【神の手】


「今日もAランチか、代わり映えしないな」
と言いながら、S夫が近づいてきて隣に座った。ちょっと時間が遅いせいか、いつもより社員食堂はすいていた。
「おまえはラーメンか。そっちもいつもとおんなじだな」
Y男は切り替えしたが、でもそんなことはどうでもよかった。
「それよりな、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」
Y男は少し声を落として、周りに人がいないのを確かめて話しを続けた。


「実は俺、競馬必勝法を発見したんだ」
「うっ、、いきなりなんだよ。お前、大丈夫か」
S夫は思わず笑ってしまい、またいつもの悪い癖が始まったと思ったのか、Y男のおでこに手をあてて、熱を測るしぐさをして見せた。
「いや、冗談や、いつもの悪ふざけじゃないんだよ。ほんとに、ほんとに発見したんだよ」
あまりの真顔にS夫も一応聞いてみてやる、という素振りで、
「じゃ、話してみろよ。その必勝法とやらを」
「うん、誰にも言うなよ。あまり大勢に聞かれると、必勝法ではなくなってしまうんでな」
「なんだか、よく分からないけど、、それで?」


「半年くらい前なんだけど、あるレースでいつものように出走前に予想倍率を見るため、オッズを確認してから馬券を買ったんだ。結構自身はあったけど、予想通りにその馬券が当たって喜んでいると、配当は思ったほどではなかったんだ。」
「どういうこと?」
「つまり、俺が最後に見たオッズから倍率が少し下がった、つまり、締め切り直前のわずかなタイミングで俺とおんなじ馬券を大量に買ったヤツがいたってことだよ」
「でも、それが不思議なことなの?」
「そう、俺もそのときは、運のいいやつがいたな、くらいにしか思ってなかったんだ。ところが、次の週も同じようなレースがあって、何か府に落ちない感じがしたんだな」
「それで?」
「でね、次の週から、とにかく毎レース、オッズとにらめっこしてたんだ。そしたら、とんでもないことが分かってきたんだ」
「とんでもないこと?」
「いいか、ここからが肝心なとこだぞ」
Y男は一段と声をひそめて話を続けた。


「土日開催のうち、大体1レースはオッズの動きがちょっと異常なレースがあるってことに気がついたんだ。2日に1レースだから、20分の1くらいの割合なんだ。そのレースは、馬券発売締め切り時間直前に、オッズの倍率が大きく変動する組み合わせがあるんだ。で、その組み合わせは大体3番~4番人気くらいなんだよ。締め切り直前に大きく変動するんで、2番人気に変わることもあるんだ。ただ、決して1番人気では無いんだな。」
「へーー、どういうことなのかな?」
「よくは分からないけど、大穴ではなく、比較的堅くて、しかも効率よく配当を稼げるところと言うことかな。でね、そのレースは大体400円くらいは付くんだけど、ほぼ5割の確率でその馬券が当たってるんだ。」
「ということは?」
「そう、5割の確率で400円だから、そのレースだけを勝っていれば、確実に投資金額がほぼ2倍に増えるってことだよ」
「すごいな、それが本当なら、確実に儲かる馬券があるってことだな」
「だろう。だから、必勝法って言ったんだよ」
「でも、どういうからくりがあるんだろう?」
「たぶん」
Y男の声はとうとう、ひそひそ話しになっていた。


「実はな、俺の推理では、これは確実に内部の関係者が動いていると思うよ」
「内部の関係者って?」
「普通、厩舎内の調教師とか助手、馬手など、競走馬の面倒を見ている人たちは法律上、馬券は買えないんだ。つまり自分の馬の調子を誰よりも把握しているから。でも、そこからの情報を誰かがもらって極秘裏に馬券を買ったらどうなるか。しかも、普通に買ったら他の多くのファンの間に埋もれて馬券のうまみがない。そこで、自分の持っている情報より人気が低いときを狙って、しかも目立たないように、締め切り直前に、大量にその馬券を買う。これが、一番効率の良い方法だと悟ったんだろうな」
「そういうことか。でも、これが表に出たらまずいよな。完全に違法行為だよな」
「そう、でもそうやって儲けているやつがいるんだ。おれもそれに便乗してみようと思ってな。今度の週末にさっそく試してみないか?」
「おう、行く行く」
S夫は二つ返事で同意した。



クレマチスのブログ-競馬場


二人は必勝法を携えて、週末にさっそく競馬場に出かけていった。
「今日は、いつもと違って、レースの良く見える席よりも、オッズを見ながらの観戦になるから覚悟しとけよ」
Y男に言われたS夫は大きくうなづいて、さっそくオッズに目をやった。
「なかなか思ったような変化がないよな」
そうS夫に言われたが
「そうだな、結構辛抱強くないと、この必勝法は使えないと言うことだな」
Y男は自分に言い聞かせるように返事をした。
「あっ、動いた。これは間違いないぞ」
Y男は思わずS夫の腕を引いてオッズに目をやった。最終レースのひとつ前になって、ようやく変化が現われた。
「これだ、これに間違いない。締め切り3分前だ。急ごう」
ふたりはあわてて馬券売り場の窓口へ向かった。



