1.お互い目の前で連絡先を消す
2.メールや電話じゃなくて直接会ってから
3.第三者を加えて別れ話
4.別れ話の台本を作る..........≪続きを読む≫
男は常に別れたがっているので、
女の方から別れ話を切り出されると、
突然でびっくりしたり、
動揺して冷静さを失ったり、
しますけれども、
内心、
しめしめと思っているわけです。
だから、
あとくされない別れ方のナンバー1は、
相手に別れを切り出させて、
こちらも別れがたいようなフリをしつつ、
分かれる、
というものではないでしょうか。
いま私は愛を探して一人暮らししていますが
書類の上ではまだ離婚していないので、
いつ、どのタイミングで
離婚届を出すのか、
子供がいますから、
手当の問題とか扶養の関係で、
できれば、
高校を卒業するとか、
そのくらいまではこのままの方がいい
と思っています。
しかし、
一年以上前ですけど、相手が母親を連れてきて、
義母から、もう分かれた方がいいね、
と来た時は、
心の中でニンマリしましたよ。
この時を待っていた、と思いました。
ただね、
そうなってからというもの、
妻は私から慰謝料をとりたくて、
なにかと私をあおって、
ほら、どなりなさいよ、
とか言って録音機を回している、
そういうみみっちいところを見てしまうと、
百年の恋も覚めますな。
彼女の頭の中は金のことばかり。
ま、うまく別れられたら良いのですが。
最初の妻との分かれは、
ある日、待ち合わせをして食事に行こうとして、
店に入る前に、道端で、
私のことをキライになったので別れたい
と、
そう言われました。
あ、そう、じゃあね、バイバイ、
でも良かったのですが、
せっかく無料チケットで食べに来てたので、
とりま店に入り、
気まずい雰囲気ながら食事しました。
そこで、
彼女の言い分を聞いてみると、
私の母親に誰も口ごたえ出来ない、
家のヒエラルキーがイヤだったみたいです。
そんなところに嫁(とつ)いでいるのはイヤだと、
なるほど、わからなくもないですが、
この時も私は、
大きく動揺した演技をしつつ、
内心しめしめ、でした。
この時は子供がいませんでしたから、
(うちの母にはしつこくされたみたいで、
じっさいに法的に離婚したのは、半年も後のことですが、)
事実上は速攻でその日から分かれました。
たぶん、その食事の日以降は
彼女とは二度と会っていないと思います。
その前に付き合っていた女の子とは、
なんのあいさつもなく、分かれましたね。
彼女にしてみたら、
私が会社を辞めて静岡へ行く、
という話は知っていたはずです。
が、別にそのことについて
二人で話したこともなく、
いつしか町を去る日になったので、
彼女の目の前からいなくなった。
離婚したあとに付き合った子も、
分かれるなんていう話もしないで
分かれました。
私が次の人と付き合い始めて、
ぐっとメールとか電話が減ったし
じっさい会ってない、という事実から、
自分はフラれたんだと、
彼女は認識したようですが、
電話で話した最後には、
でも、あなたと付き合って自信が出来た、
だから良かった。
と言っていました。
彼女は着物の先生でしたが、
確かに美人ではなかった。
小学生の子持ちだったし、
年も若くはなかった。
でも、どこか魅力のある人で、
あと、
口も髪も性器も、
どこも完全に無臭の人でした。
どうやったらこんなに臭いが無くなるのだろう、
と不思議だった記憶があります。
ま、それは余談ですけど、
彼女にしてみると、
もっとずっと、おっさんとか、
ダメな男しか相手にできないと
思っていたら、
意外ないい男と付き合えた。
不肖かみうらでも、当時はまだ30歳ていど、
今よりぐっとやせて筋肉がありましたし、
毎日合コンか、バーベキュー、夜はクラブで朝までダンス、
友達はほとんど外国人の、
ちょっと不思議なマルクス主義者の空手マン。
その正体は、ただの世ッ払いではありますが、
いい男に思えたのでしょうな。
そして彼女は自分を低く見ているので、
かみうらと付き合うまでは、
そんな若い男と毎日エッチするなんて、
考えられなかったのでしょうね。
そう言えばベッドの中でも
本当に僕が気持ちよくなるように
いつも工夫して、
良くしてくれたのを覚えています。
きっと、私の為に、
色々と頑張ってくれていたのでしょう。
無臭と言いましたが、
それもひょっとすると、
すごい努力して不快に思わせないように、
していたのかもしれません。
とびっきりの美女ではありませんが、
もし、もう一度つきあえるなら、
この彼女がいいかな、と思います。
源氏物語で、雨夜の品定め、
というのがありますね、
頭の中将が、女は中の上が良い、
と源氏に教えるのです。

なんだか、そのことを思い浮かべました。
源氏と言えば、
次々と女性を愛する助平でありますが、
しかし、
それが間違ってるかどうかなんてえのは、
お釈迦様でもわからない。
結婚なんてのは
人が作り出した制度で、
源氏の時代には通い婚、妻問い婚だから、
ますますブンガク的、情緒的。
男が今日は訪れてくるかしら、
というところから始まる。
ちょっと簾(すだれ)が風でゆれただけで
心も揺れる。
そして、必ず男は東の空が白む前に
帰らなければならない。

後朝(きぬぎぬ)の文(ふみ)、とか、
有明の月、
なんてのは、通い婚ならではの
分かれがあるからこその、
ブンガクテキな情緒だと言えます。
後朝の文というのは、
夜おとずれてきた男と妻は、
男の着物が大きいので、
その中で一緒に夜をすごし、
そして男は女の着物を羽織って帰るのです。
衣服を交換する習わしなのですね、
衣、衣、で、きぬぎぬ、と、
その分かれをきぬぎぬの分かれと言いますが、
男が帰るとすぐ、女は文(手紙)をしたためます。
早い方がいいので
妻のお付きのものが走って男に届けるのでしょうが、
ここですごい気の効いた歌なんかが詠めちゃうと、
イチコロなわけですよ。
逆に、下手を打つと、二度とたずねてこない。
私が妻の立場だったら、
前もって常日頃どんな文を書こうか、
ちょっと気の効いた歌を添えてしまおうか、
テッテーテキに勉強して、
男を待ちますね。
平安朝の女流文学の発展には、
そういう背景もあったと、
分かれの為の文学であると、

ゴダイゴの999の歌にあるように、
分かれも愛のひとつだ
と、
ああ、なんだか
悲しくなってきちゃったなあ。
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