「中国雑技団を見て感じた、人の幸福とは」 旅行記2 | 「物語を物語る」案内サイト アメーバ版                          

「中国雑技団を見て感じた、人の幸福とは」 旅行記2

前回の続き。


鬼怒川温泉のホテルに宿泊。

そこでは、ホテルの催し物があった。

「中国雑技団」によるショーだった。

ネット予約のサービスで、このショーのチケットをただで貰っていたので、(気が進まなかったが)家族サービスの一環として見ることになった。

嫌々ながらも見始めたが、結果的にかなり楽しめた。一言でいえば「凄かった」というのがいちばん的確だ。期待していなかったので余計そう感じたのかもしれない。

本場中国からやってきた一団で、芸は本格的なものだった。

サーカスの曲芸のようなものが多く、人も物も、回る回る。空中ブランコのようなものもあって、思わず「アブねー」と言ってしまうものも多かった。

また、身体が柔らかいので、ヨガのように体が曲がる曲がる。まるで映画「エクソシスト」の悪魔に乗り移られた少女のように、クモ歩きの場面ぐらい体が曲がっていた。(例えが下手ですね)

テレビで見た「へん面」もあった。おーこんなところで見られるとは、と感心しながら、夢中になって見ていた。

しかし、そのうち娘が愚図り始めた。「のどが乾いた」「眠たい」「飽きた」と連発し出した。夜8時から始まって約1時間の公演。娘にしてみたら、そろそろお眠むの時間なのだ。それでなんとか、終演までなだめすかして、大人しくさせた。

そして、ショーが終わって、観客との記念撮影。

その時気がついた。出演者がみな若いということに。

よく見たら、みんな子供だ。

そこにいた関係者の人に聞いたら、最年少は男の子で7歳だった。他の子も似たような年齢の子が数人いたし、他は10歳から17、8歳ぐらいの少女といった感じの子供たちだった。

「ちょっと複雑な気分になった」

それに、彼女らをよく見ると、手足には怪我やあざの跡がいっぱいあった。雑技団の芸はアクロバテックな芸が多いので、怪我は絶えないだろう。それに日々の練習はかなりきついはずだ。一歩間違えば、大けがになる。空中ブランコのような芸で落下したら死んでしまうかもしれない。それを毎日行うのだ。

「これは厳しい」

こんな小さな子らが中国から日本にやってきて、芸を見せるとは何とも辛い話だ。7歳の子が親や兄弟と離れ離れになって、言葉も通じない国で仕事をするのだ。しかも、人前で芸を見せて、お金を得るまでには修行を積まなければならないのだろう。

様々な背景が頭に浮かんでいろいろと想像してしまう。

兄弟が多くて、親が手放したのか。

芸を身につけるという名のもとに、売られてしまったのか。

稼いだお金は送金しているのか。

それとも、子供扱いされて、まともにお金はもらえないのか。

体が大きくなって芸が出来なくなったらこの子らはどうなるのか。

……。などと勝手にその背景を考えてしまった。

日本人の子として生まれていれば、うちの子のように、温泉に行って、お土産を買ってもらって、いらないというほどお菓子を食べ、母親と一緒に寝ることができる。お金や故郷のことは心配せずに、「プリキュア」や「しずくちゃん」のテレビの放送を気にして楽しい日々を過ごすのだ。

この差は何なのか。うちの娘とそれほど変わらない年齢なのに。

生まれた場所が違うと、こうも人の生き方は変わるのか。それは、自分自身でどうにもならないことだ。これも運命と簡単にいっていいのか分からないが……。

しかし、それは不幸なことなのか、とも考えた。

あの子らの芸を振り返ってそう思ったのだ。

私は芸を見て楽しんだ。その見事な芸に、そしてそれを演じた人びとに拍手を送ったのだ。

これは「不幸なこと」ではないのでは、と。

異国の地で、芸を見せ、喝采を浴びることなど中々できない。

一芸に秀でて身を立てるのが、その人の人生にとって幸福だということもいえるんじゃないかと。

いや、やはり、普通の一般人として平々凡々に暮らす方が幸せなのか……。

なにを持って「幸せ」なのか。それは人によって違うし、考え方によっても変わってくるだろう。どっちが幸福なのか?どうにも分からない。

さて、さて、答えの出ない深かみにはまり込んで、いろいろ考えさせられる鬼怒川の夜だった。