被災地の復興と強い日本を信じて(長文です) | がけっぷち人生向上ブログ

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2019年12月にYahooブログから引っ越してきました。
キャンプにカメラに雑学に。

2011年2月11日(金)、一本の映画が上映開始となりました。
 
 
その映画は、「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」
 
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どんな内容の映画かと言いますと、ウィキペディアを引用するとこんな感じだそうです。
「太平洋戦争において激戦が繰り広げられたサイパン島で、わずか47人の兵で45,000人もの米軍を巧みな戦略で翻弄し、米兵らから畏敬の念を込めて「フォックス」と呼ばれた実在の大場栄陸軍大尉。タッポーチョ山を拠点とした大場とその部隊が、1945年8月のポツダム宣言受諾以降も、その事実を知らずに戦い続けた実話を日米双方から描く。」
 
太平洋戦争全般において、幾つかの「奇跡」とよばれる話が残っています。
 
一番有名なのが、三船敏郎さん主演で1965年に映画化されたキスカ島撤退作戦。
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どのような内容の映画かと言いますと、こちらもウィキペディアを引用させてもらうと、
昭和18年(1943年)、アリューシャン列島のアッツ島守備隊が玉砕した。同列島のキスカ島守備隊も、連日砲爆撃による猛攻を受け、間近と予想される敵の上陸により玉砕する日を待つという悲壮な状況となった。大本営は、北方担当の第五艦隊司令長官川島中将の説得により、キスカ島守備隊五千名の救出を決意する。川島は、作戦実行部隊である第一水雷戦隊司令官に海兵同期の大村少将を指名した。キスカ島守備隊5千余名の運命は、海軍兵学校を「ドンケツ」で出たという[1]出世コースを外れた現場叩き上げの司令官、大村少将の手腕に託されることになる。
 
こちらの映画は史実を元にしたフィクション色の強い作品に仕上がってるそうです。
 
がけっぷちもレンタルビデオで数回拝見しましたが、お若い頃の児玉清さんなど数多くの俳優さんが、沢山活躍されており、史実の中でも木村少将の決断力と、数多くの偶然とが重なり、約5000名ものキスカ島守備隊を全員僅か55分で救った奇跡の作戦を彷彿とさせる映画に仕上がってます。
 
 
 
そしてもう1つ。
 
太平洋戦争の中で、奇跡の生還を遂げたお話が存在します。
 
 
それは、1944年8月、輸送作戦中にアメリカ軍の潜水艦からの魚雷攻撃により沈没した、軽巡洋艦「名取」の乗組員のお話。
 
軽巡洋艦「名取」(なとり)
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(写真はプラモデルのウォーターラインシリーズ 日本軽巡洋艦名取 (タミヤ模型製)のパッケージ写真)
 
艦長以下約500名が戦死され、生き残った乗組員約200名はカッター3隻に分乗。
 
太平洋を漂流すること13日。
 
無事にフィリピン・ミンダナオ島の港にたどり着きました。
 
その時のお話は、乗組員だった「松永市郎 元海軍大尉」が本にされています。
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話しは、少しだけこの記事の主題からはなれますが、この作品を執筆された「松永市郎」さんは、日本の歴史を好きな方は勿論の事、現代文明の代表格である
「携帯電話」を使われている方にはとても影響を受けている方につながります。
 
元海軍大尉である、松永市郎さんのお父さんは、太平洋戦争の初戦の1つ、マレー沖海戦において、
イギリス東洋艦隊の旗艦「プリンス オブ ウェールズ」とその同艦隊「レパルス」を陸上攻撃機で攻撃・沈没した際の、航空隊指揮官であった、「松永貞市 元海軍中将」
 
