(サンデル教授の白熱教室より)



スローライフ-サンデル教授01


スローライフ-サンデル教授02




【究極の選択】


「あっ、だめだ。ブレーキがきかない」
Y男は電車の運転に関してはベテランの仲間に入っていたが、
こんなことは初めての経験であった。

「整備のやつらは何をしてたんだろう。運転している身にもなってくれよ」
必死にあちこちのレバーを操作してみるのだが、全く反応してくれない。
「仕方ない、非常用ブレーキをかけるしかないな」
Y男は最後の手段に出た。


「あれっ、どうしたんだろう。非常用ブレーキも壊れているのか、、、」
Y男は愕然とした。最後の手段も役に立たないとは。
額には一気に汗が吹き出して、顔が引きつってきた。


「あーーっ、まずい。工事の連中がいるぞ」
数百m先には、線路の補修工事に携わっている工夫が5人いた。だが、
みな工事に気をとられてこちらの存在に気づいていないようであった。


「まずいな、早くこちらの存在を知らせなきゃ」
Y男は警笛のスイッチを押して注意を促そうとした。

「なんだ、このスイッチも壊れているのか」
さらに悪いことに、警笛もならない。この異常事態にY男の足元は
がくがくと震えてきた。


「どうすればいいんだ、このピンチを逃れるには、どうすればいいんだ。
このままでは、あの5人を引いてしまう。このまま突っ込めば5人の
命を確実に奪ってしまう。 あっ、しめた、引込み線がある」
Y男は、しめたとばかり、引込み線に入るように、レバーを右に回そうとした。


「あーー、なんだー。ヤバイよ」
なんと引込み線の端にも工夫がいて、やはりこちらの存在に
気づいていないようだった。でも、こちらは1人だった。


「なんてことだ、どちらに転んでも、人を引いてしまう。 何もしなければ
5人が、あえてレバーを右に回せば1人が、確実に死んでしまう。
どうすればいいんだ、、、、。事故で5人が死ぬか、おれの意思で
1人を殺すか、、、どうするどうする、、、」
Y男の背中には冷や汗が、タラーリと流れ始めていた。



究極の選択を迫られたY男は、とうとう意を決して、、、
レバーを半分だけ右に回して、静かに目を閉じた。


「どちらに進むかは、、、、神のご選択だ、、、」



かすかな話し声でY男の意識が戻ってきた。

どうやら病院のベッドの上らしい。全身を激しく痛みが襲う。

その話の内容で、Y男は事故の顛末を理解し始めた。


「電車の暴走で大きな事故になったようです」

「でも、本線と引込線の間を電車が暴走するなんて、どうしてそんなところに

突っ込んだのでしょうね」

「うん、よくわからないが、そこに積んであった土嚢がクッションがわりになって

大事故にならずに済んだのは間違いないようだね」

「そうですね、けが人も、運転手一人で済んだことですし、、、」