた。
仕事や家事までも放棄することになるから、そんな心配をしなくて済む人がするものだと思っていた。(勝手な思い込みです)
それに長く伸ばした爪に派手な装飾を施したものを、指先に書いていたら、仕事にもならなきゃ、日常生活にも支障がでるだろう。
美しくなるためには、体に無理をしてまでするというのなら、
それこそ、
中国の「纏足」だ!
(子どものころから無理に小さい靴を履いて足を小さくする風習。足が小さいことが美しいと云われるが、実際には歩行困難になる)
アフリカの首長族だ!
(首にリングをして無理に首を長くする女性たち)
とそんなことをぶつぶつ言っていたら、
「まったく、おんな心が分からない人ね」とかみさんに呆れられた。
まあ、うちのかみさんの手は、水仕事で手が荒れている。
あかぎれが酷くって、ハンドクリームなんかじゃ効かないので、「サカムケア」なるものを塗っている。
「ネイルアート」なんてものに程遠い世界にいるけど、
「爪をきれいに絵を書く」人の気持ちは分かるようだ。
そうか、実際にはしなくても、心になかには、そんな願望があったのか。
そう思ってかみさんの指先を見る。
……。
なるほど「おんな心」は難しいということか。
追記 以下はまとまっていないが、記しておく。
「今日はネイルを塗りました」「ネイルアートしてみました」という写真付きのブログ記事をよく見かける。これが結構多い。
やはりネイルを塗るという行為の中に、「特別なもの」「特別なこと」が含まれていて、「ケ(日常)」に対する「ハレ」ということになるのだろうか。
日常的なことができない、(指先が使えないということは)、つまり非日常である、という意味なのだろうか。
という展開で、「化粧」をすることによる非日常を書こうとしたが、まとまりそうになかったのでやめました。