さらにさかのぼれば、この「松永家」は、戦国時代に大和地方で活躍した「松永久秀」の子、「松永久通」のさらにお子さんから連なるお家だそうです。
 
作家「松永市郎」さんのお子さんは、「iモード」を開発された「松永真理」さん。
 
 
日本の歴史の中で、戦国時代、昭和初期、現代において活躍されてらっしゃいます。
 
 
さて、話を元に戻します。
 
 
がけっぷちは、子供の頃から自分の中で、気になった事とかがあれば、
学校の図書館や辞書などで調べる癖がありました。
 
調べた時は解決しなくても、数ヵ月後、数年後に、他に気になった事を調べる中で偶然過去の調べた事とリンクすることが。
 
 
それが、地名だったり人名だったり、川や山の名前、御菓子やアニメ、プロ野球や自動車などなど。
 
記事の中で取り扱った、軽巡洋艦「名取」は子供の頃にその名前の由来を含めて、何度か調べた事がありました。
 
 
そして、2011年2月。
 
映画「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」が上映開始され、その時に改めて「軽巡洋艦名取」の事を思い出しました。
 
そんな2011年2月22日9:20に届いたYahooからのメール。
それは「官公庁オークション」のご案内でした。
 
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クリックしてみると、ヤフーオークションの中の官公庁オークションのページ。
 
キャンプ好きの自分にとって、とても気になるオークションがあったので、直ぐにお気に入りに登録。
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プロパティ画面にある「作成日時 2011年2月23日」がお気に入りに追加した日付でした。
 
確かオークション開始は3月に入ってから。
 
開始価格はとても安くて、確か1000円くらいからだったと記憶しています。
 
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官公庁オークションですので、税金滞納者の差し押さえ品か何かかと、感じながらも、人生初のオークションに参加しようか悩んでいました。
 
普通に買えば10万円以上するセット。それが安価で入手できたらいいなって、とても気軽な思い出オークション開始後に価格を眺めてました。
 
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最終的に、落札価格は10万円を超え、予想通りの価格すぎて、手が出なかったです。
 
この官公庁オークションは「宮城県名取市」が出品されたオークションでした。
 
久しぶりに目にする「名取」の名前。
つい先日「軽巡洋艦名取」の奇跡の救出を思い出したばかりだったので、不思議なご縁だなと感じていました。
 
そして、オークション終了から数日後。
まさか、名取市の名前をテレビで何度も拝見するとは思いもよりませんでした。
 
 
東日本大震災での津波報道で映し出される名取市。
 
 
僅か20日の間に、「名取」という名前を、巡洋艦、オークション、震災と、3回も目にする事になりました。
 
 
 
思い起こせば、人生の中で思い出に残る、そして沢山お世話になっている宮城県在住の方との出会い。
 
そのご縁も子供の頃に調べた事、大人になった1997年に調べた事が、その方が住まわれている地域とご縁があるという大きな驚きがあったりしました。 一度も訪れた事ないのに、ネットの写真と地図とが記憶にあった地域に在住されてる1000キロ以上はなれた地域の大先輩。
 
色々なご縁があると思います。
 
 
記事の文面は色々と不純な内容もありますが、
私が生まれ育ち、今も生活している広島県から、沢山のご縁のある宮城県の方々、福島、茨城など数多くの被災地域・被災された方々を出来る事から長く支援出来ればと思います。
 
小さな事でも、出来る事から少しづつ。
 
そして数年後、奇跡の復興を遂げたと、国内外から賞賛されるような日本になればとても嬉しく感じます。  
それが出来れば、日本全国の未来ある子供たちが、夢を抱いて多方面で活躍出来るような人材教育も叶うような気がします。
 
世界の中で強い競争力を持った日本。
 
被災した東日本の復興だけでなく、北海道から沖縄まで、
日本全国で生活している方々が世界の中の日本に自信をもてるような社会。
 
今回の震災で日本が気づいたエネルギー・防災・経済活動の問題など、全てが解決した日本。
 
1億2800万分の1人の力、個性、考え方、得意分野。
それらが多方面で結集すれば、多くの問題を解決出来ると思います。
 
 
奇跡の復興を遂げた時、経済的にも精神的にも、また最愛の家族を失われた方々の心も充足するような、強く温かい日本になることを信じて。