4年前の勤労感謝の日。
町内運動会の日でした。
その年の春、団地の役員が1年交代のもちまわりで回ってきた時、
団地の新参者だった私は、積極的に参加することにしました。
家族全員が団地に溶け込めればいいな、家族が周囲の人たちに声を掛けられるくらいになればいいな、
そんな思いで毎月会合に参加しました。
ほとんどの方が、ただ役員になっただけだから、
そこまで積極的に行動されてませんでした。
参加されているのは、小さな子供をもたれている奥さんか、お爺ちゃん・お婆ちゃんのみ。
現役バリバリの男性は皆無でした。
近くの一級河川の清掃ボランティア、消防署での災害などの説明会。
そして、11月は町内運動会でした。
前日は運動会の準備で、テント張り・白線引き・100m以上の万国旗を十字に張り出したり。
準備にこられた母親が気がつかない家に、
近くのアスレチックに登って、降りられなくなった子供を助け出したり。
当日になり、私のノア号で近所の老人の方々をピストン輸送で小学校へ送ったりしました。
近くの団地から沢山の人があつまり、私は住んでいる団地の選手団長として、
入場行進の先頭を歩くことになりました。
恥ずかしかったです。 観客席に眼をやると、5歳の長男が手を振ってました。
それぞれの競技で、人数が足りなければその都度参加して、本当に忙しかったです。
3人目の子供を身ごもった奥さんは、11月の寒空の中、子供達と運動会を見ていました。
2才の次男は、周囲の高揚した雰囲気に興奮したのか、満面の笑みで踊ってました。
運動会も無事に終わり、準備したテントなどを全て片付けて家に帰りました。
父親として、積極的に行動している姿を見せて上げられて良かったかな。
父親として、家族たちが沢山の人に声をかけてもらえる存在になって良かったかな。
防犯の為にも、近所付き合いが何よりも大切と思っていたので、
大変だったけど、思い出に残る一日でした。