親としてどうする? 我が子が学校でいじめ | 伊藤 禎高

伊藤 禎高

たまに書きます

親としてどうする? 我が子が学校でいじめ被害に遭っていたら……
【ママからのご相談】 中学校に通っている娘がいます。先日、娘の担任の先生から、「娘さんがいじめに遭..........≪続きを読む≫


子供は知らないんです、
最初は、

いじめが何か、
良いのか悪いのか、
どこからいじめなのか、
どういう影響が出るか、

だから、
やっぱり親が教えるしかないと思います。

私は小学校にあがったころ、
バス停でよく一緒になる女の子に、
腕に手術痕があるのを見て、

うわあ、げじげじー!

と言ってよく騒いでいました。

他にも、
メガネをした子には、
メガネ、メガネ、と言いましたし、

太っている子にはデブだし、

坊主の子にはハゲ、

もちろん今ではそんなこと
言いませんが、
かなり大きくなるまで、
そういう発想があったと記憶しています。

私は、
静岡の片田舎で育ったので、
実はたいしたもんじゃないのですが、

小さい頃はずっと、
自分は限られた数少ないエリート層であると、
思い込んでいました。

それで、
意図したわけではないですが、
差別主義的な発想を持っていました。

これには、
親の教育の影響が大きいと思います。

上浦家だけでなく、
1970年頃の家庭では、
どこでも、
勉強して良い学校出て、
そのへんの鼻たれ小僧とは
違う人生を歩みなさい、
と、
ハッパかけられていました。

それで、
まずは地域1番の小学校にパスし、
中学も合格、
高校も合格、
と、うまいことくぐり抜けてきたので、

まあ、そういう発想方法になって
当たり前でもあるのです。

しかし、
学校の先生でも、
人生の価値について
語ってくれる人もいるわけだし、

親も無学ながら、
弱い者いじめしないことなどを
しゃべったり、
してくれることがあるわけです。

なので、途中で、
あの、勉強もできないあいつは、
人として価値がないのだろうか、
いや、そんなわけはあるまい、
などと反問することが出てきます。

ところが、受験戦争の時代ですから、
友達は選びなさいよ、
朱に交われば赤くなるですよ、
などと言われ、
成績の悪い友達と遊ぶと
自分の成績も落ちる
ようなことを言われ、

いったい何が正しいのか、

迷いながらも、
自分でも成績が落ちるのはイヤ
なので、
結果的に、
私の場合は、
中学以降は特定の仲良しは
作りませんでした。

成績上位の子とも遊ぶし、
最下位ランクの子でも遊ぶ。
真ん中の子でもOK.
でも基本的には、
だれともツルまない。

そのかわり、
何かあった時には
テッテーして腕力でギャフンと言わせました。

呼び出して教室の真ん中で
殴り合いのケンカをして、
みんなが見ている前でつぶしました。

二度と俺にこういう舐めた真似はしない
と誓え、
と、
衆目を集めてやりました。

それと、
彼女は学年で一番美人な女の子に
決めていました。
中学の3年間、ずっと、
その女の子一筋でした。

そういう部分をさりげなくアピールしないと、
なめられる、
という気がしていたのです。

当時、ツッパリ全盛の時代です。

全然知らない人にメンチ切られて、
殴り合いになりそうになったことは
1度や2度ではありません。

ある意味、
私がカラテに熱心だったのは、
当時のこういう雰囲気が原因
かもしれません。

ただ、
私がケンカが強いことで、
慕って来る、出来の悪い生徒もいて、
しかし、
頭が悪かろうが、
そういうヤカラは守ってやりました。

全然自分は関係していないのに、
そういうヤカラのせいで、
先輩にプールの裏に連れて行かれて、
ある一人とタイマンはれ、
と、
そうしたら、おまえの友達は
全員逃がしてやる、
と、
そんなこともありました。

なんでお前らこんなにたくさん
つかまってんだよ、
って、あきれましたが、

もちろん、ちゃんとタイマンはって、
血ダルマにしてやりました。

そうなると今度は、
寄ってたかって、一人を
集中攻撃に来る、
かと思いきや、

そこが坊ちゃん学校なんですね、

約束通り、
ふつうに解放してくれたんです(笑)

その時、思ったんです、
その、私と闘った先輩ですが、
たしか、小学生のころは
イジメられていたなあ、って。

ま、これでまた恥かいちゃうんですけど、
でも、本人、生き残りの為に、
何かしら努力してるんだなあ、
って、思いましたよ。

ただね、
殴りあっていても、
どこか卑怯なんです。

一生懸命金的ばっかり
ねらてくるとか、
そんなの俺に効くわけないのに、
姑息なやり口だけしかないんです。

親も姑息な奴に違いないんですよ。

何も知らない時には、
人が傷つくこともわからないで
ただ思ったことをそのまま口にして、
人を犠牲にしてでも
自分が優位に立っていたかった。

しかし、
親や先生に教えてもらって、
一部の出来る子だけが偉いんじゃない、
出来ない子にも、
人としての心があり、
生きている価値がある、
そう、
わかったからこそ、

殴り合うのでも、
正々堂々。

完璧な人間なんていないけれども、
ひきょうな真似をして
自分で胸を張れないような、
そんなことは一つもしちゃあいない、
と、

そう思えるようでないと、
つらくて生きていけないじゃあないですか。

私はね、
息子と別れてしまったので、
直接教えることが出来なくなってしまった
けれども、

息子が、
ボクの生きたやり方を、
正々堂々、
自分では一転の曇りもないと、
そう信じられるような、
歩き方をするようにした、
その姿を、
必ずや、
覚えていてくれるであろうと、
そう願っています。