「富士重工・スバル」と「新田義貞せんべい」と「新田一族」 | 「物語を物語る」案内サイト アメーバ版                          

「富士重工・スバル」と「新田義貞せんべい」と「新田一族」

前回「新田義貞のせんべい」のことを載せたら、それに対して問い合わせが数件ありました。(アメーバブログ・びびんば様、fc2ブログ・ゆうたママ様、源太様)

そのほか数少ない新田義貞および新田源氏ファンのために、ここで取り扱っている店舗を書いておきます。
私が見たのは、
「Aコープ・ブレイス店」でした。

住所  群馬県太田市新田市野井町438-1
電話番号  0276-40-9111
JAグループで、ホームページアドレス http://www.acoop-kanto.co.jp/
電話で問い合わせて、取り寄せた方が早いかもしれません。
パッケージには「新田産米ゴロピカリ使用」と書いてあります。新田づくしで、「新田ファン」にはお宝です。

さて、「新田」つながりで、次の話。
まず画像から、
「上毛新聞、3月19日号スポーツ面」の写真。
全国社会人野球東京大会で「富士重工の選手がヒットを打った写真」です。
注目してもらいたいのが選手のユニホームの袖口。
そう「大中黒」。新田一族の家紋ですよ。
富士重工の選手は「新田源氏」を背負って戦っているわけです。(ちと大袈裟ですが)

富士重工は太田市が発祥なんですね。まあ「スバル」といった方が通りがいいでしょうか。

『1917年5月、海軍機関大尉中島知久平によって群馬県新田郡尾島町(現:群馬県太田市)に設立された民営の飛行機研究所を前身とし、太平洋戦争終戦後、GHQにより財閥解体の対象となった「中島飛行機」(1945年に富士産業と改称)が、富士重工業のルーツである。』
だから戦時中「呑龍」なんて名前の爆撃機が作られたんですね。(太田といえば、大光院の呑龍さま)

で、このスバルが、2008年4月12日に、トヨタとの提携強化を発表した。
『トヨタ自動車、ダイハツ工業、富士重工業(スバル)の3社社長は10日夜、都内のホテルで記者会見し、トヨタの富士重工への出資拡大を含む提携拡大で基本合意したと発表した。』とニュースで伝えている。

トヨタは愛知県豊田市。
豊田市は三河だ。
松平氏の遺跡が多くある地域。
挙母、猿投、岡崎、安城……、そして岐阜県の土岐、恵那……、
これじゃ「東毛奇談」そのものじゃないですか。
新田一族(スバル)が徳川家(トヨタ)に呑み込まれていく様が似ている。
これも運命なのか。(ほとんど連想ゲームのようですが……)

また、ニュースでは、『富士重工業は10日発表した、トヨタ自動車との提携拡大策の一環として軽自動車の開発・生産から撤退することを明らかにした。トヨタの子会社で軽最大手のダイハツ工業からのOEM調達に順次切り替える。』

スバルといえば、「てんとう虫」の愛称で親しまれた「スバル360」がある。
この車の誕生秘話はNHK「プロジェクトⅩ」でも取り上げられてました。
そして、スバルは今後、軽自動車を作らないというのだ。
スバル360からの伝統「軽」と言われていただけに、それを作らないというのは、あまりにも寂しいことですね。
ちなみに、斎藤佑樹くんの父親は「富士重工」の社員で、野球部に所属していました。
やはりここでも「新田源氏」の因縁を感じます。