大発見。国宝・挂甲の武人埴輪は誰かと戦っていた!
「大徳川展」を見てから、本館の方へ移動。「考古遺物」を見に行く。今回の上京の目的は「新田肩衝」を見ることと、埴輪「挂甲の武人」を見ること。
本館の方は静かでした。特に考古の遺物がある場所は人もまばらだった。今どき「考古学」もないだろうというぐらい、閑散としてましたね。大徳川展は大変な賑わいであったが、そのギャップが凄すぎる。
しかし埴輪を前にした私の心中は最高潮に達していた。ディズニーランドではしゃぐ女子中学生くらいハイテンションでした。(もちろん、嬌声を上げたりはしませんが)
「遮光器土偶」や埴輪「踊る人」「腰かける巫女」「犬」「馬」などを見て、まさに感激の連続。
大徳川展の「作られた美」、「仰々しいもの」を見た後なので、余計にプリミティブな美に感動してしまった。
また埴輪の良さはそこにユーモラスなことが感じられることでしょう。
縄文・弥生時代にも「芸術家」がいたんでしょうね。これらをどんな状況で、どんな心境で作ったのかを想像するのがとても楽しい。埴輪を学問的に見れば、古墳の装飾、儀式や呪術的要素と解説されるでしょう。しかしそれだけではない。このユーモラスな造形に「芸術家の遊び心」を感じてしまうのです。
「犬」「馬」なんてそんな感じですね。
当時の人々は、これらの埴輪を見てなんて言ったのでしょうか。子供らは「かわいい」とか言ったのでしょうか。子供の感受性はそれほど変わらないだろうから、この滑稽かつ素朴な形を、素直に喜んだでしょう。
また当時にも知りたかぶっりの人がいたでしょうから「特徴をとらえてますな」なんていったかもしれません。まあ当時の人々がどんな言葉を使っていたのかは分りませんが、人間の本質なんてそんなに変化はないでしょうから、今の人々とそんな変化のないことを言っているでしょう。
これらの埴輪は私たちを見て「千何百年経っても同じようなこと言ってら」と思っているかもしれません。
そんなことを考えるていると、とても感慨深いです。
さて、「挂甲の武人」ですが、これも前、横、後ろから、果ては下から覗くように、じっくりと鑑賞した。大賑わいの「新田肩衝」や「初花」とは違い、後ろからせっつかれる心配がないから、見放題ですよ。
そして、後ろから見ていて、ある「発見」をした。
後ろに背負っている矢を入れる武具だが、(この名称がわからない) この中の矢が1本足りない。4本ほど矢はあるが、あるべきはすの矢が1本だけないのである。確実にそこには矢があったはずで、そこに矢があったという跡はくっきりと残っている。
これは発掘したときにはなかったのか。それとも取れてなくなったのか。
あるいは元々、矢はそこにはないのか。「1本ない」ことを作者が意図して、これは制作したものなのか。
もし作者がそう意図したものならば「この武人は矢を1本放った」ことになる。
そこで、この武人埴輪をよく見れば、太刀に手をかけて、今にも抜こうと構えている姿だ。
顔が無表情だから分らないが、これは、まさに今戦おうとしている姿だということになる。
やはり、この武人は矢を放ち、太刀を抜き、敵と戦っている一瞬をとらえたものだ。
そう考えたい。
いやそうであった方が、この武人埴輪が作られた意味が一層深くなるだろう。
というわけでこれが私の大発見。 っていうか勝手な想像か?
追記 「大魔神」が再映画化されるらしい。角川映画制作で2008年夏に公開予定。監督は「ゼブラーマン」「妖怪大戦争」などの三池崇史。
ただし、計画段階らしいので、企画がポシャル可能性もある。
2000年に筒井康隆の脚本で再映画化される話があったが、これは頓挫してしまった。
のちに脚本が本として出版された。
さて今回は映画化されるでしょうか。
大魔神と武人埴輪の関係は前の記事で。http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-179.html