【初詣で】
「それにしてもこの混雑はすごいな」
S夫はうんざりしたような口調で、Y男に話しかけた。
「うん、そうだな。不景気な年ほど人出が多いと言うけど、
この混雑は尋常じゃないな」
Y男も同様、イラつき始めていた。
N市のほぼ中央にあるこの神社は、
三種の神器の一つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を
御神体としている、由緒正しい神社である。
「宗教心なんてまるでないお前が、どうして今年に限って
初詣でに行こうなんて言い出したんだよ。お参りするだけ
なのに、こんな行列に並ばなければいけないなんて、
最悪だな」
S夫はこの状況を誰かのせいにしないと気が治まらない
のか、厳しい口調で問いかけた。
「いやいや、日ごろは宗教心がないのは認めるけど、
今年はどうしてもここの神様にお願いしたいことがあって、
とつぜん思いついたんで、許してくれよ」
Y男の弁解にも納得がいかず、S夫は
「こんな大混雑の中に俺まで引っ張り出されて、
いい迷惑だよ。お前のお願いって言うのは
いったい何なんだ?」
「うん、それは、神様にお願いしてから話すよ。
先にお前に話したんじゃ、神様の機嫌を損ねると
いけないからな」
「そんなことあるもんか。 あっ、分かった。この前の競馬で
負けた原因を 『神の手』 とか言ってたから、とうとう競馬も
神頼みになったって訳だな」
「そうじゃないよ、あれから俺も反省して、競馬はしばらく
止めることにしたよ。ほとぼりの冷めるまではな」
二人が無駄口を話している間にも、大行列はなかなか
前へとは進まなかった。
「これはいったい、進んでいるのか、進んでいないのか、
はっきりして欲しいよな」
S夫は、なかばやけっぱちな口調になってきた。
「そうだな、でもちょっとあれを見ろよ。あそこに立ってる
おじさん、なにかプラカードを持ってるぞ」
「あっ、ほんとだ。えーと、遠くてよく見えないけど、、、。
あーー、『ここから約1時間』って書いてあるぞ」
「ほんとだ。 でも、あそこまで30分はかかりそうだな。
ということは、最前列まではあと1時間半かー。」
「そうだな、こうなると、あの看板のシステムも親切なのか、
無慈悲なのか微妙だな」
「そうだな。受け取る側の気持ち次第では、元気になるか、
いやいや、やっぱり気持ちが萎えるよなー」
しばらくは二人とも黙って並んでいたが、
突然Y男が切り出した。
「そうだ、いいことを思いついた」
「なんだよ、お前の考えはいつもいい加減で、
あてにならないからな」
S夫は、信用できない様子であった。
「いや、絶対大丈夫だ。俺に任せておけよ。とりあえず、
この列から離れようぜ」
「おい、おい、せっかく並んで、あと1時間ちょっとの
ところまで来ているんだぜ。ここまでの1時間が
無駄になるよ」
「大丈夫だよ、俺を信用しろよ、絶対うまく行くから」
S夫はまるでY男のことを信用していなかったが、
このままあと1時間以上も並んでいるのも飽き飽き
していたので、しかたなくY男のあとについて
行くことにした。
二人は列から離れ、神社の境内とは反対方向に歩き出し、
神社の外の道路に出た。さらに神社の周りを半周すると、
お参りを済ませた人たちが歩いてくる出口へさしかかった。
「よし、ここから入るぞ」
S夫は驚いてY男の肩を抑えた。
「それはまずいよ。ほら、あっちこっちに警官も見張ってるし。
そんなことしたら、すぐに見つかって、追い返されるだけだよ」
「大丈夫、俺の後をついて、おんなじ動作をするんだ。
ここは一発くそ度胸だぞ!」
「何を言ってるんだ、ほんとに大丈夫かよ」
S夫はしぶしぶ、Y男のあとに従った。
「よし、ここで後ろ向きになるぞ」
「えっ、どうして?」
「いいから、後ろを向くんだ。後ろ向きなら帰りの人たちと
見分けがつかないだろ。ゆっくり後ずさりで進むんだ」
二人は、見張りの警官から一番離れた位置を後ろ向きに、
ゆっくりと後ずさりで進んだ。
「よし、ここまでくれば、もう大丈夫だ」
これから参拝する人と、終わった人でごった返している
ところまで、後ずさりでゆっくり進んできた二人が振り向くと、
そこにはもう境内が目の前にあった。
「早く、お参りしようぜ」
Y男に促されて、S夫も行列の最前列に滑り込んだ。
二人は、丁重にお参りを済ませると、先ほど後ずさりで
進んできた帰りの道を、今度は堂々と前向きで歩いて行った。
「でも、うまくいったな。これで、1時間以上、時間短縮できたな」
「そうだろ、俺のアイデアは抜群だったろ」
Y男は自慢げに話した。
「でも、 『横はいり』 には違いないから、ちょっぴり気が引けるな」
「今更しおらしいことをいうなよ。アイデアの勝利と言って欲しいな」
「ものは言いようだな。ところで、お前は何をお願いしたんだ?」
S夫は初めの質問に戻って聞いてみた。
「実は、こんな手段を取ってまで、急いでお参りを済ませたかった
のは、これから理恵ちゃんとデートなんだよ。でね、今年こそ、
二人が結ばれますようにって、神様にお願いしたんだ。 テヘッ」
「何がテヘッ、、だよ。でも、お前たち、うまくいってなかったんじゃ
ないのか。理恵ちゃんに、新しい彼氏ができたようだって、
この前、言ってたじゃないか」
「うん、でもね、俺の誘いに乗ってくれたから、
きっと戻ってきてくれるんじゃないかと、期待してるのさ。
で、神様の援護射撃も欲しかったから、今日はどうしても
お参りをしておきたかったのさ」
その時、Y男の携帯がブルッブルッと鳴った。
「えっ、あっ、、、。うわーーーっ」
「どうしたんだよ。口をぽっかりとあけちまって」
「今日はやっぱり会えません、だって。 約束が
できちゃったんだって。」
「新しい彼氏だな、きっと」
「どうしてなんだよ、神様にまでお願いしたのに。」
Y男の悲鳴に近い嘆きにも、S夫はいたって冷静に応えた。
「やっぱり、神様も俺たちの 『横はいり』 を見ていたんだ」
「そうかー、、。 それで、、、
新しい彼氏にも 『横はいり』 されたんだな、、、」