クレマチスのブログ-馬券売場



「やったな。久しぶりのお前の会心作だな」
S夫はめずらしく、Y男を持ち上げた。
「当たり前だよ。半年かかって見つけ出した必勝法だよ。たいしたもんだろう」
二人は、あったまった懐をさすって、いつもの居酒屋でささやかな祝杯を挙げていた。
「ところで、お前、この必勝法でいくら稼いだんだ」
「もう3週連続で勝ってるから、結構稼いだんだけどな」
「そんなに儲けていいのかな。なにか悪いことをしているような気もしてくるけど」
「大丈夫だよ。『神の見えざる手』のおかげと、思っておけばいいんだよ」
「そうか、『神の見えざる手』ねー?」
S夫はそうつぶやくと、Y男の手を取って、まじまじと見入っていた。
「気持ち悪いなー。俺の手を見てどうするんだよ。『神の手』だよ」



次の週末も二人は競馬場に出かけていた。
「こんなに儲かるんなら、小遣い程度じゃなくてもっと、どーーんと、賭けたらどうだ」
S夫は調子に乗って大きいことを言い出した。
「俺もそれを考えていたんだが、それを実行するにはある条件が必要なんだ」
「条件?」
「そう、実はまだ話してなかったけど、必勝法で賭ける馬券には2つのパターンがあるんだ」
「えっ、なんだよそれ。まだ聞いてないぞ」
「あー、先週儲かったのは、一つ目のパターン。これは確率5割くらいだ。で、もうひとつのパターンは、かなり穴に近い馬券から、大きく買われて3~4番人気にまで変化するパターン。実はこのパターンはここ半年で、6回登場して確率10割なんだ。だから、これが出たときは大勝負できる」
「えー、それはすごいな、今日出そうか?」
「それは分からない。その時になってみないとな」



二人は、例によって馬券売り場に一番近いモニターでオッズを見ながら、しきりに倍率のチェックをしていた。そして、
「あー、、とうとう来たぞー!」
Y男が大きく手を上げた。
「えっ、どうした?」
「二つ目のパターンが来たんだよ。ほら、あの7
枠の馬だよ」
「あっ、そうだな、確かに。7レース目の7枠かよ。ラッキーセブンだし。とうとう、『神の手』の登場だな」
「よし、行こう」



二人は馬券売り場の窓口に急いだ。
「しまったな。こんなことになるんだったら、ありったけの金を用意して来るんだった。今日は先週と同じ小遣い程度だ。お前はいくら持ってきたんだ?」
S夫に聞かれて、Y男は答えた。
「給料1か月分を賭けるぞ」
「すごいな、ここは、男の勝負だな」



二人はほほを高潮させて、いよいよ始まる大勝負のレース開始に供えて、モニターの前に立った。Y男は、レースが始まると自然に握りこぶしに力が入ってくるのを覚えた。最後の直線に入ると興奮は最高潮に達した。



クレマチスのブログ-レース01


「そこだ、そこだ。思いっきり、たたけー」
S夫も思わず興奮し、騎手になった気分で叫んだ。



クレマチスのブログ-レース02


「やったー」
「やったなー」
7枠の馬がゴールを一番に駆け抜けると、二人は思わず肩を叩き合って喜んだ。
「これぞ男の勝負だー」
Y男は心の中で大きく叫んだ。  、、、が、しかし次の瞬間。


「えっ、『審議』?」
「あっ、『審議』のランプだ」
「どうしたんだろう?」



審議のランプが点灯し、場内アナウンスでもその旨を告げていた。
「なんだよー。今更それはないだろう。まさか、、、」


Y男の表情が思わずゆがんだ。モニターでは先ほどのレースが流されていた。確かに勝った7枠の馬が直線で斜行して、一瞬後続馬の進路をふさいだようにも見えた。
「モニターを見てみろよ」
S夫が言った。
「うん、見てるよ、これはヤバイな。あまり影響ないようにも見えるけど、確かに左によれているから、進路妨害と見られても仕方ないな」
その時、場内アナウンスで、7枠の馬の失格が告げられた。



がっくり肩を落とすY男に向かって、S夫は気の毒そうにたずねた。
「勝利の必勝法だったはずなのに、どうしてこんなことになったのかな?」
「それは俺にも分からないよ」
「あそこであの馬は、どうして左によれたのかな?」
「きっと、『神の手』に押されたんだろう、、、。」